「なぁ十代、俺、行ってみたいところがあるんだけど」
普段なら帰省とか買い物とかで島を離れることなんてないけど、せっかく日本に来たんだし行きたいところがある、というヨハンに付き合って久しぶりのビル群に囲まれた。
忙しなく歩いていく人々、忙しなく走っていったかと思えばのろのろと進んでいく車、カンカンカンと踏切が閉まる音と電車が走っていく音。
どこもかしこも、デュエルアカデミアと違う、冷たい街だ。
「なんだか目を回しそうだ。なんだよあの地下鉄。一日彷徨うことになるのかと思った」
ようやく目的地にたどり着いた俺たちは、ぜえはあと荒い息を吐きながら人の流れが少しでも途切れるのを待った。やっぱり時期が時期だけにすごい混んでるなぁ。
地下鉄を乗り間違えて電車を乗り間違えて駅構内で迷子になった。ルビーもハネクリボーも人の多すぎるところは苦手らしくて俺たちを助けてくれなかったのだ。
そうしてどうにかたどりついたのは、でっかいデパートだった。これから、最後の目的地である地下に行く。
『日本のデパ地下ってのがすげえって言われててさ。行ってみたいんだよな』
いったい誰にそんなことを吹き込まれたのか。
目的地が近づいてわくわくするヨハンと対照的に俺はげっそりとしていた。
「どこがどうすごいんだ? デパ地下って」
実は俺も行ったことがない。小さい頃出かけて迷子になった記憶もなければデパートに連れて行かれた記憶もない。でも、そういうのにわくわくするほど子供じゃないぜ。
「うーん、なんだか店員さんがすっげえ親切で、試食もさせてもらえんだって」
「ふーん」
それって、すごいのか?
デパ地下は、ひどいごった返しようだった。お姉さんとかおばさんとかが人の波を縫ってショーケースの中を覗き込んでいる。店員さんも応対に大変そうだ。
「なんだよ。何混んでんだよ」
ヨハンが呆れたようにため息をつく。どこに行っても混んでいたから、これ以上人混みにまみれるのは嫌だというのがありありだ。
そりゃ、そうだろ。と俺はくい、とあごを垂れ下がっている幕に向けた。
―― Valentine Day Chocolate Festa!! ――
今はバレンタインチョコを買いに来る女の人たちでデパ地下は大盛況なのだった。
「……そっか。日本の変わった風潮か」
疲れた顔で納得するヨハン。変わった風潮? 俺の顔に疑問が出たのか、ヨハンは「ああ」と教えてくれた。
「女から男にチョコレートを贈るって、日本独特の文化だぜ」
「へえ…。ヨハンとこは?」
「俺の国? 普通に男女構わずプレゼントするぜ。十代にもなんか買ってやるよ」
せっかく来たんだし、と言ってくるヨハンに、俺も乗ることにした。
「じゃあ俺もヨハンに何か買ってやる。30分後にここで会おうぜ」
「おう」
と、言ったものの。
(こりゃ、目立つなぁ)
お姉さんとかおばさんとかにまぎれて一人で買うには、いろいろと勇気がいる。
買うのは別に恥ずかしくはないけど、あの中に紛れて……と思うと気が重い。
とりあえず、あんまり混んでなさそうなショーケースの中のうまそうなチョコを買うことにした。ちょうど人が途切れてくれて助かった。
「ご自宅用ですか?」
男一人で買いに来るのが珍しかったのか、店員さんにたずねられてしまっておもわず、
「ハイ」
って答えてしまったのはヨハンには秘密だ。
ついでに値段を言われて「うへっ」とヘンな声を上げてしまった。だって、こんなに高いとは思わなかったんだ。
待ち合わせの場所に先に着いたのは俺だった。ヨハンがくるのを待ちながら、買ったチョコがうまそうだなぁと思い返す。コンビニにあった石チョコみたいな奴があんなに高いとは思わなかったけど。
でも、何か大きい気が……。
別れてから30分過ぎて、40分過ぎて、50分すぎてもヨハンは現れなかった。案の定迷子になっているようだ。
「ハネクリボー」
小声で相棒を呼んでみたけど、やっぱりこんなに混み合ってるんじゃ姿も現してくれない。
探しに行って、お互い迷子になるなんてこともあったし、そういうときはじゃんけんでまけたほうが探しに行くってことに……って、今回じゃんけんしてなかったよ……。
ヨハンだったら、何を買うだろう? ヨハンのとりそうな行動を考えてみる。
ヨハンから食べ物の話はあんまり聞かないけど、飲み物の話はよく出ていた。
『日本茶って渋いけど温まるな! ところでさ、こっちにあるコーヒーって味薄い気がしてさぁ』
『……日本茶からコーヒーになるのがわかんねえ』
たしか、苦いコーヒーを飲んだりイチゴやジャムを入れた紅茶を飲んだりとか言ってた気がする。
そのときは、「飲むなら砂糖入れた紅茶のがいい」って言って、「十代って甘党なんだな」って言われたんだっけ。
「お客様、よろしければどうぞ?」
