瓶詰めドロップ



 次第に暖かくなっていく屋上で、十代は今日ものんびりと惰眠を貪っていた。
 デュエルの約束をしている親友……と言って良いのかわからない存在……はまだ来ない。
『クリクリ〜』
 船着場へ向かう集団に知った顔を見つけたハネクリボーがあるじを起こそうとするものの、すっかり昼寝モードに入った十代を起こすことはできなかった。


「十代、じゅーだい!」
 いつも待ち合わせる屋上にヨハンがたどりついたときには、十代はすっかり寝入っていた。そんなに待たせてしまっただろうか。
『クリクリ』
「お、ハネクリボー。十代はしっかり寝てるな」
 十代の相棒が現れてヨハンに頬を寄せると、自分のポジションをとられたとルビー・カーバンクルが飛び出してハネクリボーに飛び掛っていった。
『るびーっ!!』
『クリクリー!』
 売られたケンカは買うらしい。
 ケンカをはじめたルビーとハネクリボーに、ヨハンは「いつものことか」と思いつつも止めに入る。
「こら、お前ら。十代が起きるだろ」
 しぃっと、指先に人差し指を当てるヨハンに2匹の動きはぴたっと止まった。
 そのまま、おそるおそる十代に近づいていく。起こしてしまったのかと不安になったらしい。が、
「…………ぶっ」
 笑いが、ついに漏れてしまった。眠っていたはずの十代の口元からだ。
「十代!?」
『クリ!?』
『るびっ!?』
 びくりとする面々に、してやったりと十代は起き上がる。
「いつ気づいてくれるかとおもったぞ、ヨハン」
「タヌキ寝入りなんて趣味が悪いぞ、十代」
 屋上にいつもの笑い声が響きわたった。

「十代、これ」
 デュエルを始める前に、とヨハンが差し出したのは小さな箱だった。可愛らしくラッピングされているものに、十代は首をかしげる。
「なんだ? 俺の誕生日はまだだけど」
「誕生日じゃなくって。今日はホワイトデーとかってやつだろ? 翔から聞いた。バレンタインデーのお返しをする日だってさ」
 ヨハンの言葉に、十代はますます首をかしげるだけだったが、思い出すことはあったらしい。心なし顔を赤くした。
「アレは別に、バレンタイン関係ないぞ。トメさんから貰ったっていってもバレンタインだからってことじゃなかったし」
 一ヶ月前、この屋上で。バレンタインの話題で思い出したポケットの中の忘れられたチョコレート。
 そのチョコレートがきっかけで、二人はただの『親友』ではなくなってしまった。
 チョコレート味のキスと、告白。言ってしまったあとにどうしたものかとお互い固まってしまって、数日はギクシャクした状態になって。ただ、二人ともどこまでもデュエルが何より好きだった。いつの間にか、再びこの場所でデュエルをしては、たまにキスをしたり手を繋いだり、何事かあったようななかったような、そんな雰囲気が続いていたのだった。
「でも、俺は十代からもらったから。食べてくれよ。せっかく頼んでたんだからさ」
 そういわれれば、食べないわけにはいかない。十代はラッピングを注意深く……くれた本人の前で破ってしまっては申し訳ないという思いはあるようだ……開けると、色とりどりのドロップが詰め込まれた瓶が入っていた。
「お、飴だ!」
「いろいろ考えたんだけどさ、十代が一番喜びそうなのってコレだよなって思って」
「ああ! 見ててキレイだもんな!」
 たしかに、見たことのない菓子やいつのまにか食べ終えてしまうクッキーよりは、見ていても楽しいものが良いと、十代は思う。
 それに。
「やっぱりヨハンって、宝玉獣が大切なんだな。この飴の色って、宝玉獣の宝玉の色じゃないか」
「あ、バレたか」
 思いっきり自分の趣味が入ったうえ、しかもばれてしまっている。ヨハンはばつがわるそうに笑ったが、すぐに思いなおした。
「俺がとってやるよ」
「え」
 十代の手からひょいと瓶を取り上げて、器用に蓋を開ける。そこから一粒、ドロップを取り出して。
「ほら」
「ほら……って」
「口開けろよ」
 ドロップをつまんだまま命令形でセリフを紡ぐヨハンに、十代は顔を引きつらせる。
「くれりゃ勝手に舐めるぞ」
 むっと告げてはみるが、ヨハンは笑顔を浮かべたまま一切動こうとしない。口を開けるまでは、きっとこのままの状態が続くのだろう。日が長くなってきたとはいえ、デュエルできる時間が減るのはいただけない。十代は仕方なく口を開いた。
 とたんに、口の中に放り込まれる甘味と、一ヶ月前にチョコレートを舐めとった指先が離れていく感触。気がつくと、ヨハンの顔が間近に迫っていた。
「ちょ、ヨハ……ンっ」
 唇が触れてきて、名前を呼ぼうと開いた口に舌が入り込んでくる。放り込まれたドロップは、二人の舌にころがされ、ただ溶け合う。たまに舌どうしが絡み合い、小さな水音を響かせた。
 気がつけば、ドロップは甘味だけを残して形を消し、舌だけが深く絡み合っている。
 どれだけの時間そうしていたのか、甘い舌が離れ、唇が離れて。
 甘い余韻が抜け切らないかわりに十代の体から力が抜け落ち、そのままヨハンにもたれかかってしまった。
「おまえ、何すんだよ」
「甘かっただろ? ドロップ」
「……全然わかんねえ」
「じゃあ、もう一個食べさせてやるよ」
「嫌だ!」


 いつものささやかな言い争いもどこかドロップの甘味を残したままで。
 これから、瓶の中身がなくなるまでに、ヨハンに何度こんなことをされてしまうんだろうと、十代はぎゅっと目を閉じながら考えるのだった。

ものすごく自重しなかったらこうなりました。(3.14)
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