「……ヨハン、手紙っすよ。今日は絶対絶対ずぇっっったい、食べちゃダメっすよ!」
疲れた顔で大きな青い葉っぱが生い茂る木の根元にある小屋のドアを叩いたのは、青いペリカンでした。
「おう、翔か。なんだよ、ずいぶん遅いんだな」
小屋から出てきた黒い山羊は、青いペリカンがいることに驚いてしまいました。
そろそろ日も暮れる時間です。鳥の郵便局員は夜はまわりが見えなくなってしまうので働かないはずなのです。
「アニキが手紙書くたびに食べちゃって、こんな時間になっちゃったっす」
「そっかぁ。大変だな。家までレインボー・ドラゴンに乗っていくか?」
大きな青い葉っぱの木に宿る神様は森の動物に優しいのです。とりわけ黒い山羊にはとても優しいので、黒い山羊のねがいごとならかなえてくれるのでした。
「そうさせてもらえるとありがたいッス」
黒い山羊と、山一つ向こうに住んでいる白い山羊は手紙をやりとりしては読む前に食べてしまうのです。
そして、何度も手紙を運ぶことになった黒ツバメがとうとう怒ってしまいました。
『ええええい貴様ら! 自分の嫌いな紙じゃなくて、自分の好きな紙で手紙を書け! それか羊皮紙に書けっ!!』
黒い山羊も白い山羊も、自分の嫌いな紙なら相手も食べないだろうと思っていたのですが、実はお互いの嫌いな紙は、相手には大好きな紙だったのでした。
しかし、好きな紙だと手紙に出さずに食べてしまいたいのは、山羊にはしかたのないことです。
白い山羊は何度も何度も書きかけの手紙を食べてしまいながらも、やっとで黒い山羊への手紙を書ききって、青いペリカンはそれを届けにきたのでした。
そんな白い山羊に、黒い山羊は嫌いな紙とはいえ手紙を食べてしまいたいほど感動しましたが、そんなことをしては白い山羊の手紙が読めなくなってしまいます。
あまりおいしそうじゃないワラのにおいの紙を開くと、短い手紙が入っていました。
『ヨハンさまさま
――げんきですが、おれはげんきです。
――おれは、けっこんしました』
短いといっても、もうちょっと手紙は続いていましたが。
「うそだあああっ!」
「あーっ!!」
黒い山羊が手紙を丸めて口に放り込んでしまったのを見た青いペリカンが大声をあげました。
「な、なにが書いてあったんすかっ!?」
黒い山羊の様子がおかしいと、あわてて声をかける青いペリカンでしたが、黒い山羊にはその声も聞こえていないようです。
外に飛び出していったかと思うと、目の前の大きな木に叫びました。
「レインボー・ドラゴン! 俺を十代のところまで連れて行ってくれ!」
黒い山羊の声に、虹色の美しい龍が姿を現します。
追いかけてきた青いペリカンはその姿に驚きましたが、最初言われたことを思い出してはっとしました。
「ちょ、ボクを送ってくれるんじゃないんすか!?」
「わりぃ、てきとーに帰ってくれ!」
そのまま、虹色の龍は夜のとばりが降りた空へと飛び立ってしまいます。
「こんの、ジャイアンデルセンがああああっ! ……こんなに暗くちゃ、ボク帰れないっす」
ぐすん、と青いペリカンは鼻をならしました。
すると、大きな青い葉っぱの木が揺れました。木に宿る精霊が騒いでいます。何かが近づいてくるようです。
「翔、帰りが遅いぞ」
降り立ったのは、硬いウロコの銀色の龍でした。キカイという不思議なものでできている龍を友達にしている動物を、青いペリカンは一人しか知りませんでした。
「お兄さん!」
いつもは他の森へと荷物や手紙を届けていて、あまり家にはいない黒いオオワシが、青いペリカンのお兄さんです。
