今日の寝覚めはやたらと重かった。精神的なものではなく、肉体的な意味で、だ。
ヨハンのやつ、また入り込んで来たな……。
三段ベッドの真ん中を使っている(学園的には無断拝借だろうけど俺は気にしていない)ヨハンは、たまに急な階段を上がるのを面倒がって下の段の俺のところに潜り込んでくるのだ。いつも目が覚めると窮屈でたまらない。でも不思議と嫌だと感じない。
……あれ?
ヨハンがいるのはわかるけど、いつもより広く感じる。ここ、レッド寮だよな。ブルー寮のヨハンの部屋のでっかいベッドじゃないよな。目を瞑ったまま考えても埒があかない。とりあえず、起きて周囲を確認することにする。
目を開けると、まず大きな腕が俺の上にのっかっていた。重いのはこれだったらしい。ヨハン、一晩ででっかくなったなぁ。よいしょ、とどかそうと手を動かしたが、俺の腕は動かなかった。手はヨハンの腕を掴んでる感触があるのに、俺の手が見えない。ずいぶんと小さな、子供の手が俺の言うとおりに動いて……って!?
ここはブルー寮でもなく、ヨハンがでっかくなったわけでもなく。
「う、うわああああああああ!」
俺が、小さくなっちまったのか!?
ぺたぺたと自分の頬を触る手は、やっぱり小さい。
「ぅるさいぞー、十代」
ヨハンが寝ぼけた声で苦情を言ってくるけど、俺はそれどころではなかった。
「ヨハン、俺、どーなってるっ!?」
寝転がったままヨハンの胸ぐらをぐいぐいつかむ。その手はやっぱりちいさくて。
「おお、十代、こりゃまた縮んだなぁ」
ヨハンが「じゃ、おやすみ」と二度寝に入りかけて、
「縮んだああ!?」
飛び起きた表紙に俺の体も合わせて持ち上がっていった。
「目が覚めたら、こうなっていたと?」
「ああ」
二段ベッドの真ん中に座っていても頭をぶつけないのはショックだ。
いつになく広い部屋で、俺とヨハンはうんうんとうなっていた。
もちろん、俺が小さくなってしまったことに関してだ。……性格には、外見が幼くなってしまったということだろうか。
「何がどうなってるんだか、わかんねえよ」
「そうか」
ずず、と行儀悪くオレンジジュースをすする俺に、ヨハンは何かを考えていたようだけど、
「そいつ飲んだら、デュエルしようぜ」
いつものように、デュエルを持ちかけてきた。
「へ?」
「だから、デュエルだよ。やり方忘れたとかはないんだろ?」
「あ、ああ」
二段ベッドの梯子を降りると、ヨハンはとっくに座ってカードを広げている。俺が座ったのを確認してから、カードをまとめて渡してきた。俺もヨハンにデッキを預ける。お互い無言で、カードを切って、再びお互いのデッキを交換した。俺の手は、ヨハンよりずいぶんと小さくなってしまっていたけど、ヨハンは気にしていないのだろうか。……ちょっとは気にしてほしいんだけど。
「じゃ、行くぞ」
「ああ」
こうして、俺が小さくなったにも関わらずごくごくふつうにデュエルが始まってしまった。
「うあー、負けたああ!」
悔しそうなヨハンは、それでもすぐに笑顔になる。
「でも、楽しかったからいいや! あのタイミングでユベルを呼ぶか?」
「呼べたんだからしょうがないだろ。ま、俺も」
楽しかったぜ、と言いかけて、自分の状況を忘れてついついデュエルに夢中になってしまったことに気がついた。
それどころじゃないってのに!