ぼーっと突っ立っていた俺がフロアの見取り図を見始めたのに気づいたのか、エレベーター前にいたお姉さんが印刷された見取り図をくれた。おお、バレンタインだからって店の名前の横にオススメのチョコやお菓子の写真が載っている。そこから、紅茶を売ってそうな店を見つけて、ついでにお姉さんに道順を聞いて、俺は歩き出した。
「ヨハン、いつまで何してんだよ」
俺の予想通り、たくさんの紅茶缶が並べられた店でヨハンが紙コップ片手にうなっていた。店員さんは困惑顔でどうしたものかと俺とヨハンを交互に見てくる。
「何だよ十代。待ち合わせにはまだ時間が……」
「とっくに30分は過ぎてるって」
「まじかよ」
あちゃー、と紙コップをぐしゃ、と潰す音が聞こえてくる。ヨハンは「じゃあコレで。こっちは俺用で!」といくつかの缶と袋の会計を頼んだ。
「ちょっと驚く味だけど、十代も飲めると思うぜ。それにしてもやる前から紅茶だってばれるってのもなぁ」
「なんとなくそうかなと思っただけだから。とにかく、帰ったら食おうぜ!」
「おお、十代は食いものを買って来たんだな。ちょうどいいじゃん!」
店員さんたちの微妙な視線に気づくことなく、俺たちは迷子になりながらデパートを後にしたのだった。
で。
「……おお、十代がストレートだ……」
「うっそ」
紅茶を淹れるからとブルー寮のヨハンの部屋で買ってきたチョコを渡して、ヨハンが「何かな何かなー」と開けた箱には、俺が買った覚えの無いものが入っていた。
銀色のスプーンに陶器の容れ物。その形はハート型だ。これって、
「違う! 隣の石チョコを買ったつもりだったんだ!」
「え? 何だよ、十代からの愛の形なんだと思ったのに。俺はそういうことにしとくぜ!」
「勝手にするな!」
嬉しそうに陶器の蓋を開けるヨハンの顔をなんとなく見るのが癪で、台所からヤカンの噴く音が聞こえてきたのをいいことに火を止めるべく立ちあがった。
アレを買ったときの店員のお姉さんの「ご自宅用ですか?」にうっかり「ハイ」って言っちゃったけど、それもそうとう恥ずかしかったんじゃないか……!? プレゼント用でも十分恥ずかしいけど。
そんなことを考えながら火を止めると、テーブルの上で二つの透明なガラスのカップに、簡単に淹れられるようにとティーバッグが入っているのを見つけて、これがヨハンから俺への贈り物なのだとわかった。
俺も飲むんだし、お湯くらい俺が淹れてもいいか。
「ヨハン、お湯淹れとくぞ」
「おう」
ヨハンの返答が聞こえてきたと思ったら、リビングから「おおおお!」という歓声が続いた。あのハートの陶器の中に何が入ってたっていうんだ。気になるけれどこちらはお湯を淹れて持っていこう。
と。ティーバッグの中に茶葉だけじゃない何かが入っていることに気づいてティーバッグを持ち上げてみる。
「なんだよ、これ」
茶葉に紛れて、色とりどりの小さなハートが入っている。これ、取った方がいいのかなぁと思いながら、用意されていたのならとお湯を淹れてみると、紅茶の色がつき始めると同時にハートがどんどん溶けていった。そっか。これ砂糖だったのか……って。
「……たしかにアレはストレートに見えるかもな」
本当は別のチョコを買うつもりだった。色とりどりの宝石の原石の形をしたチョコを頼んだつもりが、隣にあったハートの陶器のチョコになってしまったんだけれど、ヨハンがこっそりハートを溶かしていたのなら、俺はストレートでもいいか。
二人分の紅茶を淹れてトレイに入れて持って行くと、ヨハンは「はい」と銀色のスプーンにチョコレートをすくっていた。
「すっげえ濃厚そうだぜ。最初は十代が食えよ」
俺がやったチョコなのに、ヨハンが俺にスプーンを差し出してくる。
「一応ヨハンにやったんだからヨハンが食えばいいじゃん」
「いいって。俺もちゃんともらうからさ」
そこまれ言われたら……すげえ甘そうなチョコレートの匂いしてるし、俺は言われるままスプーンを口に入れた。チョコレートが舌に乗ったとたんさっとスプーンが口から引き出されて代わりにヨハンの顔が近づいてくる。驚く間もなく顎を持ち上げられて薄く開いた唇にヨハンの舌がねじ込まれて、俺の舌からチョコレートを半分持っていった。
「うん、ごちそうさま」
「な、なにすんだよ……!」
「チョコレートって、こういうのできていいよなー」
良くない!
チョコの味を堪能するどころか顔が赤くなっていく。熱を取ろうとヨハンが買ってきた紅茶をぐいっと飲むと、ただの紅茶だと思っていたのに思いっきり違っていた。
「……紅茶のくせにチョコの味がする……ような気がする」
「そういう紅茶なんだよ」
「ハートが溶けるんだよな」
「そ。甘くていいだろ」
甘いチョコレートと甘い紅茶で、なんとなく甘い気分になりながら、今度は自分でチョコレートをすくって口に入れたのだった。
タイトルとか全然ひねりもないバレンタインネタでした。
ついでに十代のチョコもヨハンの紅茶も元ネタあります。