ヨハ十が星をつかまえる話

 この学園のいいところはデュエルがやり放題というところだと思う。でも、翔たちは「デュエルしかやることがない」と言う。もっといろんなことをやりたい、というのだ。
「で、いろんなことって何なんだ?」
「映画を見たり買い物に行ったり、とにかく街をぶらぶらしたいんだってさ」
 深夜2時。こっそりとレッド寮の部屋を抜け出した俺たちは、壁に立てかけてあったハシゴを拝借する。以前ヨハンと、ハシゴとキャタツについて熱く論争したら弟分たちに変な目でみられたものだ。
「そいつは贅沢だな! 一番近くの街には映画館なんてないぞ」
 ハシゴの両端を持って音を立てないよう気をつけながら階段を昇る。かんかんかん、と夜の虫の声と潮騒の音しか聞こえない空間にものすごく存在感を主張する俺たちの足音。どんなに音を立てないぞと思ってもやっぱり音が出てしまうのはしょうがないことだ。
 俺たちの部屋のドアの横にハシゴを立てかけて、注意深く登っていく。ぎし、ぎし、と小さく音が響くが、こればかりは仕方がない。
 俺が登り終わると、今度はヨハンもハシゴを登り始めた。軽々と登りきると、目の前にひろがるのは黒い屋根と遙か向こうの黒い海。それから、

「星がすごいな……!」

 空を埋め尽くすたくさんの星がまたたいていた。


 こんな時間に屋根に登ろうと言い出したのはヨハンだった。
「なあ十代、この島って星きれいかな?」
 いつものように時間を忘れてデュエルしている最中に、突然ヨハンがこんなことを尋ねてきた。
 デュエルしかやることがないだけあって、アカデミアの学生たちの夜は早い。
 映画館もゲームセンターもファーストフード店もないから、娯楽といえばデュエルだし、食事と言えば寮のごはんだ。食事の時間に帰れないと夕飯を食べられない、なんてこともあるから結局ちゃんとみんな食事を食べに寮に帰る。そこから更に出かけて……という学生はそうはいないだろう。つまり深夜にもなるとすべての部屋の灯りが消えてしまって、灯っているのは灯台の灯りだけ、ということもよくあるのだ。
「すっげえきれいだぞ! 俺が住んでたところは星なんて見えなかったからな」
 この島の夜空を初めて見たのは、初日の夕食後だった。あんなにおいしいメシなのにみんなあんまり食わないからつい食べ過ぎた。幸せ気分で食堂から外に出たら、満天の星がまたたいていて。みんなどうしてかうなだれていたから気づいてなかったかもしれないけど、ものすごくきれいだった。
「じゃあさ、これから外に行こうぜ」
 ヨハンがうん、とポケットの中をごそごそと漁りながら提案してきた。
「俺が星をつかまえてやるよ」

 星をつかまえる、なんてどうするんだろう?
「さむっ」
 小声で呟いた言葉は冷えた空気の中にとけていく。この島はあったかい場所にあるはずだけど、夜はやっぱり寒くてぶるっと身体が震えた。
「ヨハン、よく寒くないな」
 ヨハンといえば、屋根にあぐらをかいて星を見上げている。ちっとも寒そうに見えないけど俺よりずっと寒そうな格好だ。
「俺んとこはこれくらいであったかいんだよ」
「へえ……」
 アークティック校ってそんなに寒いところにあるのか。俺は寒いよりは暑いほうがまだいいな。
「冬にはオーロラだって見えるんだぜ」
「オーロラ!?」
 テレビでしか見たことのない光景が頭の中に思い浮かぶ。夜空に浮かぶ緑色のカーテンはどれだけきれいなんだろう。
「いいなぁ、俺も見てみたい!」
 わくわくするぜ! そう言うとヨハンはうれしそうに、
「じゃあ俺と一緒にアークティック校に行こうぜ!」
 なんて冗談を言ってきた。
 そりゃアークティック校に行けたら面白そうだけど、今はデス・デュエル中だしなぁ……。
「で、どうやって星を捕まえるんだよ」
 最初の目的を思い出して尋ねると、ヨハンは「待ってろって」とポケットのなかからビンをとりだした。ごく普通のガラスのビンだ。それを空へとかざす。
「こいつに今からつかまえるからな。星空を見てろよ?」
 ヨハンに言われるまま、じっと星空を見上げる。こぼれ落ちてきそうなほどの星がちかちかと瞬いて、それに気を取られているうちに、耳元でカツン、と何かがぶつかる音が聞こえた。
「え?」
 音の出所をたどると、ヨハンが持っていたビンに何かが入っている。
「え? ええ!?」
 思わずビンを凝視する。ヨハンがわかりやすく振ってみせる。からから、とガラスと何かがぶつかる音が聞こえてきた。
「本当に星をつかまえたのかっ!」
 驚いている俺に、ヨハンはビンの中身を手に取って、俺の口元に押しつけてきた。思わず口の中に星の侵入を許してしまう。

 ……ん?

「あまい」
 思わず漏れ出した言葉に、ヨハンはにやっと笑った。
「昼間、甘い星をトメさんにもらったんだぜ」
 じゃり、と星をかじれば砂糖の味。

「金平糖じゃないか」
「こうしてみると、星をつかまえたみたいだろ?」
 ヨハンにからかわれた、そうわかっても不思議と嫌な気がしないのは、星空がきれいだからか金平糖が甘いからか。


 これだけある空の星、一つくらい小さくて甘いものがあってもいい。

最初無料配布は別の話にする予定でしたが、表紙(クラシコトレーシング星くずし)と遊び紙(カラペラピス)がものすごい星空風味だよね!というので考え直した話。何故か謎の筒に詰めましたがまぁビンのつもりだったのです…。不器用ですみません(なかなかビンが見つからなくて自作したらイベント前日にビン見かけてうはwとなりました)。
なのでサイトにアップするのを悩みつつも結局アップ。