「って、ダメじゃん! 俺、どうなるんだよ!」
こんな小さいままじゃ卒業できないかもしれない。それ以前に、いろいろと不便だ。
「大丈夫だって」
俺が焦ってるのにヨハンはのんびりとデッキを片づけて、食堂の献立なんて見ている。
「何が大丈夫なんだよ。無責任なこと言うなって」
デッキを片づけながら、ヨハンに反論する。こんな姿になってもヨハンは最初こそ焦ったけど、あとはぜんぜん変わらない。
「こういうのって、自然のなりゆきにまかせたほうがいいんだぜ。難しく考えるとろくなことにならないんだ」
ヨハンは俺の目線に合わせるようにしゃがみ込むと、にっこりと笑ってきた。……決して、見下ろすようなことはしない。
そういえば、最初、起きてからのことを説明しようとしていた俺を真ん中の段まで昇れと言ったのもヨハンだった。デュエルディスクを使わないデュエルをしようと言ったのも。だ。
……もしかして、俺が小さくなったことを気にしないように気を遣っていたのだろうか。
「とりあえず、昼飯とってくる。十代は風邪引いて部屋で食べるってことにしておくから、お粥になるかもしれないけどさ。そしたら、俺のおかず分けてやるよ」
そうして、部屋を出て行こうとしたヨハンが「あ」と声をあげた。
「十代さ、さっき『無責任なこと言って』とか言ってたけど、俺、無責任なことはしないぜ。十代が小さいままでもずっと一緒にいてやるからさ」
「なっ……!」
今、とんでもないこと言われた気がするぞ! 意味をもう一度把握しようと頭をフル回転させたとたん、
『ダメだっ!』
ぽん、と視界がもやでいっぱいになった。
……もやが消えると、さっきより視点が高くなった……気がする。
「十代!」
手を見ると、いつも見覚えのある手だった。ヨハンと大きさのあんまり変わらない手だ。
「あれ? 俺、戻った……?」
呆然とする俺の隣に戻ってきたヨハンは、天井の梁に腰を降ろしているファラオに向かって声をかけた。
「丸見えだぞ、ユベル」
『ちぇ』
ファラオじゃなくて、その隣で気配を消していたユベルに告げていたらしい。……ってことは。
「原因はユベルかよ」
「なんとなくそんな気はしてたけどさ」
ユベルと超融合したこの体が、どんなものなのか俺にもよくわかっていない。でも、ユベルが「小さくなれ」と思うと小さくなるってのはどうかと思うぞ!
「何してんだよ、ユベル」
『小さい頃の十代が懐かしくなったからさ。あの頃は泣き虫だったよねぇ』
「へぇ〜。もっと聞かせてくれよ」
ユベルの過去話に食いつくヨハンを眺めながら、俺はため息をつくしかなかった。
『十代が小さい頃の思い出は、僕だけのものだもの。おまえになんかあげたくないよ』
ユベルがつん、と姿を消していく。
「おいこら! そんな理由で人の体で遊ぶなよ!」
もう何の気配もない空間に文句を言う。まったく、これからは気をつけないとなぁ。
「もう大丈夫だと思うぜ?」
いきりたっている俺の肩をぽんぽんと叩いて、ヨハンは「昼飯に行くか」と誘ってきた。結局、ユベルが何で俺を元に戻したのかがよくわからないままだ。またいつ小さくされるか……。
「何が大丈夫なんだよ」
不安を漏らした俺に、ヨハンは「だってさ」と笑う。
「十代が小さくなったら、俺がずっと一緒にいることになるんだぜ。ユベルは嫌なのかもなぁ」
笑いにはどこか寂しげなモノが含まれていたが、すぐに消えてしまう。
「まぁ、小さかろうと大きかろうと、十代とずっと一緒にいたいけどな!」
「俺は小さくなるのはもうごめんだよ」
ヨハンに気を遣わせるなんてやっぱり嫌だ。
「えー、別にいいのに」
「俺が良くない! ほら、昼飯行くぞ!」
まだ何かが惜しいらしいヨハンの腕を引っ張って、ドアノブを回す。小さかったら、こんな簡単にドアノブを回したり、ヨハンを引っ張ったりできなかっただろう。それに、
「小さいままじゃ、こんなのもできないだろ」
不意打ちで腕を引っ張る力を強めて、ヨハンの唇にかすめるようなキスをしてやった。ヨハンの顔がぎょっと固まって、そのすきにドアを開けて食堂に走る。俺を引き留める声が聞こえてきたけど、構わず走り続けた。
俺が小さかったら、こんなこと絶対に出来ないもんな。……でも、不意打ちとはいえさすがにちょっと恥ずかしかったぞ。
リクエストその8「十代がちっちゃくなっちゃった話」
ヨハンの反応をあれこれ考えているうちにこんな遅れてすみません。
結局、対等に接してるつもりで気を遣ってると思わせちゃった的な感じになりました。
ついでにC or AはChild or Adultの略という。タイトルのセンスも悪くてすみませんです。センスほしいですセンス!
それでは、リクエストありがとうございました!