振り回される覚悟

 この部屋は、俺の部屋のはずだ。それなのにレッド寮の建て付けの悪いドアの前で、俺はものすごく緊張していた。
 ――顔は、絶対にふだんどおり。いつもどおり。
 心の中で何度も何度も唱えながら、ドアノブに手を掛ける。回してみると、やっぱり鍵は開いていた。そりゃ、俺は鍵をかけないから、鍵がかかってるわけないんだけど。
 そのままドアを引くと、見覚えのある部屋の真ん中で同居人が、カードを広げて床に座り込んでいた。
「おう十代、おかえり」
 いつも通りの変わらない挨拶の言葉に、俺は必死に「ふだんどおり」の顔を作って、
「ただいま、ヨハン」
 軽く手を挙げた。


 ……本当は、部屋にいてくれないほうが良かったんだけど。
 そんなことは絶対に言いたくない。近くにいるのはちょっといやだけど、自分から遠ざけるのはものすごくいやだ。
 だいたい、俺がこう思ってるのはヨハンは知らないはずだし、ヨハンのせいでもない。俺一人の問題だし。
 っていうか、俺、なんでこんなに頭の中がぐちゃぐちゃしてるんだ?


 たぶん、きっかけはアレだったと思う。
 ちょうど一週間前、この部屋でやったデュエル。条件はカードの枚数を種類ごとに同じにすることで、ヨハンに合わせるとなると俺のモンスターカードはかなり削られることになるからデッキ構成は吟味に吟味を重ねていた。
「おい十代、まだかー?」
「まだだからちょっと待ってろよ。ええと、こいつを削って代わりにこっちを入れて……」
 ヨハン、あのデッキ構成でよく勝てるよな……。いくら専用のサポートカードが多いとはいっても、モンスターカード、たったの7枚だぜ。
「早くしないと夜になるぜ」
「わかってるって!」
 俺がいつになくデッキ調整に手間取っていて、ヨハンはヒマだったらしい。普段はマイペースなくせにデュエルのことになるととてもせっかちなヤツだ、と言っていたら翔に「ヨハンくんだって、アニキにはそれ言われたくないと思うっすよ」と言われてしまった。なんだよ、俺がせっかちだってのか?
「あと30秒でおわんなかったら、ちゅーするからなー。ハイ29、28」
 業を煮やしたヨハンがなんかとんでもないことを言い出して、しかもカウントダウンを始めた。
「な、何言い出すんだよ!」
「アークティック校の罰ゲームだよ。ホラ20、19」
 数えながら、だんだんヨハンが身を乗り出して顔を近づけてくる。
「どんな罰ゲームだよ!」
 ツッコミを入れる間にもどんどん時間は経っていく、そして。
「1、ゼロ!」
 ゼロ、と同時に頬に濡れたモノが当たった。手に持っていたカードを思わず取り落としてしまう。ばらばらと、カードが手から落ちて、散らかってしまった。
 ……って。
「何すんだよ!」
「ちゅーはさすがにアレだから、頬をなめてみた」
 思わず舐められた頬を触って、文句を言えば、ヨハンは「なんだよ」と不満げに唇を尖らせた。
「ただの罰ゲームだろ。なんでそんなに怒るんだよ」

 罰ゲームだからって、こんなことしていいわけがない!

 なんでこんなに腹が立つのかわからない。むしゃくしゃしながらカードを拾い集めているうちに、だんだんと落ち着いてきて。
 そして俺は、とんでもないことに気がついてしまったのだ。
 ……ちゅーはさすがにアレだからと舌でなめる攻撃をされてしまったにも関わらず、気持ち悪いとは思わなかったのだ。ビックリしてたってのもあるけど、でも、なんていうか。
 ものすごくどきっとした。
 ああまさかまさか、俺って、なんかやばいのか?
 心臓がうるさいくらいばくばく言っている。
「十代、早く準備しろって」
「あ、ああ」
 もういいや、このままで!
 ぐちゃぐちゃな頭の中をからっぽにするためにすぐにデュエルを始めたのはいいけど、結局散々な結果に終わったのは、言うまでもない。


 ヨハンは罰ゲームだからと全然気にした風でもなく、人の頬を舌で舐める攻撃をしたあとも普通に俺に接してくる。俺も、変に思われたくないからと「普通に」返す。どこまで普通と思われてるかはわからないけど、これ以上は俺にもどうしようもないのだ。

 こうやって、誰かにどきどきするなんてこと、今まであったっけ。
 ヨハンの顔を見てるとどきっとしたり、声を聞いてて安心したり、ヨハンの態度に胸が痛くなったり、なんだかものすごく心が忙しい。
 こんな気持ちなくなってしまえばいいのに、なくなってしまったらものすごく悲しいとも思う、そんな気持ち。


「十代、デュエルしようぜ」
 今日も何気なくデュエルに誘ってくるヨハンにどきどきしつつも「ああ」と返す。
「デッキ調整はお互い10分な。過ぎたら罰ゲーム!」
「ええ、またかよ!」
 また変なことを言い出したヨハンに正直な反応を返しつつ、もしもヨハンが10分過ぎても調整を終わらせられなかったら……なんて考える。
 そしたら、俺は……。

「あ、今度はちゅーするからな!」
「!」
 まるで俺の心を見透かしたようなヨハンの言葉に、俺は倒れそうになった。
「どうした、十代?」
「い、いや……何でも」
 ああ、こうやって、俺はこいつに振り回されるのか。
 この気持ちを捨てるか、形にするか、まだふんぎりはつかないけど、それまではこうやって振り回されるのを覚悟で付き合っていくしかない。
 そんな覚悟を胸に秘めながら、俺はヨハンに気づかれないようにため息をついたのだった。

リクエストその10「十代の片思い」
ヨハン←十代って何気に初めてでしたが、ヨハンに片思いしつつも十代らしい感じって
どんなもんだろうと試行錯誤していたらこんな感じになりました。
ヨハンから矢印出てるかどうかは読まれた方のご想像にお任せしますということで。
リクエストありがとうございました!