コーヒーを淹れる



「十代、コーヒー淹れたぜ」
「ああ」
 十代以外誰もいなくなったというレッド寮は1年前の賑やかさはなくて、でも俺はそんなことおかまいなしに十代の部屋にあがりこんでいた。
 部屋の主といえば机いっぱいに広げたレポート用紙と格闘中だ。
 なんでも、これを出さないと卒業できないらしい。翔や剣山が言うには、ユベルの一件から帰ってきたあとしばらく授業にも出なかったっていうから、そのしわ寄せが今来ているのだろう。
 卒業デュエルに関しては一応及第点もらえるくらいにはデュエルしていたようで(っていうか、挑みたい後輩はいくらでもいるのだろう)、あとはこのレポートだけ上げればいいらしい。
「終わっかなぁコレ……」
 机に向かって早1時間。さすがにルビーやハネクリボーも十代にレポートを書かせている。喧嘩しないで、ふたりでベッドにおとなしく座っているのだ。
「終わらなきゃ留年なんだろ?」
 だいたい授業に出ないからこんなことになったんじゃないのか?
 ……なーんて、俺も十代と一緒に授業さぼってデュエルしていた手前大きなこと言えないけどさ。
「そうなんだけどさー。…………ったし」
 俺の問いに帰ってきたぼやき。その後半部分。俺は聞き違えたのかと思った。
 渡そうとしたマグカップを差し出す手が止まる。

 十代は、今何て言った?

「十代」
「ん? なんだよヨハン」
 中途半端な態勢で固まった俺に、十代は視線だけちらりとこちらに向けてくる。
 俺は、さっき十代がぼやいていたことをもう一度反芻するように、自分でも言葉にだしてみた。

「おまえ、退学するつもりだったのか……?」


 たしかに十代は授業と名のつくものは好きではなかった。付き合いが短い俺だってわかったほどだ。
 居眠り方法にさまざまなバリエーションを持ち出してくるから驚いたし、机上より実践を地で行くような奴だし……って俺が言ったら、十代は『なんだそれ? うどんよりそばが好きの親戚か?』なんて聞いてきた……、でも、デュエルが大好きだからデュエルアカデミアを受験したんだって言っていた。先生やクラスメイト、たくさんの強いデュエリストとデュエルできて嬉しいって目を輝かせていた。
 そんな十代が、退学を考えていた――?


「ん、まぁな。でも退学届出したけど、ちょうど斎王と影丸のじいさんに今回の一件のことを調べるよう頼まれて、結局うやむやになっちまったな」
 あっけらかんと言って、再び机にかじりつく。

 多分、十代は今までの一件の責任が自分にあるって考えたんだろう。
 だから、学校をやめて、少しでも他人に迷惑をかけないように、なんて考えて退学届を書いたに違いない。
 ……十代のくせにそんな小難しいこと考えるなんて、ちょっと十代らしくないぞ。

 机に向かって「あー」とか「うー」とか唸りながらレポート用紙をひたすら埋めていく十代の後ろ姿を眺めながら、手にしていたコーヒーに視線を向ける。十代は、俺がコーヒー淹れたことにさえ生返事だったみたいで、俺がコーヒー持ってたことにも気づいていない。
 なんだか腹が立った。
 コーヒーを無視されたことじゃなくて、俺よりずっと子供だなって思っていた十代が、俺なんてとっくに追い越して大人になっていってしまったということに。

「ほらよ、十代!」
 ごと、と音を立ててマグカップを置く。
「ああ、サンキュ」
 俺を見て微笑みながら(なんか似合わないぞ!)カップの中身を確認して、十代は首をかしげた。
「さっき、コーヒーって言ってなかったっけ?」
 俺が渡したカップの中に入っているのは、琥珀に乳白色を混ぜた色の液体。
「カフェオレにしたんだよ」
「コーヒーにそのまま牛乳入れたらぬるくなるじゃないか」
「冷まさなくていいだろ?」
 まぁ、いいけど。
 十代がカフェオレに口をつけて、はぁ、と溜息をひとつついた。

「大人になったらコーヒー飲めなきゃっていうけどさ……やっぱり、コーヒーよりカフェオレのほうがいいや」
「同感だ」

 大人になるのは先を越されちまったけど、これくらいは足並みそろえていきたいものだから、な。


ヨハンはコーヒー絶対平気だと思いますけどね!(5.26)
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