カムイチェプ

 秋と冬の間、山が燃えるはずの季節。
 南の海に浮かぶ孤島には山が燃える季節の訪れは少しばかり遅いらしい。
 海のもっとずっと向こうの国では、この時期に祭りをする。俺が住んでたところとは随分違う祭りだった。

「っかしいなー」
 昼間であるはずなのに薄暗い森の中、俺と十代は目的地に向かって歩き続けていた。俺の手ではずいぶんとわかりにくい地図がくしゃくしゃになっている。
「ヨハン、こっちじゃないか?」
 分かれ道で十代が指し示した方向には、たしかに何かありそうだ。くしゃくしゃになった地図にも、同じような形の道が描かれていて、ますます確信する。
「よし、そっちにいってみるか」
 そしてまた、俺たちは薄暗い森の奥深くに入り込んでいく。


 もうすぐハロウィンだ、と言い出したのは誰だったのかはわからない。パーティをしよう、と盛り上がって十代と二人思わず飛びついたものの、俺たちが頼まれたのはお化けカボチャ探しだった。
『たしか、森のこのあたりに生えてた気がするなぁ……。肝試しに使われそうってドキドキしたんだ』
 と、翔が描いてくれた地図を受け取って、気前よく「すぐに帰ってくるからなー」と言ったものの、かれこれ1時間はこの森を彷徨っている。
「そろそろいい加減、お化けカボチャの生えてるところに行き着いてもいいと思うんだが」
 その場で地図を描いて貰ったのが間違いだったのか。もっとちゃんとした地形の、目印がきちんとある、俺にだってたどり着けるような地図を用意して貰ったほうが良かったのかもしれない。……なんて言ったら、ルビーに呆れられそうだけど。
「やっぱ、間違えたのかな、道。……腹減ったなぁ」
 十代が腹を押さえて疲れた顔をした。昼食はサンドイッチだったから、食べた気がしなかったのかもしれない。かくいう俺も腹が減った。
「お化けカボチャじゃなくて、ふつうのカボチャが食べたいぜ。パンプキンパイとか、スープにしてもうまいよなー」
「おお、うまそう! 俺は、やっぱりトメさんのつくった煮物がいいな。たまにあずきと一緒に煮たヤツが出るんだよ」
「アズキ? アズキって、マンジュウとかアンミツとかに入ってるやつか? すっげえ!」
 俺たちの頭の中には幸せのオレンジ色の料理が並んでいく。……そして腹も減る。
「……ヨハン、なんでお化けカボチャじゃなくてふつうのカボチャなんだ? お化けカボチャってでっかいんだろ。くりぬいた分の実とかもけっこうあると思うんだけど」
「お化けカボチャの実は美味しくないぜ。あくまでも観賞用なんだよ」
「へえ……なんかもったいないな」
 十代がうまく話をそらしてくれたおかげで、俺の頭からもオレンジ色の料理が消え失せてくれた。自分から言っておいて難だけど、腹が減ってるときに食い物の話はするものじゃない。
「そういえば、ルビーはどうしたんだよ?」
 十代が、俺の肩に目をこらしてくる。いつもルビーの定位置はそこだけど、じっと見たって見えないってことはいないってことだ。
「なんか、よくわかんねえ」
「へ?」

 森に入ってしばらくは、ルビーが道案内をしてくれていたのだ。多分十代の頭上でハネクリボーも飛んでいたに違いない。でも、いつのまにかルビーもハネクリボーも姿が見えなくなってしまっていた。俺たちの手元にデッキがある限り、精霊であるふたりが俺たちから離れるなんてことは考えられない。つまり、姿を現せない理由があるってことだ……多分。

