口付けを落とす

 酷い夢に、目が覚めた。

「!!!!」
 声にならない悲鳴を押し殺して、あやうく天井にぶつかりそうになった頭の無事を一応確認する。どこも痛みはないから寝ぼけてぶつけたりはしていないようだ。
『クリ……?』
 ふわふわと、俺の元に飛んできた相棒に「大丈夫」と声を掛けたものの、ハネクリボーの目の色は曇ったままだった。

 ……曇った?

 よく見れば、部屋の電気は点きっぱなしだ。何故だろう? と記憶をたどって、そういえばと思い出す。思い出したらそのまま起き上がって、部屋の電気を一つ消した。蛍光灯の代わりに、かろうじて部屋の全体が見られるオレンジの明かりが点いた。
 その薄暗い明かりの中で、探したのは三段ベッドの真ん中。大きな毛布の塊が呼吸に合わせて上下しているし、その枕元には精霊が丸まって寝息を立てている。そこにいるのが誰か、すぐにわかった。
「サンキュな、ヨハン」
 多分俺をベッドに寝かせてくれたのはここで毛布の塊になってる居候だろう。起こさないように静かにベッドに戻った。

 今日もいつものようにたくさんデュエルをしたりたくさん話をしたりした。隣にはヨハンと、家族の宝玉獣たち。カードを広げてコンボを考えたり、実際にデュエルをやってみたり、時間も忘れて熱中しているうちに、いつのまにか眠ってしまったらしい。多分、床に。こういうとき、三段ベッドの下で良かった、と思うのだ。これが上だったりしたらヨハンに迷惑がかかっただろう。

 ベッドに戻ったものの、眠気はなかなか訪れなかった。こたつでうたた寝してしまった後の目が冴えた感じがする。がんばって羊トークンを数えてみる。羊トークンが一匹、羊トークンが二匹、羊トークンが三匹、羊トークンが四匹、羊トークンが五匹、羊トークンが……フィールドにもう出ないじゃないか!
「はぁ」
 思わずため息がもれる。自分で自分にツッコミを入れたせいでますます眠れなくなってしまった。もぞもぞと布団の中で動いてどうにか眠りやすい体勢を探す。
 何かしながら寝れば、酷い夢も見ないだろうか。

 ――どこまでも広がる広大な砂漠。砂上の楼閣のようなデュエルアカデミア。砂粒になって崩れていく仲間達。
 新学期になってから見続けている夢は、多分砂粒一つとっても同じ夢だろう。続きを見ないし、その前の場面も見ない。ただ砂漠と、アカデミアと、砂になった仲間達に絶望するだけの夢だ。
 最近、夢に見る間隔が短くなってきている気がする。眠るのが怖くて、だから無理に起きる時間を延ばして……ヨハンを付き合わせるのは悪いなぁ……いたのだけど、今日は油断してしまったようだ。

 もう一度ため息をついて身体を丸めていると、いきなり肩を掴まれた。
「うわっ!?」
「おわ!?」
 突然のことに驚いた俺に、肩を掴んだヤツも驚いたようだ。ていうか、
「よ、ヨハン……なんだよ驚かすなよ」
「悪い。一応声は掛けたんだけど」
 起き上がろうとした俺の肩が、ぐっとベッドに押し戻される。
「ヨハン?」
「起きなくていいって」
 床に立て膝をついたヨハンが、俺の肩をぽんぽんと叩きながら、何かを口ずさみ始めた。

「……ん? なんだ、それ?」
「いいから聞いてろって」

 小声でこぼれ落ちる呟きのような響きは、何かの歌のようだった。どこか心地よい流れがいろいろな物を流れ落として行くようだ。
「こもりうたか?」
「ん」
 俺の声に知らず眠気が混じる。

 あの夢には、ヨハンがいない。
 ヨハンは砂粒になって消えたりしないのだ。
 なんて安心できるんだろう。

 うとうととしてきた俺の耳元に呟きが落ちる。額にも、頬にも、鼻先にも、――唇にも。
「おやすみ、十代」
 優しい呟きの子守歌を聴きながら、俺は眠りの底へと流されていったのだった。

歌いながらちゅーすればいいよと思っていたらちょうどお題にそんなシチュエーションがあったので消化してみました。
本当は「アンデルセンの子守歌」を歌わせたかったんですが、歌詞がわからず(歌詞があるかもわからなかった)ので断念。