3月14日という日は、日本ではホワイトデーというものらしい。バレンタインデーのお返しをする、という日らしいけど、そういう考えって日本人らしいよなぁと思う。
バレンタインはなぜかチョコレートと決まっているようだけどホワイトデーはお菓子以外でもいいようで、先月行ったデパートは地下以外も混んでいた。今度はどちらかといえば男性客が多めだけど、女性の姿も負けずに多い。結局、地下は先月より混んでいてさすがに特攻を仕掛ける気にはなれなかった。
「うひゃあ……」
エレベーターから降りて、再びエレベーターに乗り込む。今日は十代はカードショップに行くって言うから別行動にしたけど、これなら俺もカードショップに行けばよかった。行儀の悪い乗り方をしてしまったな、と思いながら店員さんに愛想笑いを浮かべる。
「何階に行かれますか?」
そう問われて、まさか一階に、とも言えずさっとドアの上の表示を見て、
「じゃ、じゃあ6階で」
「かしこまりました」
買い物を終えたらしい客が次々と乗り込んできて奧に押し込まれながら、俺はとりあえず告げた階に着くのを待つことにした。
十代との待ち合わせには十分時間がある。デパートから一歩出ると絶対に人混みで迷うから外に出るということはしたくない。ルビーは人混みの中だと窮屈そうだから道案内を頼むのも悪い。結局、それなりに見られそうな階を選んで降りた。
降り立った階はそれなりに人はいたけれど地下ほどは混んでいない。ルビーも姿を現して楽しそうに歩きだした。
『るびー』
「おう、こっちか」
俺の行きたいところをわかっているらしいルビーが道案内を買って出たから、それについていく。明るい色合いと白が多い売り場を通り抜けると、ひときわにぎやかな売り場にたどりついた。そう、玩具売り場だ。
おもちゃを選ぶ子供に混じって、大人の姿もちらほら。子供へのプレゼントなのか、それとも自分のものなのか。カードのパックを選んでる奴は自分用だろう。
デュエルモンスターズもしっかりと扱っていて、カード以外にもデュエルディスクやルールブック、カードケースやホルダーなんかもそろっていた。ついでに、デュエルディスクはサイズも数種類にソリッドビジョンシステム搭載・未搭載など値段もさまざまだ。
雑誌を手にとって、ぱらぱらとめくる。
「お、これいいじゃん」
『るびー……』
肩に乗ったルビーに雑誌の記事を見せると、ルビーは興味なさげにあくびをして、再びひとつ鳴く。それは、わずかに抗議も含まれていたから、俺は「わかってるよ」と雑誌を棚に戻して、慌てて周囲を見回した。
今日の俺は、十代にホワイトデーに何か買おうと思って来たのだ。……ホワイトデーのことは十代じゃなくて翔から聞いたんだけど。
『お、翔。なんだよそれ』
『あ、ヨハンくん』
にやにやと何かを袋に詰め込んでいる翔の手から詰めているものを取り上げると、それは見覚えのあるお菓子だった。
『へぇ。マカロンじゃん。一個くれよ』
独特の甘さと酸っぱさ、それから食感が好きなお菓子だから一個もらおうと思ったのに、
『だ、ダメっす!』
勢いよく取り上げられた。
『なんだよ、何けちってんだよ。そんなにあるんなら一個くらいくれよ』
『これはホワイトデーに明日香さんとかレイちゃんとかトメさんにあげようと思ってわざわざお取り寄せしたっす! 絶対あげられないっす!』
どう見ても明日香の分が色とりどりで数も多い気がするんだが、そこへのツッコミはおいといて、気になることを尋ねた。
『ホワイトデーって何だ?』
まさかそんな日があるとは思わなかったから、何にも準備してなかった。
とりあえず何でもいいらしいので女子生徒たちには十代と合流してから何か買いに行くことになってるけど、十代向けのは今しか買えない。
お菓子はとてもあの中に入っていけないから別のモノになるけど……と、売り場の一画で見つけたモノに目が留まった。
