「はな……っ!」
顔を赤くして少しだけ広い肩を押し返した俺に、ヨハンは「どうしたんだよ?」と、眉を顰めながら首をかしげた。
「今イイトコだったんだぜ?」
「わーってるよ!」
わかってる。ヨハンが言いたいこと……なんでここで制止をかけるのかと文句を言いたいのだ……なんて俺でもわかる。キスの心地よさにくらくらして、なんかイイなぁって思ってた。つい、さっきまでは。
でも今はダメだ。ヨハンの顔がまともに見られない。
「しばらく、キスするの禁止!」
そして俺は、とんでもないことを口走っていた。
◆
「しばらく、キスするの禁止!」
十代から突きつけられた言葉がずしん、と俺の胸にのしかかってくる。ダメージでかすぎる。キス禁止って、まさか、俺が不埒にもキスより先のことを考えているのがバレたとか、まさか、俺、きらわれたとか? んな馬鹿な。さっきまで十代もけっこうキスには乗り気で……。
「なんだよ、何言ってんだよ……?」
出てきた言葉は、ちょっと涙目だった。俺、かっこわるいし情けないぞ。
十代は、さっきまで俺と触れあわせていた唇をごしごしとぬぐって、ぶんぶんと首を振っていた。質問に答えてないし、何が言いたいのかさっぱりわからないぞ。
いつもの俺なら、もうちょっと余裕をもって十代の変化に気づいてやれたかも知れない。十代は端から見ればものすごくわかりやすい奴だ。でも、キスしたらダメだと言われた俺には余裕なんてモノはまったくなかった。
こういうのって、なんていうんだっけ? 日本語にあったよ……な。
「十代、俺なんかしたか? なんで俺、三行半つきつけられてるんだ?」
情けなくてもいい。三行半、って自分で言ってものすごく悲しくなった。
そんな俺と裏腹に、今度は十代のほうが首をかしげる。
そして、俺のキスを嫌がった唇で、残酷なことを口にしたのだ。
◇
「なんで俺、三行半つきつけられてるんだ?」
ヨハンの口から出てきた言葉に、俺は首を傾げて思わず問い返していた。
「ヨハン、みくだりはん、って何だ?」
天津飯の親戚か? なんでそんなものを俺がつきつけてるんだ? っていうか、突きつけるなら人差し指だろう。
俺の言葉に、ヨハンはぽかんと固まっていた。
俺、何か変なこと、言ったか?
ていうか、ヨハンが難しいこと言うから俺がわけわからないんだ。キスされてもわけわかんなくなるし、ちゃんとわかるように説明しろよな!
◆
……十代が難しい言葉を知らないっていうのはわかっているつもりだった。
でも、ここで、俺に三行半の意味を言えと? 本気で泣くぞ。
なんだか、さっきから十代の唇は俺の聞きたくない言葉ばかりを言ってくる。いっそ、その口を塞いでやろうか。
口を塞いで。
口を、塞いで?
ああ、そっか。
口を塞いでしまえばいいんだ。
「……十代」
やばい、今の俺の目、完璧据わってる。
十代が「へ?」と目を点にして……さすがに俺の状態がヤバイとわかったらしい……いるのに構わず、俺は十代の言葉を聞くことをやめた。
◇
目が据わったヨハンの顔が、ぐいっと近づいてきて、俺の唇ががっちりとふさがれる。ヨハンの唇で、だ。
歯と歯がぶつかる直前だったとしか思えない勢いの良さで鼻息くすぐったいくらい近くにヨハンの顔がある。薄く閉じられた目に見られているような気がして、胸がぎゅっと痛くなった。
ああまた、ふわふわしてくらくらする。
「……ばかっ、キス禁止だ……って、言ったじゃな……いか」
「馬鹿はお前だっ。これは、口塞いでんだ、よ」
キスの合間に、文句を言ったら文句を返された。
なんだよ、ソレ。
「それ、へりくつ、だろ!」
「屁理屈は知ってるのか」
ようやく離れた唇がなんかしみじみとした言葉を漏らした。何気に失礼なことを言われた気がする。
「だいたい、十代がキス……きんしにするのが悪いんだろ」
ヨハンが俺の口元を自分の指先でぬぐった。……ヨダレか。
「だって、はずかしーだろ。キスされるのって」
◆
なんだよ、キスされるのが恥ずかしい、だと。
十代がキス禁止だって言い出した原因がぽろっと漏れた。
なんとまぁアレな理由だ。
「あのな。俺だってちょっとは恥ずかしいぞ」
挨拶とは違うキスは、どきどきして、少し恥ずかしいものだ。
「じゃあ何でキスするんだよ」
十代がむくれて問い返してくる。尖った唇をもういちどなぞって、俺は笑った。……笑うしかないだろ?
「好きだから恥ずかしいんだよ。だから、キスするとき恥ずかしいのは別に変なことじゃない」
「そう、なのか?」
「そ」
俺の言葉に納得したのか、十代は少し悩んで、
「じゃあ、あんまりドキドキしないキスならしてもいいぞ」
なんて言ってきた。……おい。
「ドキドキしろよなー。俺ばっかりドキドキするのは不公平だろ」
「えー、ヨハンもドキドキしてんのか?」
「あったりまえだろ!」
俺をなんだと思ってるんだ。
とりあえず、キス禁止解除と三行半の説明を回避できたのにほっとして、俺はもう一度ドキドキと気恥ずかしくなりながら十代にキスするのだった。
リクエストその3「キスお題続き」
十代視点とヨハン視点を交互に書いてみました。わかりにくかったらすみません。
リクエストありがとうございました!