ヨハ十がひとつのベッドに同衾するはなし

 新しい街に着いて最初に探すのは、宿だった。すみかを探すにも野宿では危険だし、季節によっては暑かったり寒かったりするかもしれない。経費は痛いけど、おとなしくホテルを探すほうが良かったりするのだ。
 たまに合流する、同じ目的で旅をしている親友がいればラッキーと言わんばかりに家に転がり込むんだけど、残念ながらここにはいないらしい。いつも探してきてくれる奴が見つけられないとがっかりしていた。
 というわけで、適当に安いホテルを取ったのだけれど。
「じゅ、十代……?」
 俺の家族が見つけられなかった親友が、目の前に現れたから驚いた。
「よ、ヨハン……!?」
 十代もまた驚いたようにこちらを見ていた。ていうか、驚く度合いは俺のほうが大きいだろう。
「ここ、俺がとった部屋……だよな?」
「そ、そうなのか?」
 がばっと起き上がった十代は、白いフリースのガウンを着ていた。なんだよ、何誘ってんだよ。親友から恋人になれたものの、いまだ一線を越えられない身としてこれは非常にまずい。

 親友……俺にとっては「恋人」である遊城十代がなぜこんなホテルの一室、しかも俺の部屋のベッドに入り込んでいたのか。それはこのホテルの新しいサービスが関係していたらしい。
「今ならこちらのオプションをつけることができますが」
 と言われて、どうせだしとつけてみた「ベッドウォーマー」のサービスオプション。人肌で温められたぬくもりあるベッドで快適な夢を、というのがコンセプトで、どこかの国の有名なホテルのサービスを真似たものらしい。ただ、十代はこのホテルの従業員ではないし、そもそもこの国の人間でもない。
「今日こっちに来たばかりなんだけど、持ち合わせなくて困ってたらこのバイトを紹介されたんだよ。ベッドに潜り込んで一晩寝るだけの簡単な仕事ですってさ。言葉が通じなくてもいいって言うし面接行ったら即採用されたんだ。今日だけでもって言われたし」
 ……それ、あからさまに怪しいだろう。
 いつも手厳しいツッコミを入れる精霊は、呆れてものも言えないのか姿を現す気配もない。俺もちょっと呆れた。
 お世辞にも趣味が良いとはいえない天蓋付きのベッドも、他人がガウンを着てベッドに潜り込んでいるのも、目標としたホテルとは違った趣きを想像させられてしまう。……相手が、恋人ならなおさらだ。
 それにしても「人肌で温められた」が言葉どおりだとは思わなかった。
「あ、そうだ。これ渡せって言われてた」
 十代が思い出したようになにかの紙を渡してきた。
 ええと、ベッド内の温度が20度を超えたことを確認してください? 紙に貼りつけられていた温度計はちょうど20度だった。
「二〇度になったら、ベッドから出てこいって言われたんだ。ここにチェック入れてもらえばいいんだってさ」
 なるほど、ベッドが温まったら帰ってこいってことか。よく見ると、紙は二枚あって、何気なく二枚目をめくってみる。
『寝心地の良い温度になるまでご利用下さい。ただし、従業員に触れる行為についてはご遠慮くださいますようお願いします。なお、そのような行為が合った場合、状況によっては警察に届けることもあります』
 ……なんだ、これ?
 おもわず顔を赤くして一枚目を上に置いた。つまり、そういう行為はするなってことなのだろう。だけど、でも。
(こんなこと書くか、普通!?)
 どうやら下心にはあらかじめ予防線を張っているようだ。おそらく十代みたいにバイトを採用しなければならないほど、この仕事はやり手がいないのだろう。せめて期間限定で、とかそういう形を取っているのかもしれない。そんなことを考えていた俺に、十代が「あ」と思い出したように告げた。
「ちょうど良かった。なあヨハン、ここにチェック入れなかったら、まだここにいていいってことだよな?」
「あ、ああ……」
 十代はパン、と手を叩いて頭を下げてきた。
「俺をここに一晩泊めてくれ!」


 広い天蓋付きベッドの両端に、俺と十代は横になっていた。間には大人一人がどうにか眠れるくらいの隙間。サイドボードには、例の20度になったというチェックシートが置かれている。
「悪いなぁヨハン。本当は従業員部屋貸してくれるって言われてたんだけど、このベッドふかふかでさ」
 たしかに、十代の言うとおりベッドはふかふかだった。でも、だからってここに居させてくれって。
(大胆すぎるだろ、十代っ!)
 暖められたベッドの中はものすごく居心地が良いはずなのに、イヤでも十代を意識してしまう。……こいつ、俺と自分がどんな関係かってのを忘れてるんじゃないのか?

