思い出と足跡とクリスマス



※ 微妙な女装ネタですお好きな方も苦手な方もご注意くださいませ


「そういやさ、こっちのクリスマスって何かすんのか?」
 唐突なヨハンの問いかけに、俺は「は?」と首をかしげた。
 カレンダーの日付は12月24日。まさにクリスマスだというこの日。そういえば、と過去のクリスマスを思い出そうとして、俺はやっぱり首をかしげた。
「……そういえば、クリスマスって特になんにもやってない気がするぜ」
「ええー!!?」
 考えてみれば、デュエルをするためにアカデミアに来たから不思議にも思わなかったけど、そういえばツリー飾るくらいで何にもしてない気がする。
 ツリーだって、食堂にある小さいツリーだ。誰か勘違いして短冊をつるしてるのがなんとも切なさを誘う。
「多分、ブルー寮では豪華なパーティをするんじゃないか? って、ああ!」
 自分で言って思い出したことがあって大声をあげた俺に、ヨハンが何事かと腰を浮かせる。
「どうしたんだよ、十代?」
「翔に夕飯がどうとか言われたのって、クリスマスパーティのことかぁ!」

『アニキ、今日の夕飯どうするっす?』
 そわそわとした翔に問いかけられて、思わず献立を思い返す。たしか今日は――。
『エビフライだから当然レッド寮だろー!』
 って、言った。
 じゃあ、今日がエビフライだったのも、翔に聞かれたのも、クリスマスだったからか!
『もう、せっかく明日香さんのサンタガールが見られるかもしれないっていうのに……』
 って、何で明日香がそんなカッコをするんだと思ってたけど、クリスマスパーティだからか。うかつだったぜ……。でも、明日香がそんな格好するかなぁ? レッド寮を盛り上げるためにハーピィレディのカッコをしてくれたことはあったけど、本来そういう場で見せ物になるのは好きじゃなさそうに見えるんだけど。
 明日香がどんなカッコするかは別にしても、ごちそうをくすねられ……食べられなかったのはちょっと惜しい。

 今更思い出してちょっと悔しい俺に、ヨハンが呆れたように笑った。
「そんなんで落ち込むなって、十代。エビフライうまかったじゃないか」
「だけどさぁ。七面鳥は食いたかったなーって」
 きっとブルー寮だ、七面鳥の丸焼きとかでっかいケーキとか出たんだろうなぁって思う。
 悔しがっている俺と呆れているヨハンの耳に、同時にけたたましい音が聞こえた。隣の部屋からだ。
「なんだと! 明日香くんがサンタガールだとぉ!!?」
 ばたん、と乱暴に戸が開けられる音がした。万丈目が飛び出して行ったんだろう。って、何で明日香のサンタガールのカッコのこと知ってるんだ? 翔が教えたのかな。と思ったら、
『クリ〜』
 ハネクリボーがよたよたと飛んできた。
「どうした、ハネクリボー?」
『クリクリ〜……』
 どうやら今までオジャマトリオに捕まっていろいろと喋らされていたらしい。って、あいつらハネクリボーの言うことわかってたのか。疲れた顔のハネクリボーを「よしよし」と撫でる真似をしていると、ヨハンがぶすっとして言った。

「サンタガールなんて邪道だろ」

 なんだ? いつになくヨハンが怖いぞ。
 どこから取り出したのか、どん、とボトルをテーブルの上に置いて……酒じゃないだろうな?……ヨハンは黙々とコルクの栓を開ける。
「どうしたんだよ、それ?」
「俺のへそくり。酒じゃなくて悪いけどな」
「いや、酒じゃないほうがいいから」
 どこから取り出したのか、やたらと「ヨハンのへそくり」がテーブルを占めていく。
 外国の袋菓子や冷蔵庫から出てきたケーキ……いつの間に用意してたんだ……とか、無言で準備していくヨハンは、ケーキと一緒に持ってきたガラスのコップにボトルの中身を注いだ。赤い液体には泡が立って、炭酸のジュースだというのはわかった。
「ケーキ以外は向こうの学校から送られてきた詫びの品なんだけど、たくさん来たから十代も食ってくれよ」
 詫び? アークティック校から来たクリスマス用のお菓子がなんで『詫び』なんだ?
「なぁ、どうして『詫び』なんてのが送られてくんだ?」
 とりあえずありがたくいただくことにして出所を聞いてみると、ヨハンの顔が「しょうがねえな」とゆがんだ。
「喋った方がすっきりするだろうけど、コレ食ったからには誰にも言うなよ」
「ああ」

「去年なんだけどさ。学校のクリスマスパーティでサンタクロースからプレゼントが届いたんだよ」
「プレゼント? サンタさんから、か?」
 何でサンタクロースが『詫び』に繋がるんだろう。
 そう思った俺の顔に問いが出ていたのか、ヨハンが「ああ」と説明を付け加えてくれた。
「俺たちが住んでる地域って国が認定してるサンタクロースってのがいてさ、去年は来てくれたんだよ。今年はどうかわかんないけど」
 ヨハンが遠い目をしている。多分母校のことを思っているんだろう。
「で、俺にもプレゼントが来たんだけどさ。……誰かがいたずらで中身をすり替えたんだよ」
 そう言ったとたんに顔がさっきみたいに怖くなる。
「みんな冬用のあったかい手袋とかマフラーなのにさ、俺だけコートみたいだなーって広げたらさ」
 ぐい、と注いだジュースを飲んで、ヨハンは思い出したくもないように告げた。
「サンタガールの服だったんだ」
 ヨハンの小さくなった声は、それでも俺の耳にしっかりと届いて、固まった。
「は? サンタガールって、明日香が着るかも知れないとか言ってた奴だよな? なんでヨハンにそんなのが」
「いたずらだって言ったろ。一人だけハズレを入れた奴がいたらしくて、それが俺に当たったんだよ。で、
『サンタクロースからのプレゼントに袖も通さないのか』
 って言われたら、着ないわけにもいかなくてさ」

