夜9時。
騒々しいBGMとともに毎日のお約束がやってくる。
「で、俺はあのときこっちで攻めたかったんだよ。なんかアイツ、除外の効果のあるカード持ってそうでさ」
「それでいつでも《サイクロン》を発動出来るようにしてたのか」
「そ」
放課後に売られて買う羽目になったデュエルの手順を説明しながら、ヨハンはぐいっと湯飲みの日本茶を飲み干した。
本来私闘でのデュエルは厳禁なのだが、暇さえあればデュエルをしたいヨハンからすれば勝手に挑んでくれる分には相手を探す手間が省けるから良いらしい。
アークティック校の入学試験のデュエルの結果、アカデミア本校への留学の切符を手に入れたヨハンをやっかむ者は少なからず居て……中にはヨハンの破天荒な発言でとばっちりを受けた者もいるようだ、当面ヨハンはデュエルの相手には事欠かないようだった。
「俺も一緒にいればタッグデュエルできたのになぁ」
「すねるなって。今度挑まれたら十代も呼んでやるよ」
1対2という条件でのデュエルでも勝利したヨハンのタクティクスを見たい、と十代に目を輝かせて頼まれたら断ることなどできず、ヨハンは1ターンずつ丁寧にデュエルの内容を教えていく。
だから二人は気づかなかったのだ。
十代の目覚まし時計が9時を静かに伝えていることを。
「おお、ここで《トパーズ・タイガー》を引いたのか!?」
「ああ。で、このモンスターを攻撃して撃破、相手のライフが300減っただろー」
へへん、と得意げに笑うヨハンの背後で、ドアがばたんっと大きな音をあげた。
「夜空を切り裂き、僕、参上! ん〜〜〜〜、JOIN!」
前口上に、名乗り前のタメまでしっかりとモーションをつけて決めた制服姿。
「お、吹雪さん?」
「ああ、9時だから点呼ですか?」
十代が片手を上げて声をかけ、ヨハンが用件を予想した相手は、隣室で生活している寮長だった。
「……君たちもうちょっと楽しく反応してよ」
あっさりとした反応に吹雪はつまらなそうにクレームをつける。そんな先輩に後輩二人は顔を見合わせた。
「いやだって」
「慣れたし」
はじめこそテンションの高い点呼に驚きもしたが、3ヶ月も経てば慣れてくる。
「そうやって慣れちゃったの君たちだけだよ。みんなびくぅってびっくりするから楽しいのに」
ああつまんないなぁ。
ぶーぶーむくれながらも、吹雪は手にしていた名簿にチェックを入れた。210号室、二人とも在室、と。
「ああそれから、二人とも、あんまりケンカ買っちゃダメだよ」
思い出したように出てきた言葉に、ヨハンと十代は「へ?」と顔を見合わせて一斉に吹雪に視線を向けた。
「君たち、シンクロしてるね……。まぁいいや。一応、私闘のデュエルは校則で禁止されてるからね」
「でも、向こうがふっかけてくるんだもんな。俺は別にデュエルできるからいいけど」
十代の入学試験デュエルもそうとうレベルの高いものだったらしく、かつ留学生と同室ということで、十代もまた妙な言いがかりをつけられることが多いのだ。そこで暴力ではなくデュエルで解決しようというのが私闘の暗黙の了解だった。暴力沙汰を起こしたら教師陣への心象は当然悪くなる。最悪退学させられ島から追い出されるだろう。
「俺も。今日の奴らなんて、入学前から留学が決まるなんて裏があるだろう、なぁんて挑んでくるんだもんなぁ」
ヨハンも「デュエルできるからいいけどさ」と、再び説明の続きに戻ろうとする。
そんな二人の様子に、吹雪は「ま、しょうがないよね」とドアノブに手をかけた。
「なら、ちゃんと勝ち続けてくれよ。君たちが勝っている限りは騒ぎにはならないだろうからね」
ケンカを売った相手も、デュエルに負けたとなれば引き下がらざるをえない。そこで何か言おうものなら私闘を挑んだ側として処分されるからだ。
「大丈夫だって吹雪さん。俺のヒーロー達はまけねぇよ!」
「俺の宝玉獣だって!」
「わかったわかった。君たちが強いのはよっくわかってるからね。あと、早く寝るんだよ。けっこう遅くまで電気点いてるって亮が気にしてるから」
「「はーい」」
返事はしたものの、ヨハンも十代もすっかりデュエルの話に夢中になってしまっている。吹雪が部屋から出て行ったことにさえ気づいていないだろう。
「……僕は、注意したからね」
どこか楽しげに呟きながら、吹雪は自分の部屋……211号室へと戻っていった。
次の日。
十代の目覚まし時計が派手な音を立てて鳴っているのに、その音は止む気配がなかった。
210号室の前で隣室の寮長と元寮長がプレートをじっと見つめている。
「寝ているようだな」
「寝ているようだね」
そして、二人ともドアをノックすることなく部屋を素通りしていく。
「寝坊したって誰も起こしちゃくれない。それがオシリス・レッドの掟だもんね」
「ああ」
「うっわあああああ! 起きろ十代!」
「んぁ? ……げぇっ!」
すっかりデュエル話で盛り上がってしまったヨハンと十代が遅刻ギリギリの時間に目覚めて大騒ぎしながら学園へと走っていく。
「十代、目覚ましかけてるなら起きろって!」
「ヨハンだって起きろよー!」
こうして、踏まれても踏まれても立ちあがる雑草の強さを育てていくのだ。
そう、ここはオシリス・レッド。
リクエストその4「寮ネタ」
いろいろ考えたもののこれが長さ的にちょうど良いかな、と思います。
三人称は難しいなぁと痛感しましたが、楽しんでいただければ幸いです。
リクエストありがとうございました!