「うわあああああああああ!」
朝から、レッド寮の一室に悲鳴がこだました。
「なんだよ、何さわいでんだよ……」
ちくしょう、イイ夢見てたのに。
叫び声でたたき起こされたヨハンは、下のベッドが空になっていることに気がついた。珍しいことである。下のベッドの主がヨハンより早く目を覚ますなんてことは、嵐の前触れとしか思えない。
寝ぼけた頭のままどうにか三段ベッドから降りたヨハンはまず部屋の主を探した。さほど広い部屋でもないからすぐに見つかった……はずだが、何かが違う。
「おい、じゅうだい」
嵐といえば、嵐かもしれない。
ヨハンの声が、心なしふるえている。多少の驚愕と、大部分の笑いをかみ殺す声色だ。
「……なんだよ、何見てんだよ」
地を這うような十代の声に、ヨハンがついに爆発した。
「ぐっ、はははっはははは! ど、どうしたんだよその頭は!」
やはり、爆笑されてしまった。恨めしげに目の前にある鏡をもういちど見る十代。
そこには、あちこちあらぬ方向に跳ねている髪の、寝癖にしてもひどい状態の頭の十代がじろりと睨みつけている姿があった。
必死にブラシとスプレーで髪を直そうとする十代の背中を、ヨハンはあきれ顔で見つめた。
「だから言っただろ。寝るなら髪を乾かして寝ろって」
そんな言葉も、今の十代にはぶすりと突き刺さるトゲのようだった。
――たしかに昨日、温泉から帰ってきた十代は髪を乾かすことなくすぐにベッドに転がってしまった。寝るなら髪を乾かせよ、というヨハンの言葉を聞き流して、うっかり値こけてしまったのだ。
「ああ、ヨハンが布団かけてくれたのか。ありがとな」
「風邪引いたら大変だからな」
布団がかけられていなかったら間違いなく風邪を引いていただろう。そこだけはきちんと礼を言って、再び髪のセットに奮闘する十代に、「なぁ」とヨハンは声をかけた。
「なんだよ。今忙しいんだけど」
「俺がやってやるよ」
ドライヤーとブラシとスプレーを交互に持ち変えている十代を見かねてのことだった。
頭に蒸しタオルを乗せられて、十代の肩がびくっと震えた。
「熱い!」
「せっかくトメさんに作ってもらったんだから文句言うなよ」
寝癖とスプレーで変な方向に跳ねまわった髪が、じわじわと蒸されていく。しばらくすると、髪は適度にしっとりとして、跳ねも少し和らいだようだった。
「ほら、ブラシ」
「おう」
ヨハンに言われるまま、十代は手にしていたブラシを手渡す。跳ね戻らないようにと、注意深く櫛を入れていく。
「お、これならなんとかなるかな」
「本当か?」
ヨハンに請われて、今度はスプレーを手渡す十代。櫛よりも柔らかい感触が髪を梳いていくのがくすぐったい。
「おい、くすぐったいぞ、ヨハン」
「はぁ?」
笑いそうになって肩が揺れる十代に、ヨハンはため息をついた。
「おまえなぁ、何でくすぐったいんだよ」
ヨハンとしては、うまく普段の髪型になるようにうまくまとめようとしているだけなのだが、十代がくすぐったがって頭が揺れてしまってはうまくいかない。
「くすぐったいんだからしょうがないだろー……、っ」
ヨハンの髪が耳元をかすめたとたん、十代の肩がびくりと震え上がった。
「ん? どした、十代?」
ヨハンの問いに、十代はだまったまま何かを耐えているようだった。
何かが過ぎ去ったらしい十代がようやくヨハンに向き直る。
「ヨハン、耳は触らないようにしてくれ」
「は?」
耳??
十代の言葉に首を傾げるばかりのヨハンに、十代は両手で自分の両耳を覆った。
触るな、という意思表示だ。
「なんだぁ十代、耳に触られると困るのか」
「ああ。ちょっとな」
十代に言われるまま、耳は触らないようにしながら髪を梳いて整えていく。
このときのヨハンには、十代からもたらされたこの情報が後々どれだけ役に立つかなど、想像もしないのだった。
十代の耳が弱点だとわかったよ、という話。そして耳責めがはじまるわけです。<ええー