後ろから抱き締める

「やっぱり日本のはすげえな!」
 空をじっと見上げながらのヨハンのつぶやきは、周囲の歓声と天上からの騒音でかき消される。
 つぶやきを聞き漏らさないほどの近くで同じように空を見上げながら、俺も「そうだな」とつぶやいた。それはヨハンには聞こえないようだった。

 空には、季節を問わず咲く大輪の花。
 輝くように一瞬で咲き、そして散っていく。

 だいぶ季節はずれになってしまった、花火大会。
 夏ならば昼間から引かない大気の熱気と、人から発せられる熱気で暑くてたまらないが、秋も終わりに近づいたこの時期だと夜になれば冷え込んでしまう。それでも「暑い」と感じるのはやはり見物人の多さだろう。
「それにしても、人が多いなぁ」
 あちぃ、と手で顔を扇ぎながらヨハンがうんざりとした様子で言った。
 こんな時期だというのに、今年は絶好の花火日和になったこともあって遠方からの観光客も多いようだ。……俺たちもまたその「遠方からの観光客」なのだけれど。
 煙が引くまでの小休止の間に、俺たちは人混みから逃れた。道路の両脇には屋台がいくつも並んでおいしそうなにおいがたちこめている。
「腹が減ってきたなぁ」
「さっき食ったばっかりだろ?」
 きゅるる、と胃が空腹感を訴えたが、呆れたようなヨハンの口ぶりにそれ以上の言葉が出てこない。仕方なく胃には我慢してもらうことにした。
「そういえばさ」
 再び花火が打ちあがるひゅるるるという音が周囲にこだまして、ヨハンの言葉を覆い隠そうとした。だが、それは徒労に終わる。
「打ち上げ花火って、上から見たらどう見えるんだ?」

 空に火花が散っていく。
 それを上から見たらどうなるか。
 たしかにそれは、気になるところではある。

「……見て、みるか?」
 デュエルディスクをリュックから引っ張り出してつぶやいた俺の提案は、今度はヨハンの耳にもちゃんと届いたようだ。
「見たい!」
 迷わず、ヨハンは自分のデッキケースをぽん、と叩いたのだった。


 人混みから更に外れて人気の無い一角にたどり着く。誰もいない公園。背の高い遊具があれば花火を見ることが出来ただろうが、あるのは鉄棒とブランコくらいだった。
「ここでいっか」
 俺の言葉に、ヨハンは迷わずデッキの一番上のカードを差し出してくる。
「十代」
「ああ」
 ヨハンからカードを受け取って、意識を集中する。流れ込んでくる力の片鱗を感じながら、ぱしっとデュエルディスクにそのカードを置いた。
「レインボー・ドラゴン、頼むぜ!」
 公園に申し訳程度に植えている木より、照らしている街灯よりずっと大きなモノが二人の目の前に現れた。
「よう、レインボー・ドラゴン!」
 まるで気の置けない友人に挨拶するように龍を見上げるヨハン。もちろん、友人ではなく「家族」だから当たり前のことだ。レインボー・ドラゴンもヨハンには……ついでに俺にも気兼ねなくしてくれる。
 俺たちの会話を聞いていたのか、レインボー・ドラゴンは無言で首を俺たちの前へと降ろした。……乗れ、ってことか。
「サンキュ!」
 首の宝玉を撫でながら、振り落とされないようにしっかりとつかまる。
「よし、行け!」
 ヨハンの掛け声とともに、レインボー・ドラゴンの身体がゆらりと持ち上がり、そして浮かび上がった。


 花火を見ている人たちの邪魔にならないように……俺たちの姿が見られることがないように、レインボー・ドラゴンは一気に天空を駆け上った。
「うおおお!?」
 重力に従おうとする身体。振り落とされないようにぎゅっとレインボー・ドラゴンの首にしがみつく。耳鳴りがきんきんと響いて、痛い。
 やがてある程度の高度に達したのか動きがゆるやかになって、翼のはばたきと通り過ぎる風の音だけが聞こえてくるようになった。やっとで花火を見下ろせるところに着いたのだろうか。と、
 どん!
 轟音が聞こえてくる。――頭上から。
「あれ?」
 思わず見上げると、大きな大きな花火が俺たちの目の前で花開いていた。風に乗せて飛んでくる火花がちりちりと燃えている。だが、ここはまだ花火より高い場所ではない。
「どうしたんだよ、レインボー・ドラゴン?」
 俺の後ろに乗り込んだヨハンも首をかしげてレインボー・ドラゴンに問いかけている。

『ふたりとも、これ以上昇ったら寒くてたまらなくなるニャー?』
 リュックの中の、おそらくファラオの口の中から現れた大徳寺先生が、レインボー・ドラゴンの本音を代弁してくれた。たしかに、
「さむっ」
 さっきは人の熱気で暑いくらいだったけれど、今は高度のあるところで、二人……レインボー・ドラゴンや大徳寺先生、ファラオもいるけど……しかいない。ぶるっと震えた俺に、背後からあったかいものが抱きついてきた。
「ヨハン?」
「寒いから、くっついて花火見ようぜ」
「上から見たいんじゃなかったのか?」
「そんなのはどうでもいい。ここからの眺めも最高だしな」

 どん! と再び花火が上がる。見たこともないくらいに大きく見える花火と、抱きついてくるヨハンのぬくもり。
(まぁ、いっか)
 上から見上げるのはまた別の機会にして、今はこの花火とぬくもりを感じていたかった。

48100hit企画のリクエスト「花火」でした。季節外れになってしまいましたが…。
虹龍に乗っていちゃいちゃを書きたかったのでした。リクエストありがとうございました!