#172



「ああ、そうだ」
 海の真ん中にある目的地までの長い船旅……といっても小型ボートを飛ばしているからお世辞にも快適とはいえない……の途中、いまだ見えない島がある方角をじっと見据えながらボートを操縦していた十代は、背後からかけられた声に視線だけ向けた。
「何だ、ヨハン?」
 気が急いて仕方がない。早くデュエルアカデミアにたどり着きたい。そんな状況だというのに、掛けられた声は明るい。ちらりと見えた相手の顔には、かすかな笑みも浮かんでいる。今は笑っている場合ではないというのに。それは、ヨハンだってわかっているはずなのだ。
 十代の不審げな視線に一瞬笑みをひっこめて、しかし再び笑みを浮かべる。今度はかすかなものではなく、満面の笑みだった。

「おかえり!」

 突然の言葉に、十代は思わず顔を後ろに向けた。ぶつかるのは初めて会ったときと同じ笑顔。
 どうしてそんな言葉が出てくるのかわからず僅かに目を見開いた十代に、ヨハンは言葉を続けた。
「ほら俺、十代にまだ『おかえり』って言ってなかったからさ。あれからすぐアークティック校に帰ってしまったし」
「あ、ああ……」
 いまだ呆然としたままの十代は、そういえば自分が戻ってきてすぐに留学生たちが母校に帰ってしまっていたことを思い出す。誰とも接触を持とうとしない十代を気遣って、誰も見送りを強要したり会おうとしたりしなかったのだ。
「でも、十代とはすぐに会えそうな予感はしてた。……まさかこんな形で、とは思わなかったけどな。本当に、君が無事でいてくれて良かった」

 闇に染まったカードを知らず使い、ひどい幻影を見せられて、親友もまた敵に堕ちたのかと勘違いして。
 突然敵呼ばわりされてデュエルを挑まれて驚いたに違いないのに、そんな十代を救うべく落ち着き払ったデュエルで闇を晴らしたのは、まぎれもなく目の前の親友だった。
 闇が晴れた先にあったのは、たくさんの仲間たちと親友の笑顔。ずっと気を詰めていた十代にとってどれほど救いになったことか。
 ヨハンはいつでも、忘れかけていたことを思い出させてくれる。まるで、旅人が故郷を想い優しい人を懐かしく想うような感情を思い起こしながら。

 だが、そんな思いを抱くこともできずに知らず敵の術中にはまっていたなんて。
「本当にすまなかったな、ヨハン……」
 後悔に表情をゆがめる十代に、ヨハンはやはり笑顔で応えた。
「いいって。それより、『おかえり』って言ったら返事は決まってるだろ?」
 本当にずっと言いたかったんだから、ちゃんと応えてくれよ。
 笑顔でさらりと告げてくるヨハンに、十代は困惑の表情を浮かべて……そして笑顔になった。

 独りでは決してかわせない会話をかわすことがどれだけあたたかく力強いものか、こうして思い出させてくれる存在がいるということは、本当に幸せなことだから。
 だから、使命を果たさなければならない。あのあたたかな場所で、優しい会話を交わせるように。そのために自分はここにいるのだから。
 最初は、今それを思い出させてくれたかけがえのない存在に告げよう。


「ただいま」


まさかの展開にそうとう悶えたので赴くままに書いてみました。
同ネタ多数だろうけどやる! だって萌えたんだもの。
むしろ次回放送までボート上妄想ですごすよ!(1.30)
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