チョコと勇気



「今日は寒いな」
「そうだなぁ。……でも何で俺たち寒いのにここでデッキ並べてるんだ?」
「さあ?」
 温暖な気候であるはずの孤島の外の空気の冷え具合に、学園の生徒たちが皆不満をもらしながら歩いていくのが見える。
「女子たち、どっかに行くのかな?」
 不満を告げる声はどれも高い。この学園では希少な女性陣がこぞって向かう先を、十代は知っていた。
「多分船着場だよ。今日ってバレンタインデーだからな」
 まぁ、俺には縁がないけど。そんなことよりデュエルデュエル、と並べたカードに視線を戻した十代に、ヨハンは首をかしげて更に問いかけた。
「何でバレンタインだと女子が船着場に行くんだ?」
「翔が言うには、ネット通販で取り寄せたチョコを受け取りにいくんだってさ。ほら、バレンタインって女が男にチョコやる日だろ」
「へ、そうなのか? バレンタインって別に男女関わらず好きな相手に贈り物する日だろ?」
 ヨハンが首を傾げていた理由がわかって、今度は俺が首をかしげる番になった。
「え、チョコ贈る日じゃないのか?」
「チョコに限らないけどなぁ。……お国柄ってやつか?」
 海の向こうのバレンタインは様子が違うらしい。そういえば、クロノス先生もそんなことを言ってたっけ、と十代はぼんやりと恩師の姿を頭に思い浮かべた。

 チョコといえば。
 十代は思い出したようにポケットの中を漁る。

「ヨハン、チョコ食わないか?」
 指先に当たった感触に目的のものを取り出して、十代はヨハンにカードの代わりにチョコを差し出す。
「え?」
「この間購買部の棚卸しを手伝ったら、トメさんがくれたんだよ。もらったのはいいけどすっかり忘れてた」
 手のひらに簡単に収まるほど小さなチョコレートが二つ。
「……いいのか?」
「なんだか溶けてるっぽいけどな」
 ポケットにずっと入れていれば、そんなことにもなるだろう。
 まだ形がマシなほうのチョコレートを受け取って、ヨハンはゆっくりと包みを開いた。
 案の定解けていびつな形をしていたが、それでも普通のチョコレートだ。
「じゃ、いただきます」
「おう。……こっちはどろどろだなぁ。まあ、いっか」
 ゆびにつまんで、一口で食べきる。それほどの大きさしかないチョコレートだったが、その甘味はずっと口の中に残りそうなほどだった。
「うわ、やっぱり溶けてた」
 指先についたチョコレートに「これじゃドローできないぜ」とポケットのハンカチを探ろうとしたヨハンは、十代の顔を見て愕然とした。
「十代、おまえ……」
「ん?」
 こちらは形すら溶けていたらしい、十代は包みごと口に近づけて食べたのだが。
「鼻にチョコがついてるぞ」
「え、本当か!?」
 鼻先が茶色くなっている。包み紙を確認した十代は「げ」と小さく舌打ちをした。思いもしなかった場所にチョコレートがついていたらしい。
 そんな十代の様子に、ついでだ、とヨハンは自分のハンカチを貸そうとするが、ハンカチが出てこない。

 そのうえ、チョコがついたくらいで困った顔をする十代がなんとも言えず。
 それを言ったらきっと火が点いたように怒り出すんじゃないかと思いながらも、止められない。

「……しょうがないなぁ」
 汚れていないほうの手で顎を上向かせてくるヨハンの次の行動を、十代は予測することが出来なかった。
 気がついたら、鼻先をかすめていくざらりとした感触が触れて、去っていくところだった。

「ヨヨヨヨヨヨ、ヨハンっ!!」
 一瞬言葉を忘れた十代が慌てる先には、舌をぺロリとしまって「甘い」としれっと告げるヨハンの姿。
「だって、俺ハンカチとか持ってなかったからさ。……十代もだろ?」
「そうだけど! なんで舐めるんだよっ!」
「もったいないじゃないか。十代がくれたチョコなんだしさ」
 デュエルをするためには、この指先をどうにかしなくてはならない。ヨハンは先ほど十代にしたように自分の指先を舐めるべく手を近づける。
「こっちだって、お返しだ!」
 だが、その手は正面から伸びてきた十代の手によって捕まれてしまった。そして
「じゅ、十代!?」
 指先を往復する熱く濡れたモノに、ぎょっとする。
 鼻先をかすめた一瞬よりずっと長い間触れてくる。
 顔を真っ赤にしたヨハンが慌てて指を引くと、さすがに悪戯がすぎたと十代も顔を赤くしてあっさりと指を解放した。

「……ごめん」
「い、いや……」

 互いに互いの心臓の鼓動が聞こえないようにと、胸を押さえながら。
 とてもデュエルなんて出来る雰囲気ではない。
 だが、舌先に残る甘味が、きっかけをくれたのだと、それだけは理解する。

 ……どうしよう。こんなことを出来るくらいには、相手のことが好きだったらしい。
 それに気づくだけのきっかけと、認める勇気が足りなかっただけなのだ。


 やがて惹かれあうように、胸を押さえていた手が自然と触れあい、鼻先でも、指先でもなく、唇を触れ合わせる。
 チョコレートの甘味を互いに分け合いながら、
「俺、ヨハンのことが好きだ」
「……俺より先に言うなよ、十代」
 照れくさそうに笑い合った。


菅野よう子/坂本真綾「チョコと勇気」
4年ほど前のチロルチョコのCMの曲なんですけど絶対ヨハ十で書きたいと
思ったので自重しないで書いてみました。
お題の二人はこの人たちを見習えばいいと思います(2.14)
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