街じゅうが電飾で彩られるのは、だいたいどの街でも一緒だと思う。
あちこちの街、あちこちの国を巡っているうちに、この時期の共通点を見つけた。
「クリスマスか」
隣で白い息を吐いたヨハンが、白くペインティングされた窓の絵を見ながら呟く。サンタクロースが実在する国に住んでいたというヨハンは、オレよりクリスマスについて詳しい。俺と言えば、寝て起きるとプレゼントが置いてあるのと、七面鳥食うぐらいしか思い浮かばないもんな。
ここは、ヨハンの住んでいた国に近い。もとは冬のオーロラを見たいと訪れたのだけれど、なかなかお目にかかれなかった。たぶん、年明けあたりまでは居座ることになりそうだ。ヨハンはどうするかわからないけど。
「なんかうまそうなにおいがするな」
今日はクリスマスイブだ。人々が足早に家路を急ぐのは、ホームパーティーのためだろう。ケーキが入ってるだろう箱を手にしている人、何かの料理が入ってる袋を手にしている人、ぎりぎりにプレゼントを買った人と、誰もが大荷物だ。ヨハンもなんかでっかい袋を持っている。
「ヨハン、どうしたんだそれ?」
「ああ。せっかくのクリスマスだし、腕によりをかけようかと思って」
「おお!?」
今週の食事当番はヨハンだ。どうやら美味しい夕飯を作ってくれるらしい。
「ちゃんと最初から作ってやるから、2時間は待てよー」
「2時間!? どんだけ本格的だよ」
普段は多くて30分クッキングのくせに。とか思ってる俺もたいてい20分クッキングなのでそこはつっこまないでおいた。
鼻歌交じりに家路を急ぐヨハンに、俺は小腹が空いたことはだまっておこうと決めた。……2時間か。
俺たちが住んでいるアパートは、3階建ての3階で何気に屋根裏部屋まである部屋だった。屋根裏はすっかりファラオの住処と化している。永住したいのかもしれないけど、年明けに契約が切れるので、どうしようかと悩んでいる。
「あいかわらず、すごいよな……」
映画で見たような古めかしい中世の建物には、見た目どおりエレベーターはない。
「すごいのは、ここを借りられた十代だと思うけどな」
どれだけの確率だと思ってんだ、と言いながら、ヨハンは階段の前に立った。さすがに重いだろうと袋の持ち手を片方ずつ持ったから、同じ歩調で階段を昇らなければならないのだ。
「そんなに確率低いのか?」
俺は、単に不動産屋に行っただけなんだけど。
「このへんのアパート、借りるのに5年はかかるぞ」
「は?」
ヨハンの言葉に、あやうく袋をとしそうになった。
「ごねんって、なんだよ」
「5年は5年。こういうクラシカルな建物は特に人気があって、なかなか部屋が空かないんだってさ。十代が借りてくれててほんとうに良かったよ。他のヤツに借りられてたら、俺路頭に迷うところだった。……まさかフランスに行っちまってるとは思わなかったぜ……」
今は俺たちが住んでるアパートだけど、もとは他人の住居を期間限定で借りているのだ。なんでそんな面倒なシステムなんだろうと思ったけど、一度出て行ったらこのへんで部屋を借りられないからか。ついでに、本当に偶然だけど、元の部屋の主はヨハンのアカデミアの友達らしい。居場所を教えたわけでもないのに突然ヨハンに訪ねてこられたときには驚いたものだ。
そんなわけで、いろいろ偶然が重なって今、俺たちは何度目かの同居生活中だ。
「じゃあ、作るから待っててくれよ」
「ああ」
ヨハンが台所に籠もったのを確認して、俺は屋根裏に昇る。
「よ、ファラオ、先生」
「にゃー」
『お帰りー、十代くん』
ファラオと大徳寺先生がくつろいでいる屋根裏部屋からは、冬の空が見える。今日もオーロラは見えないようだ。……これだけ明るければ、当たり前か。
『今日はクリスマスにゃねー』
「ああ」
にやにやする先生を尻目に、ヨハンがここにあがるわけがないからと隠しておいたものを取り出す。別にクリスマスだからというわけではないけど、ヨハンが欲しいと言ってたものだ。
「腕によりをかけて料理作るらしいからな。俺もそれっぽいことしないとダメだろ?」
『別に、アイツに合わせることもないと思うけど』
にやにやする先生とは逆に、姿を現したユベルは不機嫌そのものだ。そっちは無視して、取り出したものをポケットに忍ばせた。
「じゃ、掃除でもするか」
ファラオの毛がいっぱいになってしまった床をどうにかするところから始めよう。
屋根裏部屋からリビングまでモップをかけていると、台所からうまそうな匂いが漂ってきた……これはグラタンか?
「よう、十代。メシ出来たからさ、運ぶの手伝ってくれよ」
ひょい、と台所から顔を出したヨハンが「来いよ」と手招きしてきた。
「お、出来たのか?」
「ああ。見てびっくりするぜ!」
「いつも思ってたけど、おまえのそのフリルエプロンにもびっくりだぜ」
どこに行っても、そのエプロンは手放さないのな……。
テーブルの上にのせられた料理に、俺の目玉が飛んだ。
「でっけえ!」
なんていうか、料理のボリュームもサイズもでかい。運びながら、すげえでけえうるさい俺に、ヨハンが「落ち着けって」と呆れた声をあげた。
ヨハンが作った夕飯は、でかい肉団子と、でかいグラタンだった。このへんのクリスマス料理らしいけど、テニスボール大の肉団子ってちょっとでかすぎないか?
