デュエルモンスターズのカタログの最新号が出た。
「すげえなぁヨハン、毎号買ってんのか?」
「ああ。やっぱり新しいカードのことは早く知りたいしさ!」
デュエルアカデミアは絶海の孤島にあるとはいえ、やっぱりデュエルモンスターズ関連の新作の入荷は発売日当日だ。このカタログも今日発売したばかりで、さっそく購入に走っている学生達の姿が見られた。俺は前の号を買ったので今回は見送ったけど、ヨハンは毎号買う派らしい。
「でも今回の新作パックって、追加カードも少なかっただろう? ルールの変更もなかったし禁止や制限カードの変更もほとんどなかったじゃん」
前ページフルカラー、デュエルモンスターズのすべてのカードが網羅されているカタログはパックを100個買えるくらいの値段がするのだ。これを買うならパック100個をとるデュエリストも多い。それに、今は電子書籍化も進んでいて、データ化されたカタログをパソコンにインストールして、新作が出るたびにバージョンアップする、という方法もとられているのだ。万丈目はそっちの方法でカタログを持っていたけど、あんまり見せてくれない。
紙媒体のカタログはどちらかといえばコレクター向けのものだ、という意見もあったりするくらいだ。
「そうなんだけどさ、俺のデッキって、サポートカードがものを言うわけだし、新しいパックにいいカードが入ってたら箱買いしてでもほしいだろ? 情報は大事なんだよ」
なるほど。たしかにヨハンのデッキはモンスターカードが少ない分、魔法カードや罠カードの組み合わせが重要になってくる。そのうえ除去系のカードを組み込まないと制約もつけているから余計にデッキがうまく回るように調整が必要なのだろう。
ずっしりとした袋を抱えながらわくわくしているヨハンに、俺も一緒になってわくわくしてしまう。……カタログにわくわくしているのではなくて、ヨハンのわくわくが俺にまでうつってしまったのだ。
カンカンとレッド寮の階段を昇って、部屋にたどり着く。
「ただいまー」
「おかえり、ただいま!」
「おかえり、十代」
お互いにおかえりただいまとあいさつをすると、ヨハンは靴を脱ぐのももどかしそうにしながら部屋に入った。脱ぎ散らかされた靴をそっと揃えて、自分のはとりあえず適当に脱いで後に続く。
「さてさて、どんなのがあるかなー」
分厚い本を袋から取り出して、ヨハンはうれしそうにそれを広げた。
重い本だから床に置いたまま、あぐらを書いて眺め始めたヨハンに、俺は「テンション高いなぁ」とつぶやきながらヤカンに火をかける。いつもならヨハンがやることを俺がやることになりそうだなと思いながら、急須にティーバッグの緑茶を詰めこんだ。
カタログに視線を向けたままで、俺にはヨハンの頭しか見えないから話しかけるのもダメかなと、つむじを探してみることにした。いつもならヨハンばっかりずるい、と天地が逆のカタログを一緒に眺めるのだけれど、なんとなく照れくさくて出来なくなっている。
……ヨハンの近くにいると、ものすごくドキドキしたりきゅうっとしたり、心臓のあたりがいそがしくなってしまうのだ。これって何なのだろう? こんなに変になってしまうのは初めてで、誰かに言うのもなんだか嫌だからと放っといてるけど、このままヨハンと一緒にいたら絶対に心臓はもっとおかしくなってしまうだろう。でも、ヨハンに「ブルー寮に戻ってくれ」なんて言おうとすると胸がちくちくと痛むからそれも言えなくて、ずっとぐるぐるしっぱなしだった。
いろいろぐるぐると考えてしまうから、ヨハンのつむじを探し続ける。よくわからないけどどこなんだろう。胸がまたドキドキしてきて、俺はぎゅっとシャツをつかむ。なんで、なんでこんなに……。
「十代?」
いきなり、ヨハンがカタログから顔を上げた。
不躾なくらいにヨハンの頭のてっぺんを眺めていた俺の目に、綺麗な緑色……ヨハンの目の色だ……が飛び込んでくる。
ああきれいだなぁ。この緑色が見る世界は、俺と同じモノなんだろうか。精霊だけじゃない、ほかの綺麗なものが見えているような気がして。
ああどうして、こんなに胸がぎゅっとしてるんだろう。
「十代、具合悪いのか? 顔が赤いぞ?」
カタログにしおりを挟んで立ちあがったヨハンから目がはなせない。ただ緑色だけをじっと見て、それが近づいてくるたびに心臓が飛び出してしまいそうなほどに跳ね上がる。
「あ……」
ようやくしぼりだせた声は言葉にならない。指一本動かせない俺の身体。頬に白い手が伸びて――。
ピ―――――ッ!
まるで金縛りにあったかのようだった身体が、けたたましい音と共に自由になる。ヨハンの指が頬に触れる直前、俺は慌てて後ろにあったコンロへと振り向いた。
「お、お湯が沸いたから、お茶いれるからなっ!」
「じゅ、じゅうだい?」
わけがわからない、そんな顔をしたヨハンの指先は固まったままだ。ていうかそんな顔しないでくれ。俺だってわけがわからないんだから!
「どうしたんだよいったい?」
「なにがだよ!」
金縛りが解けたヨハンに何度もたずねられながら、俺は自分のうるさい胸の音がヨハンに聞こえませんようにとひたすら祈り続けたのだった。
※頬に触れてません というツッコミはごめんなさいとだけ