道しるべ
とても悲しくて、苦しそうな声が聞こえる。
雑踏の中で目的地までたどりつくのはとても骨が折れることで、たとえば人とぶつかりそうになったり、たとえば人の波に流されそうになったり、たとえばルビーが誰かに踏まれそうになったりと、俺はあんまり人ごみが好きになれない。
なんだかいつになく人の多い街並みを、ショーウインドウに背中を預けてほっと息をつきながら眺めた。
「ごめんなルビー、こんな人の多いところを歩かせて」
『るびっ!』
小さなルビーを見下ろして謝ると、ルビーはとことこと俺の身体をよじのぼって頬に擦り寄ってきた。気にするな、ということだ。
俺はとにかく自分がどこにいるのかとか、どこに向かおうとしているのかとかを見失ってしまいやすい。ルビーはそんな俺にどこに行けばいいのかを教えてくれるのだ。どんな場所でもルビーはすぐに道をみつけてくれる。ルビーについていけば間違いなんてないんだ。
『るびー……?』
そのルビーが、小さく鳴いて走り出した。俺がそろそろ行こうかと声をかける前に、俺を置いて。
「おい、ルビー!?」
ルビーがどんな場所でも見つけてくれるということは、ルビーがいないと俺は完全に迷子になる。それに。
「ルビー、どこに行くんだ!」
ルビーは俺の『家族』だから、追いかけて見失わないようにしないと。
俺について来いといわんばかりにルビーは人々の頭の上を伝って走っていく。もしもこの中に俺と同じ精霊が見えるヤツがいたら驚くに違いない。
「ルビー、待てってば!」
声が届くかどうかわからないけれどとにかく叫ぶ。俺が何に向かって叫んでいるのかわからない人々がぎょっとこちらを見てくるけれど、俺はそんなことをかまってる場合じゃなかった。
『…………ぃ』
ルビーを追いかけながら、小さく聞こえてくる声に気づく。
とても悲しくて、苦しそうな声。この雑踏の中でそれだけがクリアに聞こえてきて、俺は一瞬で悟った。
――これは、精霊の声だ。
声とルビーの姿だけを頼りに雑踏を駆け抜ける。ルビーは雑踏の真ん中にある噴水広場の前で止まった。そこには、噴水に腰掛けている子供たちの姿。その顔は一様に晴れず、手には見覚えのあるカードがあった。
「カードがへんだよ」
「ボクのもへんだよ」
子供たちの声に、俺も手元のデッキを確認して愕然とした。
「どうしたんだよ、お前たち!」
『ヨハン……』
『なんだか、体の力が抜けていくようなの』
サファイア・ペガサスとアメジスト・キャットの苦しそうな声。そして、
『るびー……』
「ルビー!?」
ルビーの声もどこか弱弱しい。それに、ルビーの体から光の粒みたいなものがすこしずつすこしずつ流れ出しているのが見える。
「なんだよ、これ……!?」
見れば、子供たちのカードからも……いや、あちこちから光の粒が流れ出して、空の上で次第にうねりをつくっていくのが見えた。おそらく、俺にしか見えていない光景。
『何か、我々の生気を吸い取る術が発動したようだ……』
『それもこんなにたくさんの精霊の生気を一度に吸い取る術などよほどの禁術じゃろうなぁ』
エメラルド・タートルの声がどんどん弱弱しくなっていく。
「どうすればいいんだ。どうすればそんな術を止められるんだ!?」
こんなひどい術を使う誰かが許せない。精霊たちを苦しめて何が楽しいっていうんだ。
カードに向かって叫んでる俺にも、子供たちはそれどころじゃないのか顔を向けることはない。
『ちくしょう、俺たちにはどうすることもできねぇよ』
『誰かが術を止めてくれるまでの辛抱だ』
苦しそうな家族たちにどうすることも出来ない。
「どうして、みんながそんな苦しい思いをしないといけないんだよ……!」
俺まで一緒に苦しくなってきて、うなだれるように座り込む。
俺が代わってやりたいけれど、それもできない。
「ごめんな、みんな……」
カードをぎゅっと包み込んだ俺に、家族たちの声が聞こえてくる。
『ヨハン、笑ってくれ』
「……え?」
カードの中の家族たちはとても辛そうなのに、それでも俺に笑顔を向けてくれる。
『ヨハンが笑ってくれると、あたしたちもがんばれるのよ』
『るびー』
ルビーが弱弱しいけれど俺の頬に擦り寄ってきて、触れないけれどその体に指を伸ばす。
そうだよな。
「俺がちゃんとしなきゃ、ダメだよな……!」
家族が苦しんでるんだから、無事な俺がしっかりしなきゃますますみんな不安になっちまう。
笑顔を浮かべながら、俺は祈った。
誰でもいい。こんなバカなことを早く止めてくれ。精霊たちがいなくなったら、とても悲しいじゃないか。精霊は俺たちの仲間なんだから、仲間がいなくなったら孤独になってしまう。だから、誰か……!