「そういや、ハネクリボーも姿が見えないな。どうしたんだろ」
「この森、変なのかな」
 二人で首を傾げながら、先に進む。さっさとお化けカボチャを見つけて早く森を出よう。こういうとき、精霊達の姿が見えないのはどこか不安になるものだ。お互いにこっちだと思う道を選びながら歩いてるけど、ちっとも目的地にたどりつかない。この森、こんなに広いんだなぁ。
「ん? 川だ」
 水の音を聞きつけた十代が早足になる。追いかけていくと、涼しげな……いっそ寒そうなせせらぎの音が聞こえてきた。
 さすがに十代も水に入ろうとか、飲めるかとかは言い出さない。手頃な切り株を見つけて、そこに腰を降ろす。
「あ、そうだ!」
 腰を落ち着けたとたん、十代が何かを思い出したように荷物を探る。出てきたのはおにぎりだった。
「昼に食べようと思って買ったんだけどさ、結局食べなかったんだ。持ってて良かったぜ!」
「おお!」
 やったやった! と十代が嬉しそうにおにぎりを二つに割る。
「へへっ、シャケ召喚!」
「おおおおおおおおお!」
 思いがけなく出てきた食料に俺の目も輝く。十代、さすがだぜ!
「サンキュ十代、愛してるぜ!」
「……ヨハンの愛はシャケおにぎり半分でもらえるモンなのか?」
「十代限定に決まってるじゃんか」
 シャケおにぎりを受け取りながら、こんな会話。十代からもらえるものだったら、なんだって嬉しいんだけどな。
「じゃあ、いただきます!」
 おにぎり半分とはいえ、ありがたい食料だ。一礼してぱくつこうと口を開ける。
 と、手の重みが一気に消えた。
「あれ?」
 あれ? と言おうとした俺の言葉を、十代が代弁する。十代もなぜか空っぽの手を見つめたまま固まっていた。
「どうしたんだよ、十代」
「いや、……おにぎりが、なくまっちまった」
 俺は思わず自分の手を見た。さっきまであった、俺のシャケおにぎり。もとの半分は十代のぶんだった。それがふたつとも消えてしまった。周囲を見回しても、あるのは寒そうな川と、森ばかり。足下のでかい葉っぱがかさかさと揺れている。
「そこか?」
 かさかさと揺れる葉っぱ……でっかければカサになりそうな形だ……を勢いよく持ち上げると、何かが足元を走り抜けた。
「うわっ」
 十代が素っ頓狂な声をあげた。十代の足元もさらっていったらしい。
「ヨハン、あっちだ!」
「おう!」
 さっきまで寒そうだと思ってた川の向こうまでざぶざぶと入っていく。不思議と冷たいとは感じなかった。
 靴の中の水も気にせずに走り続けるけど、追いかけているモノはすばしっこくてなかなか追いつけない。
「っていうか、アレ、なんだ?」
 走り続けているうちに疑問がわいてくる。小さい姿は、動物とは違う。二足で走り続けるそれはまるで、
「こびとか?」
 十代と顔を見合わせて、「まさか」と笑い飛ばそうと思ったけど、できなかった。それどころか、自然と足が止まる。
「どうしたんだよ、ヨハン?」
 こういうとき、なんとなく追いかけるのはタブーな気がする。俺の足が止まったことで、十代も走るのをやめた。こびとは、俺たちが追いかけてこないのを確認して、森の奧に消えていく。
「腹、減ってたのかもな」
「そうだな」
 俺たちもさっさと用件を済ませて帰ればいいだけのことだ。
 重くて冷たい足元を気にしながら走ってきた道を戻ると、そこにはお化けカボチャが群生していた。

「あれ……?」
「あった!」

 俺たち、お化けカボチャ探してたんだ。まるで思い出させるように生えていたそれを風呂敷に包む。漢字を聞いて、風呂に敷くのかと思ったけどそういうわけじゃないんだな。って、まるでさっきまでのことを忘れさせられそうだ。
「それにしても、あのこびと、何だったんだろうな。精霊かな」
 十代に倣って風呂敷を両肩に掛けながら問いかけるけど、十代にもわからなかったようだ。
「よくわかんねえ。……でも、お化けカボチャの場所教えてもらったようなモンだから、感謝しないとな!」
「だな。追いかけなかったらずっと迷ってたかもしれないし」
 元来た道なんてわからないから適当に歩く。次第に森は明るさを取り戻して、気づくと森の外に出ていた。まだ日は高い。何時間も彷徨ってた気がするのに、やっぱり不思議だ。
『るびっ』
「ルビー!」
 森の外に出たとたんに、ルビーに飛びつかれた。なんだよいったい。
「ルビーじゃん。ってことは……」
『クリクリ〜!』
 十代もハネクリボーに顔面タックルされていた。
『ヨハン、十代も無事で良かったわ!』
 アメジスト・キャットがごろごろと喉を鳴らしながらすがりついてくる。
「な、なんだよみんなオーバーリアクションだな」
『あたしたちは入れない禁域に入り込んでいってしまうんだもの。心配だってするわよ!』
 なんか怖いことを言われたような気がする。腹は減ってシャケおにぎりは取られたけど、目的のモノを見つけて帰ってこられたから、まぁいっか。