 たしかに、告白は俺のほうからだったけど、十代からもちゃんと「好き」って言葉はもらってる。キスだって、した。……初めてのキスはいきなりしてしまったからしばらく気まずくなってしまったけど。それから、確認してちゃんと了解をもらってから、触れるだけのキスをするようにしている。
 そんな恋人と、どんな巡り合わせかひとつのベッドをふたりで使うことになるとは……。もちろん、アカデミア本校に留学してた頃だってやったことないぞ。
 間近に感じる気配。口を開けば、呟きさえ聞き取られてしまうだろう。
「ヨハン、起きてるか?」
 十代に話しかけられる。十代がいるほうを振り向くと、薄明かりの中で十代の顔がゆがんでいた。なんだか、困っているような。
「起きてるけど。どうかしたのか、十代?」
 腹でも減ったのか? そう問いかけようとしたら、十代は突然顔を背けてしまった。
「ごめんっ。なんか恥ずかしくてさ……って、何言ってんだよ俺ぇっ!」
 そのままごろごろとベッドを転げ回りそうになっている。待て、十代。
「バイトの内容聞いた時点でそう思ってくれよ!」
 ようやく、自分のおかれた状況を理解してくれたらしい。思わずユベルの代わりにツッコミを入れてしまった。
「だって、ヨハンが来るまでこんな展開があるかもって考えもしなかったんだよ。ただ、ご飯も出て寝床もあって一日だけ働けてって、それだけの条件でおいしいなぁって思っただけだったんだ!」
 一気にまくしたてたあと、ぶつっと黙ってしまった十代は、ぽつりと、
「でも、ヨハンで良かった」
 と、まっすぐにこちらを見つめて言った。その顔は、どことなく赤くなっていたけれど。

 どうしよう。めちゃくちゃ十代に触りたい。

 そう重いながらも、サイドボードのチェックシートの二枚目の文面が頭をちらつく。俺が十代にしたいことをすると、きっと十代が怒られる……というかもっと悪いことになる。
「……明日、部屋を探しに行くんだ」
 出てきたのは、明日の予定だった。
「うん、俺もそうしようって思ってた」
 さすがに一日だけとはいえこんなバイトはイヤだと思ったようだ。
「ふたりで探しに行かないか?」
 いつもならどちらかの家に転がり込むばかりで、一緒に部屋を探したりと言うことはなかったから、これも何かの縁ってやつだろう。
「そうだな。どうせならふたりで探すのもいいかもな」
「ああ」
 こんなにも十代に触れたいと思うのは、こんな形で再会してしまったから。せめて、もうちょっと繋がりのあることをしたいと思ったからだ。
 それから俺たちは、とりとめのない話を続けた。旅先で出会った人や精霊のことや、冒険の数々。交わしたデュエルのこと。
「へえ、そんなすごい奴がいたんだな! くぅ、俺もデュエルしたかったぜ」
「十代こそ、その怪しい鏡の精霊の話、もっと詳しく聞かせろよ」
 いつもなら、再会した街の公園でデュエルをしながら報告しあう近況を、ホテルの一室、ひとつのベッドで語り合う。なんだか不思議だ。さっきまでの気まずさも消えているけれど、ドキドキした感じは残っている。
 そろそろいいかげんに眠くなってきたころ、同じように眠りに落ちそうになっていた十代が「ヨハン」と俺の名前を呼んできた。
「バイト終わってココ出たらさ、……ぎゅっとしてくれよ」

 そのまま、寝息を立て始めてしまった十代を眺めながら、俺はどうしようどうしようと足をばたつかせたくなった。
 ……目が冴えちまったじゃないか!


 十代が一晩部屋に居たことで、チェックアウトまでには手間取ってしまったが……何もなかったかを客観的に確認したらしい……、無事にホテルを出ることが出来た。
「待たせたな!」
 遅れて待ち合わせ場所に現れた十代は、頭上のハネクリボーに礼を言いながらこちらに駆け寄ってくる。
「おう、待ってたぜ!」
 昨日言われたとおり、近づいてきた十代に腕を伸ばして捕まえてぎゅっと抱きしめた。
「あー、やっとで触れた!」
 喜ぶ俺と対照的に、十代は目を大きくしたまま固まっている。それから、昨日くらい顔を真っ赤にした。
「いくらなんでも、急すぎるだろ!」
「十代がしてくれって言ったんだぞ」
 急すぎると言いながら、無理に剥がそうとしないでくれるのが嬉しかった。

 とりあえず身体を離して、不動産屋を探すところから始める。
「ベッドはひとつでいいかと思うんだ。十代がベッドを温めてくれたら最高だ」
「はぁ? 勘弁してくれよ! 絶対ふたつだ!」
 結局ベッドの数をどうしたのかは、俺たちだけの秘密である。

先日のイベントで無料配布しました。元ネタはロンドンのホテルのサービス※です。これやばいよね…。

※http://www.thinktheearth.net/jp/thinkdaily/news/writer/tte-staff/post-6.html