「どうしてここにいるってわかったんすか?」
「十代のところに行ったら、ヨハンのところに行ったと聞いてな。……ヨハンと言えば、さっきレインボー・ドラゴンとすれ違ったが」
「アニキのところにいったんでしょ」
青いペリカンの声はとっても呆れています。
「そうか。とりあえず帰るか。早くサイバー・エンド・ドラゴンに乗れ」
黒いオオワシはくい、と自分が乗る龍の背中を指さしました。
青いペリカンがよたよたと龍によじのぼったのを確認して、龍に飛ぶよう頼みます。
龍はその願いを聞いて、ゆったりと飛び立ちました。
「お兄さん、迎えに来てくれてありがとう」
「……ああ」
家に帰れなくなりそうだった青いペリカンも無事に家に帰ることができて、森の夜は平和に始まっていくのでした。
ただひとり、平和じゃない黒い山羊だけが、
「レインボー・ドラゴン、十代のとこってそっちだっけ?」
正しい道を進む虹色の龍相手に首をかしげていました。
*
一方そのころ。
手紙を送った白い山羊は、のんびりとお茶を飲んでいました。赤い実の皮をむいて(もちろん皮は別に食べました)、実をお茶に入れると、お茶がほんのすこし甘ずっぱくなるので、切るのがめんどくさくないときはそうしているのです。
「今年もいっぱいなったなぁ」
白い山羊のすみかの赤い実のなる木には、たくさんの実がなっていました。毎日、実をほしい動物たちが遊びにくるので、この時期はとっても忙しいです。
ですが、白い山羊の南向きにある日中は温かな日差しを浴びるワラのベッド……たまにワラを食べてしまうのでときどき足しています……の上には、小さな荷物ができていました。
「あしたになったら、行こう」
白い山羊は、まるでしばらく飲めないもののように、だいじにだいじに、ゆっくりとお茶を飲んでいます。
ドンドン!
乱暴にドアの叩かれる音がしました。
「なんだぁ? こんな時間に」
もう日も暮れるというのに、今にもドアをたたき壊すのではないのかと思うほどのいきおいの音です。白い山羊は、お茶をテーブルの上に置いて、ドアへと向かいます。
ドンドンドン!
まるで、森の中でもひときわあばれんぼうの恐竜が歩いてきたかのようです。でも、恐竜は白い山羊を赤い実をくれるアニキと思っているので、こんなに乱暴にドアをたたいたりはしないでしょう。
「今あけるってば! ていうかあいてるってば!」
白い山羊の小屋に、カギはかかっていません。それでもドアを叩きつづける音はやみません。白い山羊はしかたなくドアを思いっきり押し開けました。
「ぐえっ」
「あ」
カエルを踏んづけてしまったような声といっしょに、黒いものがたおれてきます。さすがにおもいっきり開けすぎたか、と白い山羊は黒いものをうけとめました。
「ヨハン、どうしたんだ?」
「じゅ、じゅうだい……」
ドアを乱暴に叩きつづけたうえ、ドアをぶつけられた黒い山羊。ドアの外では、虹色の龍が困ったように黒い山羊と白い山羊を見下ろしていました。
「ほんとうにごめん! ヨハン」
白い山羊のワラのベッドには、黒い山羊がおでこにはっぱをのせられて寝かされていました。はっぱはつめたい水でぬらされています。
「俺もいきなりたずねてきてわるかったな」
ごわごわのワラのベッドの寝心地は黒い山羊にとってはあまりいいものではありませんでしたが、白い山羊のにおいがどこか染みついている気がして、起きるのが少しだけもったいなく思います。でも、黒い山羊には用事があったのです。
とても、たいせつな用事です。
「十代」
「ん? あ、ヨハン、まだねてなきゃダメだぞ!」
おでこがまっかだ!
