リンゴと良いこと

「十代、リンゴ食おうぜ!」
 リンゴがいっぱい詰め込まれた袋を両腕に抱えて、ヨハンが声をかけてきた。
 今日はブルー寮に寄り道してくる、って言ってたけど(って、ヨハンの部屋は本来ブルー寮にあるんだけど)、わざわざリンゴをもらいに行っていたのだろうか。
「どうしたんだ、そのリンゴ?」
「ああ、家がリンゴ農家だっていう奴がみんなに配ってたんだけど、皮が剥けないってもらい手が少なかったらしくてさ。通りすがりの俺にこんなによこしてきたんだ」
 ヨハン一人では食べきれない量。俺たちふたりでも、食べきれるかどうか。
「リンゴって皮ごと食えるのになぁ」
 袋からさっそく一個取り出して、食べようと袖口でごしごしとこすっていると、「待て」とヨハンの手が俺からリンゴを取り上げた。
「何すんだよ」
「俺が剥いてやるから」
 別に俺は剥かなくても丸かじりでいいんだけど、ヨハンのやりたいようにしてもらうことにした。もともとヨハンがもらってきたリンゴだし。

 しゃりしゃりしゃり、とリンゴの皮を剥く音が室内に響く。足が寒いとこたつに入ったままリンゴの皮を剥きはじめたヨハンだったけれど、赤い細い皮は切れることなくどこまでも続いていきそうだ。
「ヨハンって、リンゴの皮剥きうまいんだなぁ」
「俺、故郷のリンゴ皮剥き大会で優勝したこともあるんだぜ」
「へぇ!」
 どんな大会かわかんないけど、すごいな! 感心する俺に、ヨハンは
「そんな褒めんなよ、照れるだろ」
 と得意げな顔で、それでも手先から視線を外さずに皮を剥き続ける。指先からしたたり落ちる果汁はあまずっぱい匂いで、半分に切ればきっとあふれんばかりの蜜が詰まっているのだろう。そんな匂いだった。
 それにしても、ヨハンは器用だよな。
 感心しながら細く切られたリンゴの皮を拾い上げる。皮だけでも、ものすごくうまそうだ。

「……ちょっと、味見」

 赤い皮が途中で切れるのがもったいないので、注意深く皮を一口。
 みずみずしい食感に混じった、皮の酸味がたまらなく
「うめえ!」
 思わず歓声をあげた俺に、ヨハンは俺のしていたことに気づいたらしい。
「十代、行儀悪いぞ」
「でもコレうまいぜ! 皮捨てるのもったいないって!」
 一口じゃあ足りない。もう一口だ。
 次の一口もやっぱり甘酸っぱさが口の中で広がっていく。これは本当にうまいぜ……! 実ももちろんうまいんだろうけど、皮も十分にうまい。
 思わず欲張って皮を食べていく。
 しゃりしゃりしゃり。
 ヨハンがリンゴを剥く音に合わせて、俺もリンゴの皮を食べていく。
「十代!」
 厳しい声と同時に、しゃり、と。ぴたりと皮を剥く音が止まった。どうしたんだ? と思って顔を上げると、いつの間にか俺はペースをあげてしまっていたらしい。手のひら一つ分の空間を隔てて、ヨハンの持つナイフが光っていた。……おっかねえ。
「続きは、皮を剥き終わるまで待てよ」
 そうして、皮剥きが再開される。
 するすると素早く剥かれていく皮は切れることなく、最後まで繋がったまま、実から完全に離れた。
「おお、すげえよヨハン!」
 嬉々として皮を受け取ろうとする俺に押しつけられたのは、剥き終わったばかりの実のほうだ。
「食え」
「え?」
 ヨハンが剥いたんだから、実はヨハンが食うんだろ。それか半分にするもんだと思ってたから、思わず声をあげた。
「いいから。お前が皮をうまそうに食ってるの見てたら、俺も皮を食いたくなったんだよ」
 俺に実を渡してすぐに、皮を食べ始めたヨハン。心なし顔が赤いのは、なんでだ?
「ん、うまいな」
「だろ」
 ヨハンの言葉に同意しながら、俺は空いたナイフでリンゴを半分に切った。うわすっげえ、やっぱり蜜がぎっちり詰まってる!
「ヨハン、実も食えよ」
 ほい、と半分を差し出すと、押し返されることなく受け取られた。
「サンキュ」
「何だよ。剥いたのはヨハンなんだからさ」
「ま、そりゃそうだな」
 お互いに実にかじりつくと、想像以上の瑞々しさと甘さに思わず指まで舐めてしまうほどにうまかった。
「めちゃくちゃ甘いなぁ。もう一個食っていいか?」
「もちろん! 俺ももう一個食おう」
 リンゴを半分ずつ食べて2個目に手を出すと、ヨハンは今度は皮ごと丸かじりした。
「あれ、ヨハンは皮を剥くんじゃないのか?」
 素朴な疑問に、ヨハンはちょっとだけ困った顔をした。

「あー、あれなぁ。最初の一個だけ剥いて、皮を最後まで途切れることなく剥けて、その皮をそのまま食べたら良いことがあるって、俺んちでは言われててさ」

 ってことは。俺、ヨハンの良いことと半分くっちまった、ってことか?
「悪いヨハン。半分くらいヨハンの幸せをくっちまったかもしれねぇ」
 思わず食べてしまったものは返せないし、どうしたもんか。なんだか申し訳ない気持ちになると、
「もう良いことあったからいいんだよ」
 にかっと笑ったヨハンが、がぶりと何口めかのリンゴを食べる。その音のうまそうなことといったら! でもそれ以上に、
「何だよー、いいことって。教えろよ」
 俺もリンゴを食べながら問いかけると、にかっとした笑いが、にやにやしたものに変わった。

「皮食ってる十代が、ハムスターみたいで可愛くてさ! いいもん見られたなぁって」


 思わず、手にしていたリンゴを投げつけてやりたくなった。

ハムスターのごとくリンゴの皮食う十代を書きたくて書いた。
反省はしない。
ついでに、赤い糸っぽいなぁとも思いました。それ食ったのかとも思いました。