『おそらく、誰にも姿を現すのを嫌う精霊の森に繋がったのだろうな』
 風呂敷をレイ達に預けて、俺たちはレッド寮に戻ろうとしていた。腹が減ったのだ。俺たちの話を聞いたサファイア・ペガサスが頷きながら説明してくれる。
『何か食べ物を捧げたりしたのか?』
「あ、ああそういえば、シャケおにぎりをとられたな」
 だから腹減ってるんだけど。俺と十代の腹が同時に鳴った。
『もしかしたら、鮭が神の魚の森に迷い込んだから、シャケおにぎりで助かったのかも知れない』
 神の魚? 俺も聞いたことないぞ。十代もやっぱり知らないらしくて、同意された。
『鮭は神からの贈り物、だから余さず食べるという精霊がいるんだ』
「へえ。じゃあ、鮭が獲れなくて腹減ってたのかもな」
 そりゃ、食べたくなるのも当然か。
「じゃあ、やっぱりあげてよかったな!」
 十代が嬉しそうに言う。腹が減ってつらいというのはものすごくわかるらしい。……そういや、十代はあの森で遭難したことあるとか聞いたぞ。
「俺たちも早く夕飯食おうぜ! 腹減った!」
 空腹を思い出して十代が喉を鳴らした。
「おう! ……まだ夕飯には早いけどな」
 夕飯にはまだ時間があるから、部屋に置いてある買い置きのお菓子をつまむとしよう。今度は、俺が十代にあげる番だ。



 そして、ハロウィン当日。
「……なんだ、これ?」
 ドアの前には、くりぬかれたお化けカボチャと、なぜかでっかい鮭が一匹置いてあった。カサのようなでっかい葉っぱが何枚か敷いてある。
『ヨハン達が会っただろう精霊は、神の魚を捕まえたら獲物は分け与えるものだ、というならわしがあったな』
 思い出したようにサファイア・ペガサスが呟く。十代は「でっけえ魚!!」と大盛り上がりだ。これが鮭だというのはわからないらしい。
「とりあえずトメさんとこに持ってって料理してもらうか」
 俺の提案に、十代は速攻反応を返した。
「おう! どうせならハロウィンの料理に入れてもらおうぜ。そうしたらみんな食べられるだろ」
 分け与えられた魚を、惜しげもなく分け与える。そんなことをあっさりと言える十代が、俺は本当に大好きだと思う。
「ごちそーさん!」
 十代が森のほうに向かってお礼の言葉を言うと、森の木々がざわざわとざわめいた。

 カボチャがたくさん使われた料理の中、トメさんがびっくりしながら作ってくれた鮭のホイル焼きはみんなにも好評ですぐになくなってしまったけど、身の全てを余さず食べて、精霊にもう一度感謝をした。
「ハロウィンって、楽しいな!」
 何より十代が楽しそうだから、俺はそれがとても嬉しいのだ。
「ああ!」


 食べ物はもちろん、楽しい、嬉しいと思う気持ちを分け与えられる。そして、そんな相手がいるという幸せ。
 俺は、初めてハロウィンという日に感謝した。

ギリギリ間に合ったー! なハロウィンぽい話でした。
ついでに鮭=神の魚はアイヌで言われてるそうです。カムイチェプ(神の魚)が鮭じゃなかったら思いつかなかった。
カムイチェプの正体がわかってうれしかったです。