以心伝心



「あーあ、なんかなぁ」
 デュエルは楽しかったけど、あの言い間違いはいくらなんでもあんまりだ。
 ため息をついてカードを片付ける俺に、一足先に片付け終わったヨハンがすっと立ち上がった。
「何か飲み物持ってくる」
 すっかり忘れていたけれど時計を見ればすっかり遅い時間だ。おそらく、手持ちの紅茶を入れるつもりなのだろう。ヨハンは、どこに引っ越してもコーヒー豆や紅茶葉の類は手放さない。一緒にいる時間が長くなるとお互いの趣味もいいかげんにわかってくる。俺はお茶やコーヒーより甘いジュースのほうが好きだけど、ヨハンはコーヒーにも紅茶にも砂糖は入れない。味が損なわれるかららしいけど、俺からすればただ苦かったり渋かったりするだけじゃないかと思わなくもない。
「あ、俺のも頼む」
「わかった」
 キッチンに消えていくヨハンの鼻歌が遠ざかっていくのを見送って、俺もカードの片付けを再開した。

 それにしても、弱肉強食をああ言い違えるって、一昔前のマンガじゃあるまいし。いや、二昔前か? どっちにしてもねえよな。
 ……よし、明日の夕飯は肉にしよう。何の肉にしようかな。こういうとき食事当番が自分だと好きなものが作れるからいい。

 そういえば、俺が食事当番のときもヨハンが食事当番のときもメニューに文句がでたことはないな。
 ていうか、食べられないものがでたことが一度もない。むしろ、何でも食べるので実はヨハンの好みがいまいちわからない。ドローパンも俺が好きなものはたいてい食べてたっていうか半分こしてたもんなぁ。
 逆に、俺が作ったものはヨハンは残さず食べる。ひとりでいた頃は別に食べなくてもいいやと思っていたこともあった(実際人より食べなくても問題なくなっている)けど、作ったり作ってもらったりした手前食べないわけにもいかないし、ヨハンのごはんは食べれば美味しいし、難しく考えたことなんてなかった。


 それにしても、喉が渇いたなぁ。久しぶりにデュエルではしゃいだから、喉が途中からおかしくなってたんだよな。
「はー……」
 それにしても、ヨハンの昔のデッキかぁ。
 どんなにデッキの構成が変わってもヨハンのデッキはやっぱりヨハンらしくて、すごく嬉しかった。
 デッキって、そのときの自分が出てくるもんなんだよな。万丈目だって、パワーデッキ中心だったのにエースカードがオジャマ三兄弟になってからはいろいろとデッキに変更を加えていた。そういえば、今度のプロリーグで万丈目はシードになってたっけ。がんばってるよなぁ。
 もちろん、俺もヨハンも今のデッキをずっと使うわけじゃない。新しいカードが出れば必ずチェックして使えるカードがあるかどうかを見ているし、デッキを交換してのデュエルは自分ではわからないデッキの弱点や、改善点を知るためにはもってこいだ。
 それでも、やっぱりデッキには『自分』が出てくる。まるで自分の分身だ。
 何も言われなくても、ヨハンのデッキはデュエルするだけでヨハンのデッキだってわかる。
 ヨハンの考えや、意志が伝わってくる。だから、ヨハンとデュエルするのが好きなんだ。

「十代、ほらよ」
 紅茶を入れてきたヨハンからカップを受け取る。さすがにカップはこっちで買ったマグカップだ。カップの半分ほど入った紅茶からは、独特の香りがしている。甘いにおいと、覚えのある刺激臭。
「ショウガ?」
「ジンジャーティーだよ。蜂蜜入れてるから飲みやすいと思うぜ」
 一口飲むと、紅茶の渋みよりは蜂蜜の甘さや、なによりショウガの味が舌に乗って、喉をすっきりとしていく。
 それにしても、俺は何にも言っていないのに。喉が痛いとも言わなかったし、咳とかした覚えもない。
「……美味しいけど、なんで?」
「はぁ?」
「俺、喉が痛いとか言ってなかったのに」
 俺が告げると、ヨハンは「へ?」と首をかしげた。
「俺もだけど、いつもよりテンション高く盛り上がったからなぁと思ってさ。こういうときはすっきりしたのが飲みたいだろ?」
 そう言うヨハンのカップからは苦いにおいがしている。自分はコーヒー淹れてるくせに、何で俺が飲みたいものをわかるんだろう。
「ほら、俺が食べたいものを十代が作ってくれるのと同じだろ」
 返ってきたのは、飲み物じゃなくて食べ物の話。
「え、俺、自分が食べたいものしか作らないぞ。ヨハンだってそうだろ」
 そういえば。
 俺は自分が食べたいものしか作らない。ヨハンだってきっとそうなのだ。それなのに。
「結局さ、俺は十代のことがよくわかってないから自分のやりたいようにしてるけど、それがたまたま十代にも合ってるってことなんだろ。言わなくてもなんとなくならわかる、ってヤツ。ほら、何かあったじゃん」
「ああ、『以心伝心』か」

 ん? ……なんでさっきコレが出てこなかったんだ?

「そうそう。日本語ってすごいよな。4つの漢字にいろんな意味を持たせるんだから。って、俺も十代に言われるまで出てこなかったぜ」
 頭をポリポリ掻きながらコーヒーに口をつけるヨハン。
「よくわかんないけど、なんとなくわかるんならいいじゃん。何もわからないよりずっといい」
「まぁそうだけどさ」
 俺ももうひとくちジンジャーティーを飲んで、喉を潤す。

 今まで全然気にしたことも無かったけど、ヨハンが俺をなんとなくわかるように、俺もヨハンをなんとなくわかっていたのかもしれない。
 きっと、深く考えたこともないところで、気づかないうちに。


「お、十代。今日は肉か?」
 次の日の夕飯に、俺が出したのは前日から決めていた肉料理だった。
 ちょっとにおいがきついかなーと思ったけど、店のおばちゃんがワイン漬けにしたものをくれたからにおいは少ない。
「おお、ラムじゃん! うまそうだな!」
「もう焼肉定食にするしかないと思ってなぁ」
「はは、そうか! 実は、俺も食べたかったんだよ、焼肉定食」
「そうか、じゃあ皿用意しといてくれ」
「おう!」

 こういうのも、『以心伝心』っていうのか……?



温故知新を書いてるときに何でこれ思い浮かばなかったんだろう。
いただいたコメント読んでるうちにぱっと思い浮かんだので勢いで書きました。(080913)
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