ドアは黒い山羊のおでこにぶつかったようです。
白い山羊が止めるのもきかずに、黒い山羊はむくりとベッドから起き上がりました。そして、
「じゅうだい、あの、荷物、なんだ?」
部屋のすみにおかれている、小さな荷物。まるで、どこかに行ってしまうかのようです。
『――おれは、けっこんしました』
手紙にあった、ひとことを思い出します。けっこんした相手のところに行こうとでもいうのでしょうか。
黒い山羊は、目の前がまっくらになりました。
黒い山羊は、白い山羊が大好きで大好きでたまらないのです。その白い山羊が、誰ともしれない動物とけっこんすると言い出したのです。痛いおでこがますます痛くなってもしかたありません。
「じゅうだいっ!」
「は?」
頭を押さえながら、黒い山羊は、白い山羊の肩をつかみました。ぐいぐいと引っ張られて、白い山羊はびっくりです。
「ど、どうしたんだよヨハン?」
黒い山羊は、肩をはなすことなく、おでこが痛いのも忘れて叫びました。
「けっこんなんか、しちゃダメだ!!!」
ざわざわ、と赤い実のなる木が揺れました。木も、びっくりしているようです。
でも、それ以上におどろいているのは、
「…………へ?」
白い山羊でした。
肩をつかまれたまま固まった白い山羊は、黒い山羊が何を言っているのか、問いかけました。
「ヨハン、何を言ってるんだ?」
「だから、けっこんするなって!」
「誰がけっこんするんだ?」
「だから十代が……へ?」
今度は黒い山羊が固まります。白い山羊が、本当に困った顔をしていたからです。
「俺、けっこんなんてしないぞ?」
「だって、手紙に「けっこんしました」って書いてあったぞ!」
「ええー!?」
今度こそ、白い山羊もびっくりしてさけびました。
「なんでおれがけっこんするんだよ? そんなの書いてない!」
「うそだっ! 書いてあった!!」
「そんなわけないって! 見ろよ!!」
白い山羊は、「手紙の下書きだ!」と黒い山羊の好物の紙を取り出しました。黒い山羊は美味しそうなにおいにヨダレをたらしそうになりながらも、どうにか手紙を読みます。
『ヨハンさまさま
――げんきですが、おれはげんきです。
――おれは、けっしんしました。
――冬ごもりにあそびにいくので、そうじして待っててください』
冬ごもり。
森の神様に作物をかえす祭りが終わったら、動物たちは冬ごもりをします。春までほとんどの動物が寒い冬を外にでないですごすのです。
仲の良い動物たちは集まりあって冬をすごしています。白い山羊と黒い山羊も同じです。
「いつもヨハンが俺んとこに来てたから、ことしは俺がヨハンのところにいこうって決めたんだ」
土産だってあるんだぞ! と白い山羊は小さな荷物を指さします。荷物いっぱいに入っていたのは、赤い木の実でした。
「なんでけっこんなんて読み間違えるんだよ」
「じゅ、じゅうだいの字がきたないんだよ」
「なんだよー」
どっとつかれて、黒い山羊はベッドに逆戻りしました。おでこががんがんと痛いのです。それ以上に、大好きな白い山羊がけっこんしないとわかって、ものすごくほっとしました。
「大丈夫か、ヨハン?」
「あ、ああ。……すごくほっとしてさ」
ふう、とため息をつく黒い山羊のおでこに、白い山羊はぬらした葉っぱをのせました。
「今日はここにとめてくれよ……。明日になったら、レインボー・ドラゴンに乗って一緒に行こうぜ」
「おう! レインボー・ドラゴンの背中に乗るの、大好きなんだ!」
「まず掃除てつだえよ。それから、食料をいーっぱいさがしにいこうぜ」
「わかった!」
せまいワラのベッドでふたりまるまって、秋の終わりの森のかたすみで、白い山羊と黒い山羊はもうすぐくる冬ごもりのことをわくわくと考えるのでした。
ブログがあったころの山羊話に続きをつけてみました。
けっしんとけっこんは、読み違えると思います…(昔やりました)