Specimen Case

※漫画版ネタです


「オマエ、本当に昆虫が好きなんだな」
「ああ。夢中に成りすぎて帰り道がわからなくなることもあるんだぜ!」
「そ、そうか……」
 夕闇差し迫ったレッド寮への帰り道、森の中からヨハンが飛び出してきたけど、帰り道がわからないというからブルー寮に連れて行くことになった。オレにはあんまり縁のない場所だ。
「それにしても、この島はいろんな昆虫がいるよなぁ。見たこともない種類もあって、わくわくする」
 ああ、虫かごを持ってくれば良かった!
 昆虫図鑑だけを持ってきたことが心底悔しいらしく、ヨハンが空を飛ぶ虫を物欲しげな顔で見上げている。
「まぁ、明日にも見られるかもしれないじゃないか」
「こういうのって、一期一会だからなぁ」
 いちごいちえ、ってなんだ?

 ブルー寮の屋根が見えてきた。もう大丈夫だろう。
「じゃ、オレはこれで」
 と去ろうとするオレの腕が意外と強い力で掴まれる。強い力だけれど、痛くないから不思議だ。
「どうせだから、入っていけよ十代」
「へ?」
「いいだろ?」
 にっと笑ってくるヨハンに、オレはどうしたらいいのか迷う。

 ……いくらデュエルを楽しそうにやっていて、他の連中とは違う空気だといっても、ヨハンはアメリカからきた留学生だ。
 胸ポケットにしのばせたデッキの中で、ハネクリボーが不安げな声をもらしている。

「オレの昆虫採集コレクション、とっておきのとっておきを見せちゃうぜ! 他のヤツにも見せたことないんだ」
 な? とオレの腕を引っ張ってくるヨハン。解放するつもりはないらしい。
「あ、ああ」
 ちょっとくらいなら、いいか。
 ヨハンにひっぱられるまま、オレはブルー寮へと足を踏み入れたのだった。


 レッド寮とはぜんっぜん違うブルー寮の部屋の中。ヨハンが入り込んだのはでっかいタンスの中だった。
「あんまり明るいところに置いとくのもアレだからさ、こん中にいれたんだよ」
「へ、へえ」
 あったあった、と引っ張り出してきた、「とっておきのとっておき」。
「ジャーン!」
 箱の中には、色とりどりの蝶が収められていた。
「すっげえ……!」
「だろー?」
 オレが見たこともないような蝶の標本。そのどれもがまるで今すぐ飛び立ちそうな雰囲気だ。昆虫に興味のないオレでも、これはすげえって思える。
「他にはないのか?」
「あるある。ちょっと待ってろ」
 がさごそと再びタンスの中をあさりはじめるヨハン。その中に、ひときわ大きなガラスケースが見えた。
「なんだそれ? でっかくねえ?」
 思わず指さしたオレに、ヨハンは「ああ」とつまらなそうに告げた。

「いちばんのとっておきがそこに入る予定なんだよ。今、どうやって捕まえようか悩んでんだ。ガードが堅くてなかなか捕まえられないんだ」
「へえ」
 こんなでっかいケースに、どんな蝶が入るってんだろう。モスラサイズじゃねえ?
「ま、捕まえてやるけどな」
「おう、がんばれよ」
 ヨハンなら、モスラだって捕まえられそうだ。そう思っての言葉だったけど、ヨハンは意外そうな顔をして、ふっと笑った。

「ああ、がんばる」

 前向きな言葉のはずなのに、どこか冷めた返事。オレが訝しむ前に、ヨハンがおもむろに立ちあがった。
「じゃあさ、行こうぜ」
「どこに?」
「レッド寮だよ。こっちの寮のメシが合わないからさ、ゴハンだけよそに混ぜて貰おうかと思って」
 メシは大事だよなぁ。
「わかった、一緒に行こうぜ」
「やった!」
 やたらと嬉しそうなヨハンを尻目に、オレはもう一度タンスの中を見た。
 モスラが入るだろうガラスケース。

 なんでこんなに、心がもやもやするのだろう。
 心の奥底から聞こえてくる警鐘。その意味を、オレはまだ理解してはいなかった。

VJ前に滑り込みセーフ! 的な漫画版ヨハンネタ。
ヨハン悪い人バージョンでお送りしました。
いい人バージョンは、先日のイベントのペーパーにそっと載せました。