 なんだか、俺でも話が読めてきたぞ。
「まさかさ、ヨハン。着た……のか?」
「無理矢理な。制服は脱いだけどだいたいこんなカッコのまま着せられてさ。フリーサイズってあるから大丈夫だろうっていたずら仕掛けた奴も思ってたらしいんだけど、大丈夫じゃなかったんだよなぁ」

 ぶちん、と、ボタンが飛んだのが引き金になったのだと言う。
 そりゃ、女物のフリーサイズを男が着たら、そうなるよなぁ。

「大笑いしてる奴らに『こんなの着られるワケないだろー!』って俺、キレたらしくてさ」
「らしい、って?」
「全然覚えてねえの。仕掛けた奴らを全員デュエルで一網打尽にしたらしいってのは後から聞いたんだけど、どんなデュエルしてたんだか全然覚えてない」
 暴力ではなくデュエルで決着つけるあたりがヨハンらしい。
「気がついたら仕掛けた奴らみんな『すまなかった』って謝ってきてさ。今度のクリスマスには絶対詫びを入れるから許してくれーって。で、これがお詫びの品、ってことらしい」
 俺、先生に渡されるまですっかり忘れてたのに、コレ見たら思い出したじゃんか。
 不本意ながらもお菓子を食べるヨハンがサンタガールのカッコをした姿を想像しようとして……やめた。
 今のヨハンを怒らせたら怖いと思う。いや、絶対怖い。

「それに、サンタクロースの名前を騙っていたずらしかけたってのが許せなかったんだよ」

 女装云々よりも、そっちのほうがずっと。
 ヨハンの口ぶりは、まるでサンタクロースの存在を信じているようで……いや、実際国認定のサンタクロースがいるんだっけ?……でも、笑い飛ばすことはできなかった。
 精霊だっているんだ。サンタクロースだっていてもいいじゃん。
 だから。
「俺も、サンタクロースにプレゼントとか貰いたいなぁ」
 なんて言ってしまったけど、ヨハンはやっぱり俺の言葉を笑うことはなかった。
「十代の欲しいモンって、何?」
 改めて聞かれると、困る質問だ。くるしまぎれに俺の口から出てきたのは、

「雪が降ったら、いいなぁって思うよ」

 この島は火山もあって温かいから雪なんて滅多に降らないのだ。
 でも冬だったら雪で遊びたいよなぁって思う。
「そっか」
「でも、サンタクロースだって雪は降らせられないだろー」
 そんなことを言いながら、俺たちはいつのまにか小さなクリスマスパーティを始めてしまっていた。
 話してるうちに、ブルー寮の七面鳥のことも、明日香のサンタガールのことも、すっかり忘れてしまって、それくらいにヨハンとクリスマスの話をするのは楽しかったんだ。


 そして次の日。
 いつになく冷えた朝だった。
 あまりの寒さに目が覚めて、でも布団から出たくはなくて、布団をひっぱったら「さむっ」というヨハンの声が聞こえてきた。
 そっか、寝る前ちょっと寒いからーってベッドを半分ずつ使ったんだっけ。
 ヨハンに布団を譲ってストーブをつけるべく起き上がって、窓の向こう側の景色に違和感を覚えた。
「マジ、かよ……」
 なんかまぶしいなって思って覗き込んだ窓の向こう側、ほんのちょっとの地面は、真っ白くなっていた。

「ヨハン、雪だ。ほんっとに雪が降った!」

 ヨハンから布団を奪って三段ベッドの真ん中に押し込む。ヨハンは「なんだよー」と言いながら、まだ温まらない部屋で暖を求めようとして、
「何で俺にくっつくんだ」
「十代があったかいから」
「ああもう、いいから外見ろよ!」
 くっついてくるヨハンを引きずりながらドアを開けると、冷気とともに真っ白な世界が飛び込んできた。
 一面、ではなかったがたしかに白いものが降り積もっている。きっと昼の内に解けてしまうだろうという量だったけど、それでも嬉しかった。
 そういえば、とすっかり言い忘れてたことを思い出す。
「ヨハン、メリークリスマス!」
「……十代、一日遅れてる。まいっか。メリークリスマス、十代」


 白い世界に足跡をつけながら、万丈目がふらふらと帰ってくるのが見えた。
「どうした万丈目、なんか疲れてないか?」
「貴様ら、朝からなんでそんなに元気なんだ……」
 げっそりとして部屋に帰っていく万丈目。ブルー寮で何かあったのか?

 いつの間にか届いていた翔からのメールで、明日香がサンタガールのカッコを辞退した代わりにトメさんがサンタガールになったのだと聞かされて(そして校長は大喜びだったらしい)、万丈目の疲れた表情の意味を理解することになったのだが、とりあえず今は、
「雪が解ける前に足跡つけようっと!」
「俺も! 今年はいいクリスマスになったなぁ」
 この雪で遊ぶ方が大事だよな!



クリスマスに非常に微妙な女装ネタで申し訳ないです。
こういう女装は大好きです。でもヨハンには申し訳ないことをしました。
後半くっついてもらったので許してください。(081224)
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