『るびっ?』
ぎゅっと目を瞑って遠いどこかにいる誰かに祈った瞬間、ルビーの声が聞こえてきた。
はっと目を開くと、さっきまで空を駆け巡っていた光のうねりがほどけて、光の粒がカードに戻っていくのが見えた。それはとてもあたたかくて、優しい。
『おお……』
『力が戻ってきたようだ!』
「あ、カードが戻った!」
「ホントだ!!」
家族たちや子供たちの声で、俺は理解した。誰かが、止めてくれたんだ。精霊たちを助けてくれたんだ!
「みんな、無事でよかった……!」
『ヨハン!』
姿を現した宝玉獣たちひとりひとりに抱きついていると、
「あのお兄ちゃん変だね」
「なにしてるんだろうね」
カードが戻ったことで周りを見る余裕ができたらしい子供たちが不審な目を向けてきて、俺は慌てて広場から走り去って。
「あれ、俺どこに行こうとしてたっけ、ルビー?」
『るびー……』
案の定迷子になって、ルビーに呆れられてしまったのだった。
あのとき精霊たちを助けてくれた誰かに、俺はとても感謝してもし足りないくらい感謝している。
もしも見つけられたら今度は俺がその誰かを助けたいとずっと思ってきた。
だから、とても会いたかったんだ。その誰かに。
「ルビー、どこだー!?」
来たばかりのデュエルアカデミア本校の廊下をふらふら彷徨いながら、突然走り去ってしまったルビーを探す。途中で誰かに聞こうと思ったけれどルビーは俺にしか見えないし、そもそも誰にも出会えない。もう始業式が始まってしまったのだろうか。ルビーがいないと、俺はその始業式の会場にもたどり着けない気がする。
僅かな風のにおいと、誰かの声が聞こえて見上げた先には、どこかに続く昇り階段があった。
階段を昇っていくとそこは屋上で。
「何だおまえ、リス?」
珍しそうにルビーを見下ろしている、赤い制服の生徒。見れば、ルビーに興味を持っているのは彼だけではなく、珍しい羽のはえたクリボーが羽でルビーにちょこちょこと触れようとしていた。
そう、彼にはルビーが見えているのだ。……もしかしたら。
ルビーに声をかけると、ルビーは一目散にこちらに駆けてきて俺の身体をよじ登って頬に擦り寄ってきた。
俺はとにかく自分がどこにいるのかとか、どこに向かおうとしているのかとかを見失ってしまいやすい。ルビーはそんな俺にどこに行けばいいのかを教えてくれるのだ。どんな場所でもルビーはすぐに道をみつけてくれる。ルビーについていけば間違いなんてないんだ。
だって、ルビーは見つけてくれた。
間違えることなく、俺が会いたかった、俺がずっと感謝していた、俺の家族を……精霊たちを助けてくれた『誰か』を。
49話時点で三幻魔のカードがかなり広範囲に影響してたのを見て
宝玉獣にも影響あったらこんな感じだったんじゃとか勝手に妄想してみる(2.3)
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