――これなら、いいかも。
店員さんを呼んで購入の旨を伝えて包んで貰う。
気に入って貰えるといいけど。
「ヨハン!」
「十代、おそいぞ!」
待ち合わせに10分遅刻してきた十代は、行きつけだというカードショップの袋をぶんぶん振り回してきた。頭上にはハネクリボーがほっとした顔で飛んでいた。
『クリクリ〜』
「え、ここに来るまで迷ってた? 十代も方向音痴だよなぁ」
『るびー!』
「ヨハンだってデパートの中で迷子になったって? やっぱりな。迷子放送だけは勘弁してくれよ」
「そっちこそ」
軽口を叩き合いながら、調べておいた店に二人で向かう。俺がお茶を買って、十代がお茶菓子を買うことになっているのだ。
「それにしても、ヨハンがホワイトデー知ってるとは思わなかったぜ」
「へへっ、俺って物知りだろ? で、なんかいいカードはあったのか?」
「ああ。掘り出し物があったんだぜ! あとで見せてやるよ」
「そいつは楽しみだぜ!」
そして、ホワイトデー当日。
明日香達にお返しを渡してレッド寮に戻ってくる。
「ああ、食いたかったぜ!」
俺たち用に買っていたお茶菓子を開ける。俺もお茶を淹れてほっと一息ついた。
「んめえ!」
俺の選んだお茶と十代の選んだお茶菓子は相性がとても良くて、これなら喜んでもらえるだろう。
「ああそうだ。これ、俺からな」
ずず、とお茶を飲んで、十代にデパートで買ったものを手渡す。
やたら頑丈に包装されているそれに、十代が目を剥いた。
「なんだ、これ?」
「俺からのお返し。開けてみろよ」
頑丈に包装されている包みを破かないように開ける十代を見守る。普段の十代なら焦れて破きそうだけど、ものすごく丁寧に開けていくのが意外でちょっとおかしかった。
「……おまえ、これ」
ようやく品物にたどりついた十代が驚いた顔を向けてくる。
「たまたま見つけたんだよ。そろそろくたびれてたっぽいから」
俺が十代にと選んだのは、デッキホルダーだった。デザインや色まで十代が今使っているものと一緒のものだ。
デュエリストの命とも言えるデッキを保護するためのケースだから、こだわりを持っているデュエリストも多い。十代は「そろそろボタンが閉まりにくくなってきたんだよな」と言いながらも愛用のホルダーを替えていなかったから、同じモノを見つけたとき「これだ!」と思ったのだ。
「うわぁ。マジかよ。これ、同じの探してたのに全然見つかんなくてさ。マジサンキュ!」
嬉々としてベルトからデッキホルダーを外して付け替える十代を見守っていると、十代も何かを取り出してきた。
「これは俺からっ」
俺にえいや、と袋を押しつけて、新しいデッキホルダーに命を吹き込んでいく。そこまで見届けてから、俺は何度か見たことのなるカードショップの袋を開けた。
「……よく見つけてきたなぁ」
袋から出てきたのは、俺がいつか『欲しいなぁ』と言っていたカードだった。
「だってさ、ヨハンの思い出のカードなんだろ?」
俺が初めてデュエルモンスターズを知るきっかけになった、思い出のカード。……の日本語版。
今でもデッキには入っていないけれど大事に持っていて、一度十代に見せたことがあった。そのときに、「日本語版を探してる」って言ったことを十代は覚えていてくれたのだ。
「じゅうだいっ!」
思わずぎゅっと抱きついて、何度もありがとうと告げる。なんだか思い出まで届けられた気分だ。
そんな俺に、十代も俺の背中を軽く叩きながら応じてくれた。
「俺も本当にありがとうな。初めて買って貰ったデッキホルダーで、ずっと気に入ってたんだ」
名前通り、遠い思い出の白い色に彩られていく日なのだと感じながら、俺はもう一度「ありがとう」と十代の耳元で告げたのだった。
というわけで、ホワイトデーネタでした。
翔がマカロン用意してたのは仕様です。