『るびーっ!』
しっぽをこれでもかってくらいに逆立てて怒っているルビーをどうしようか、と困り果てながら、俺はぼんやりと窓の外を眺めていた。ガラス越しに見える海は空の青色を映して平和そのものだ。冷蔵庫から取り出したばかりの冷えた緑茶をすする。翔が「アニキも飲んだら作り置きしといてよ」と呆れながらも作り置きしに来るのだ。すぐにお湯を沸かさなくていいからものすごく楽だ。
「ルビー、落ち着けって」
正面の机の上で何かを訴えかけてくるルビー。何がいいたいか、何となくわかる。
『るび、るびるびっ!!』
「あーうん、俺もその気持ちはわかるけどさ」
――いつでも一緒だからって、ああいう言い方はない、みたいなことを言っているのはわかる。
「でも、ルビーだってヨハンにに言い返しただろ」
『るびー』
ルビーの声から勢いが消えていくのを感じながら、俺はもう一度お茶を啜った。
ルビーとヨハンがケンカをした。
きっかけはいつものように、迷子になったヨハンをルビーが導いてこのレッド寮に来たことだ。
それはいつものことだから誰も気にしてなかったんだけど。多分、発端は俺だ。
「ルビーってヨハンの兄貴みたいなもんだな」
なんとなく、ヨハンに道案内をするルビーの姿を思い出して言った一言が、二人の何かに障ってしまったらしい。
「何言ってんだよ十代。俺のほうが兄貴だろ」
『るびー? るびるび!』
「なんだって? 俺が手のかかる弟、だってぇ!?」
それから、その名の通り『兄弟げんか』を始めてしまったヨハンとルビーは、俺とハネクリボーが止める間もなく口げんかをエスカレートさせて。
「じゃあもういい! ルビーに案内頼まなくたって、ブルー寮にたどり着いてやる! じゃあな十代っ!」
そのままばたんっと乱暴にドアを閉めていった……このドア建て付け悪いってのに……ヨハンの背中を見送りながら、そういやヨハンは何をしに来たんだ、と首をかしげたのだった。
「……ハネクリボー」
『クリ?』
「ヨハンについててやってくれよ。……本当に迷子になりそうだしさ」
『クリ〜!』
とりあえず、ハネクリボーをヨハンのところに向かわせて、俺は尻尾を少しずつさげてきたルビーと向かい合った。
「なんか、俺の一言でケンカになったみたいだな」
『るび……』
前から思ってたからそんなことはない、と言いたげなルビー。……うん、たしかにルビーのほうが兄貴だな。ヨハンの売り言葉に買い言葉を返してしまったのだろう。落ち着いてきたらしくて、ルビーの尻尾どころか耳までさがってしまった。
「そんな顔すんなって。言い過ぎたって思ってんなら、ちゃんと言えばいいんだよ」
『るび?』
「今頃ヨハンだって、迷子になりながらルビーとケンカしなきゃ良かったって思ってるぜ」
ルビーを元気づけようと出てきた言葉だったけど、これ、当たってると思う。ハネクリボーがヨハンを見つけてくれてるといいんだけど。
ルビーの背中を撫でる手つきをしながら、俺はぽつり、と言うつもりのなかった言葉をもらした。多分、相手がルビーだったからだろう。ヨハンには絶対に言わない。
「少しだけ、お前らがうらやましいよ」
一緒にいるから、ささいなことでケンカできて、それが大事になる。
一緒にいるから、どんなことでケンカしても、すぐにケンカしなきゃ良かったって思える。
一緒にいたいから、謝ろうと思っても、どんな顔していいかわからなくなる。
それって、一緒にいるから『できること』なのだろう。
『るびー?』
黙り込んでしまった俺を覗き込むルビー。なんでもない、と顔をあげた俺の耳に、ドアを開く音が聞こえた。
「十代! ルビー、いるか!?」
玄関には、息を切らせたヨハンが立っていた。その頭上にはハネクリボーがほっと息をついている。どうやら見つけてここまで連れてきてくれたようだ。
「ルビー、ごめんっ!」
『るびー!』
お互い謝ってひしっと抱きしめ合う(ように見える)二人に、俺はほっと一息つきながら、ハネクリボーと顔を見合わせたのだった。
「……それにしてもさ」
本来の用件……最新のカードカタログを持ってきてくれたのだ……を果たしながら、ヨハンがぼんやりと仲良くじゃれあっているハネクリボーとルビーを見る。こっちは仲良くケンカ中、って感じだ。
「ん?」
カタログからヨハンに視線を向けると、ヨハンはじーっとルビーたちを眺めていた。
「ハネクリボーはいいよなぁ」
「は?」
何言ってるんだ、ヨハン?
ぽかんとする俺のほうを向いて、ヨハンは汗をかきはじめた緑茶をぐいっと一気飲みする。
「だって、十代の『相棒』だろ。いつも一緒にいられて羨ましいなぁって思ったんだよ。さっきも、お前に頼まれたから、って俺をすぐに見つけだしたしさ。十代のことわかってないと、俺を探し出すなんて無理だろ?」
「何で俺のことをわかってないとヨハンを探せないんだよ」
「それだけ十代と一緒にいるってことだろ。羨ましいなぁ」
いったい何が羨ましいんだ。
そうツッコミを入れようとして、俺がルビーに思っていたことと、ヨハンがハネクリボーに思ったことは同じだって気がついた。
一緒にいられることを羨ましいと思うのは、ずっと一緒にいられないとわかっているからだ。
「俺は、ルビーがうらやましいけどな」
多分これだけで、ヨハンは俺が思っていることをわかってしまうだろう。
「そっか」
案の定わかったらしいヨハンが腕を伸ばしてくるのを待ちながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
からん、と溶けかかった氷が小さな音を立てたのが聞こえてきた。
リクエストその5「嫉妬しあうヨハ十」
いったい誰に嫉妬するんだ、と考えてルビーとハネクリボーしか出てきませんでした。
それくらい二人の世界を構築しすぎて他人入り込めなさすぎです。だがそれがいい。
リクエストありがとうございました!