「いただきまーす!」
グラタンはそのままスプーンを差し込んでみる。取り分けると、うまそうなジャガイモとタマネギの匂いがした。こっちでは、ジャガイモをよく食べるようだ。昼ご飯をごちそうになるときもたいていジャガイモを使った料理を出されるけど、不思議と飽きがこないのだ。そしてこれも、食べたことのない料理だった。
「うめえ!」
グラタンも肉団子も、ホワイトソースが使われているから優しい味がする。
「そいつはよかった。簡単そうな料理の作り方聞いといてよかったぜ」
ヨハンは満足げに炭酸ジュースを飲む。……炭酸のジュースか。
「そういや、シャンメリーはなかったのか?」
「は? シャンメリー? 何だよそれ」
本気でどんな飲み物かを知らない反応をしてくるヨハン。あれ、シャンメリーって外国の飲み物じゃないのか?
美味しい料理を食べて、後片付けをして、一息つく。
ポケットの中にしのばせたモノを、いつ渡そうか、そればかり気にしてしまう。
「おい、十代!」
明日のご飯の準備をしていたヨハンが、いきなりリビングに飛び込んできた。
「ん? どうしたんだよ」
「オーロラだよ、オーロラ!」
「なんだって!?」
オーロラ!!?
俺も慌てて立ちあがる。どたどたと屋根裏部屋に上がると、明かりとりの窓を開け放った。「にゃー!!」とファラオが寒さに抗議の声を上げて階段を降りていく。
『十代くん、気をつけるニャよ?』
「ああ!」
目的がわかった大徳寺先生の言葉にも生返事で、窓から屋根に登った。ゆるやかな傾斜の屋根には、解けない雪がうっすらと積もっていたけど、気にせずしゃがむ。
ヨハンも「よいしょ」と屋根に登ってきて、隣に腰掛けてくる。
「十代、それじゃ寒いだろ」
「あ、わりい」
大きな毛布を二人でかぶる。目の前には、幻想的な光景が広がっていた。
――空を彩るカーテン。
オーロラは空を横断するように広がっていた。下の道路や、近くの家の人が外に出て眺めているのがわかる。
「すっげえな……」
「サンタクロースが通って行きそうじゃないか」
「言えてる」
空に浮かんだ軌跡は、サンタクロースの通り道なのかもしれない。
ちょうどいい、と俺はポケットの中のモノを取り出した。
「なんか、ちょうどクリスマスプレゼントっぽくなったかもしれないけど」
「お?」
ヨハンに、しわくちゃの袋を渡す。ポケットの中に入れてたんだからしょうがない。毛布から手を出して、中のモノを取り出したヨハンの、小さく息をのむ音が聞こえてきた。冷えた空気の中で、ものすごくクリアに。
俺がヨハンに渡したのは、ハネクリボーがくっついたキーホルダーだった。
『クリクリ〜♪』
頭上でハネクリボーが嬉しそうに踊っている。
1つの鍵を2人で共用する。それは、何度も出会っては別れて、また出会って……を繰り返す俺たちにとっての暗黙の了解だった。
何度かの同居生活を経てどうせなら一緒に旅をしないかと聞かれたとき、一度断ったのだ。
そのとき、ヨハンはまるで答えがわかっていたみたいに反論もしてこなかった。ただ、「そっか」と言ってこう続けてきたのだ。
『ま、その気になったら、キーホルダーくれよ。鍵作るからさ』
キーホルダーを渡す、ということは、ヨハンと一緒に旅するのを了承することだ。だからユベルは最後まで「いやだ」とごねていた。先生は俺が良ければいい、と言ってくれている。ファラオはうまいメシを作ってもらえるから大歓迎だろう。
あのときの会話を、ヨハンはちゃんと覚えていたらしい。……なんだコレ、と言われたらどうしようかと思った……。
「いいのか?」
「ああ。やっぱり、ヨハンと一緒のほうが、楽しいしな」
いろいろと考えることはたくさんあるけど、今はこうして二人でご飯食べたり、オーロラ見たり、それだけでなんだか嬉しくて楽しいのだ。
「サンキュ、十代」
ヨハンにぎゅっと抱きしめられた。オーロラが出るほど冷えているのに、頬だけはやたらと熱い。
「ま、お返しはコレで許してくれよ」
「うわ、くっさいヤツ」
「十代は雰囲気読めないヤツだな……」
近づいてくる顔に、照れ隠しで茶化すと微妙な反応。でも、離れてはいかない。
唇が触れあう瞬間、聞いたことのない言葉を言われた気がする。何だそりゃ、と問えば、「この国でのメリークリスマスだ」と返ってきた。
「来年は別の国で、別のメリークリスマスしてやるよ」
「俺はそれより、うまい料理がくいてえな」
「わかったわかった」
笑いながら、空を眺めれば、オーロラがどこまでも長く続いていた。
来年も、この空の続くどこかで、一緒にクリスマスをしていられればいいなぁ。
滑り込みクリスマス! ヨハ十inスウェーデンでした。
ついでにフィンランドもノルウェーも大好きですが、自分でもわかるクリスマス料理がスウェーデンのしか見つけられなかったのでスウェーデンになりました。
本当はもっとクリスマスを祝うそうですが…何しろ昨日思いついたから仕方がない。
そんなこんなですが、メリークリスマス!