卒業デュエルの盛り上がりから少し離れたくなって、誰にも見つからないような場所を探す。
「明日香せんぱーい!」
「明日香様、どこですかぁ?」
兄さんに相手してもらえないらしい(もちろん卒業デュエルの、だ)女生徒の声が近くに聞こえてくる。アカデミアについてすぐにデュエルを申し込まれて、もう10人近くを相手にしている。時計は昼食まで1時間といったところだ。いくらなんでもハイペースすぎる。さすがに少しは休憩させてほしい。ちょうど見つけたドアを開けて、彼女たちをやりすごす。
「ふぅ」
ドアに背をもたれさせて、ため息を吐いた。そして一度大きく息を吸う。薄いカーテンで覆われた部屋は、珍しい古書の匂いが広がっていた。
ここは、図書室だ。
データ書籍がほとんどを占めるアカデミアでも、膨大なデュエル雑誌や書籍はデータ化されていないものもある。そういったものを保管しているここは、もちろん本だけではなくビデオやDVDといった映像記録も置いてある。
どうせなら、ここで時間を潰そうか。そんなことを考えながらカウンターの端末に生徒手帳をかざして貸し出し許可を申請する。あっさりと許可がおりたのを確認して、何を読もうか、何を見ようか、と考えながら奧の閲覧者用のスペースに足を踏み入れると、そこには先客がいた。
「十代とヨハンくん?」
「あれ、明日香?」
「やあ」
4人がけの大きなテーブルで隣り合って座っていたのは、見知った顔だった。大量の未記入のレポート用紙を崩している最中の十代に、ヨハンくんが勉強を教えているのだろう。そうとしか考えられない。
「……ずいぶんと出されたのね、レポート」
クロノス教頭から出されたのだろうレポートは内容も多岐にわたるらしい。実戦にはとても強い十代だけど、こういう机上の空論を語ることはあまり得意ではないとみんな知っているから、教頭も敢えてレポートという形を取ったのだろう。……まさか、まだ十代だけでも留年させようとか考えてないでしょうね……?
「……後半さぼったぶんのツケが今来たみたいだぜ……」
パソコン使わせてくれええええ!
がっくりと机に突っ伏した十代の頭を、ヨハンくんは容赦なく手にしていたテキストでぱしっと叩いた。
「いってぇ!」
「十代はパソコン使うより手書きのほうが早いから、絶対」
たしかに。
思わず頷いた私に、十代は「明日香まで何だよ……」とぶすくれながら再びレポートを埋め始めた。
「そういや、明日香はノルマ終わったのか?」
そっと立ち去ろうと思っていたのに、十代がレポートを埋めながら問いかけてくるから立ち止まらざるをえない。
「ええ。あなたたちもでしょ」
ノルマ、とは卒業デュエルの規定の点数のことだ。相手を探さずとも私たちにデュエルを申し込んでくる後輩は多い。特に十代は引く手あまただろう。ここでレポートをしているというのも、ひっきりなしのデュエルの申し出からうまく逃げるためなのだろう。ここなら、誰からも邪魔はされない。図書室でデュエルを始める生徒はさすがにいないのだ。
「……まあな。でも、レポートよりはひたすらデュエルのほうがまだいいぜ」
「十代、手を休めるなよ。このままじゃ卒業式までに終わらないぞ」
「げっ」
ヨハンくんの言葉に慌てて机にかじりついた十代の姿がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「そろそろお昼だから、私は行くわね。二人とも区切りの良いところでごはん食べた方がいいわよ」
「ああ。十代が今書いてるのを埋めたらな。……ほら、俺も一蓮托生で昼飯食わないでいるから早くやれよ」
「いちれんたくしょう? ヨハンはまた難しい日本語を使うなぁ」
頭をがしがしと掻く十代と、あきれ顔で見守っているヨハンくんに別れを告げて図書室を出る。何も借りなかったけど、午後もここに来ようとは思わなかった。
あんな光景がまるで以前からあたりまえのようにここにある、そんな錯覚を覚えてしまうほど、彼らはこの場所にとけこんでいてなんとなく邪魔をしてはいけない気分になったのだ。
どうしてかはわからないけれど。
ドアを開けると、何かにぶつかる音と小さな悲鳴が同時に聞こえてきた。
「シ、シニョーラ明日香、どうしたノーネ?」
「クロノス教頭!? すみません!」
私が開けたドアにぶつかったクロノス教頭の鼻が赤くなっていく。
「大丈夫なノーネ! それより、ここには来ちゃダメなノーネ」
しーっ、と人差し指を自分の唇に当ててドアを静かに閉めて、教頭はほぅとため息をついた。
「十代、ですか?」
まだキョロキョロとあたりを伺っている教頭に問いかけると、ぴたっと首の動きが止まって、縦に振られた。
「本当は私がドロップアウトボーイにビシバシしたいノーネ。でも、シニョールヨハンに役目を取られてしまったノーネ。だから、さぼらないように見張ってるノーネ!」
……クロノス教頭も、十代が心配らしい。こうして教頭が図書室の前にいれば、退けて入ろうなんて誰も考えないだろう。十代だけでも留年させようなんて考えてるんじゃないかって思ってしまったことを心の中で恥じた。
「でも、シニョール十代もシニョールヨハンもちっともさぼらないノーネ」
「でしょうね。一蓮托生だそうですから」
「まったく、あれだけ真面目にしていたらおジャマ虫もできないノーネ」
お昼食べたらお昼寝なノーネ! と図書室の前から退く教頭の後ろ姿を見送って、私も昼食をとるために図書室を後にする。
「明日香さん! アニキ見なかったすか!?」
食堂に向かう途中、デュエル疲れでへとへとになりながら十代を探す翔くんに会ったけれど、
「さぁ?」
申し訳ないけれど知らないフリをしてしまった。
十代を構いたいのはみんな一緒だけど、ヨハンくんがいれば大丈夫。あの二人はああしているのが自然なことなのだ。
リクエストその2「優等生なヨハンとレッド代表な十代の日常を仲間達や教師、同級生からの視点」でした。
またも微妙に外してる気がします。そして何か本のネタの一部っぽくなってしまった気もします。読んでなくても大丈夫かとは思いますが!
リクエストありがとうございました!