春眠不覺曉

 多分、この島は春の訪れが早い。
 俺の住んでいた場所は春なんてやっとで来たと思ったらあっという間に終わってしまうから、こうして長く続く春というのは実は初めてだ。
 春の訪れは俺をものすごくわくわくさせるんだけど、どうも隣の奴は違うらしい。

「…………」
 時計をちらりと見れば、既に昼だ。そろそろ昼食の時間も終わる頃じゃないだろうか。
 三段ベッドの一番下のベッドを更にちらりと見て、ため息が出た。
 今日は日曜日で、退屈な授業もなくて、天気も良い。絶好のデュエル日和だってのに、肝心のデュエルの相手がベッドから降りてくる気配がまったくないのだ。
 枕を抱きしめて眠る姿にほんのちょっと枕と代わりたい……なんてことを考えながら、昼ごはんを食いっぱぐれるのはきっといやだろうと声をかけてゆすぶってみる。
「十代、起きろよ。昼飯終わるぜ」
「んぅー……」
 昼食、という文字にも反応しないで寝入っている十代。反応しないで、というのは間違いなのかもしれない。枕をがじがじと美味しそうにかじっている。……やっぱり代わりたい。
 思わず枕をはずそうと枕に手をかける。すると、カギのかかっていないドアがノックされた。
「アニキー。いるっすかぁ?」
「昼飯おわっちまうドン!」
 十代の弟分たちだ。すっかり夢の中の十代に代わって俺が玄関に出てやる。
「十代なら、寝てるぜ」
「ヨハンくん、いたっすか。……やっぱり」
 ……なんだよ、何微妙な顔してんだよ。
「それにしても、アニキよっぽど眠いんすね」
 お昼ご飯も食べずに寝てるなんて。
 部屋に上がり込んできた翔がまじまじと十代の顔を覗き込む。なんだよ、何見てんだよ。
「デュエルばかりやってるから寝不足なんだドン。やっぱり寝足りないザウルス」
「やっぱり。こうなると絶対に起きないよね」
 十代のことならなんでも知ってる、と言わんばかりの翔と剣山に、なんだかおいてけぼりにされた気分になる。あんまり良い気分じゃない。こういうのって、蚊帳の外、っていうんだっけ。
 翔と剣山はさっさと起こすのを諦めたようだ。あっさりと十代のもとを離れる。
「ボクたちはお昼ご飯食べてくるっすけど、ヨハンくんはどうするっすか? アニキ絶対起きないっすよ」
 そう言われると、起こしたくなるのが、世の常というやつで。
「いや、十代が起きるのを待つよ。お前らは昼飯食ってこいって」
「ええ!?」
 二人を追い立てるように部屋から出して、俺は相変わらず枕を抱いている十代を見下ろした。

「……授業中あんなに寝てるくせに、寝足りないってなんだよ」
 教諭が可哀想になるくらい見事なさぼりっぷりだ。今まで、居眠りするのにわざわざお面作ったやつなんて見たこと無い。そういえば、「ココに目を描いてくれよ」って目を瞑られてまぶた指さされたこともあったっけ。あれはチューしてくれと言わんばかりだった。耐えた俺の鋼の精神力を褒めて欲しい。
「十代、起きろよ。昼飯のカレー食えなくなるぞ」
 もう一度肩を揺さぶってみると、
「エビフライカレーっ!」
 いきなり腕を掴まれて、ベッドに引き込まれた。
「でっ!!?」
 低いベッドの屋根に、おでこをぶつけた。痛い。
 さっきまで抱きしめられた枕の位置に、今度は俺の身体が納まる。ただし、腕を食われかけているが。
「じゅうだい!」
「トメさぁん、もっとカリっと揚げたほうがうまいって……」
「……カリっとしてなくて悪かったな」
 思わず漏れ出た言葉にも、十代は反応しない。枕代わりに俺のからだをぎゅっと抱きしめて、再び夢のない眠りに向かっているようだった。

 こういう状況のことかはわからないけれど、古い言葉にこんなものがある。

『春眠不覺曉』

 春眠暁を覚えず、と書き記せば多分翔ならわかってくれるだろう。
 明け方までデュエルをしていた俺たちは春の夜の心地よい時間を全てデュエルに向けてしまって、寝過ごしてしまうどころか眠る時間がずれてしまっているけれど、それにしたって十代は眠りすぎだ。
 春は外に飛び出す季節だと思っていたから、こうして寝てばかりの十代はもったいないことをしてるって思うのに。
「……まぁ、いっか」
 子供のように体温の高めな十代の身体がきゅうっとすり寄ってくる。……これって役得じゃん。
 自由になった、多分歯形のついてる腕を十代の背中に回して、俺も惰眠を貪ることにしたのだった。


 夕飯がエビフライだと起こしに来た翔と剣山が俺たちの状況を見て絶叫したのは、まぁ言うまでもない。

朝起きられない季節が近づいてきました。
十代は年中暁を覚えてない授業中の居眠りっぷりだと思います。