黒い山羊と白い山羊のはなし
山羊や兎へと郵便物を届けるときは、郵便局員は注意しなければなりません。
「アニキー、郵便っすよ!」
おおきながま口カバンを横にかけて、郵便局員の青いペリカンが赤い実のなる木の根もとにある小屋のドアを叩きました。
「お、翔じゃないか! ごくろうさん」
出てきたのは、小屋の住人の白い山羊でした。頭にある耳も、おしりにあるしっぽも、雪のようにまっしろな山羊で、森じゅうの動物に慕われています。青いペリカンも、白い山羊を尊敬して『アニキ』と呼んでいるほどなのです。
「こいつ食うか? ちょうどいい具合に実がなって、うまいぞ!」
「じゃ、じゃあいただくっす!」
木の周りにはあちこちに杭が立てられていて、網が張ってあります。こうやって赤い木の実が落ちてくるのを待っているのが、白い山羊の仕事でした。赤い木の実は茶色のどんぐりと同じくらい大事な、森の生きものの食べ物だったからです。
「で、手紙って?」
しゃり、と赤い木の実を食べながら問いかける白い山羊に、青いペリカンは「ぐ」と言葉をつまらせました。
「翔?」
「……コレっす」
すっと差し出した手紙。封筒は大きな葉っぱで、それだけで白い山羊には差出人が誰かわかったようです。
「おお、ヨハンからじゃないか!」
大きな葉っぱは、山ひとつ超えた青い葉っぱの木の根もとの小屋に住んでいる、黒い山羊が封筒に使っているものです。
「ひとを呼びつけたかと思ったら、アニキに届けてくれって渡されたんす。手紙を出すなら、ちゃんとポストに入れてほしいっす」
ぷんぷんと怒る青いペリカンを、白い山羊は「まぁまぁ」とたしなめました。
「さっそく読んで返事を書くからさ、翔、ヨハンのところへ届けてくれないか?」
赤い木の実やるからさ! 白い山羊の言葉に、青いペリカンはちょっとだけ嫌な顔をしました。青いペリカンは白い山羊のことは大好きですが、同じように白い山羊を大好きな黒い山羊がちょっとだけ苦手だったのです。
「まあ、アニキの頼みならしょうがないっす」
「おう、じゃあさっそく……」
きれいに折られた大きな青い葉っぱを開いた白い山羊は、中の手紙を見て固まってしまいました。
「こ、これは……!」
くんくん、とにおいをかぎます。とってもとってもいいにおいです。ちょうど良い具合に干された、わらのにおいでした。
そのまま一口ぱくっと食べます。
「あーっ! アニキぃ!!?」
もしゃもしゃ、ともう一口、と手紙はどんどん食べられて、ついになくなってしまいました。
青いペリカンの声に気づいたときには、白い山羊の手元にはほんの切れっ端になってしまった手紙がありました。それも、ぱくっと食べてしまいます。
「あーうまかった、って。うわやっべえ! ヨハンからの手紙、食っちまった!」
最後まで食べきってからことの重大さに気づく、白い山羊はとてもマイペースな山羊でした。
「翔、中身見たか?」
「見るわけないっすよ! 郵便屋さんはひとの手紙を勝手に読んじゃいけないって、森の神様と約束してるんす!」
「だよなぁ。うわあ、どうしよ」
慌てる白い山羊でしたが、ふと、いいことを思いついたと、白い耳をぴん、とはりつめさせました。
「そっか、手紙を書けばいいんだ!」
そのまま、普段は使わない紙の束を持ってきます。やっぱりおいしそうなにおいがしますが、白い山羊は紙を食べてしまわないように紙に別のにおいをつけていました。赤い木の実がなる前の木に咲く花の花粉です。白い山羊は、花を食べたりはしません。
「ヨハンさまさま。お元気ですか。俺は元気です。手紙をありがとう。で、何の用事だったんだ? お返事をください……っと」
さすがに、「食べてしまった」とは書けません。白い山羊が手紙の文章を読んでいる間、青いペリカンは耳をふさいでいました。森の神様との約束を破ると、森にいられなくなってしまうからです。白い山羊の手紙の内容を知ってはいけないのでした。
「よし、できたっと!」
赤い木の実の小さな葉っぱを貼り合わせて作った封筒に手紙を入れて、白い山羊は青いペリカンに手紙を渡しました。
「じゃあ、ヨハンに届けてくれよ」
「わかったっす。……でもアニキ。手紙なら、羊皮紙に書けばいいのにって思わないっすか?」
山羊や兎は藁でできた紙が大好物で、ついうっかり食べてしまうのです。
「そりゃ、羊皮紙だったら羊の皮だから食べられないけど、使うのかわいそうじゃん」
森の手紙の羊皮紙は、神様の元に魂をかえした羊が、残されたものの役に立つためにその皮を使ってつくられるものでした。
「大丈夫だって、ヨハンだって花は食わねえだろ。ほら、木の実やるから行ってこいよ」
たくさんの赤い木の実をもらって、白い山羊に見送られながら、青いペリカンは山をひとつ越えていくのでした。
*
青いペリカンが山ひとつこえてやってきたのは、大きな青い葉っぱが生い茂る木の前でした。
秋の空に、青い葉っぱが色鮮やかに生い茂っています。
この青い葉っぱもまた、森の大切なものでした。
「ヨハン、郵便っすよ」
しぶしぶ、と言った具合に青いペリカンがドアを叩きました。
「お、なんだ、翔か。十代に手紙を届けてくれたのか?」
出てきたのは、黒い山羊でした。頭にある耳も、お尻にあるしっぽも、月のない夜のようにまっくろな山羊は、夏には強すぎる日差しを避ける傘になり、冬にはあたたかな寝床になる大きな葉っぱを拾い集める仕事をしていて、やっぱり白い山羊と同じように森じゅうの動物に慕われていました。……ただ、ちょっとだけ強引なところがたまにキズです。
「届けたっす」
「そっか。ん? なんだぁ翔、いいモン持ってるじゃねえか。よこせよ」
手紙を受け取った黒い山羊は、がま口カバンに入っている甘いにおいに目を輝かせました。
「あーっ! だめっす! それはボクがアニキからもらった大事な木の実っす!」
「いいだろそんなにあるんだからさ。それに、赤い木の実は森のみんなのものだろ。つまり、俺のものでもあるんだぜ」
黒い山羊の言い分に、青いペリカンは何も言い返せません。
結局、赤い木の実を半分も、黒い山羊にとられてしまいました。
「さてさて、十代からなんて返事がきたかなぁ?」
赤い木の葉っぱを貼り合わせて作った封筒はとても不格好でしたが、黒い羊はパズルのような開けくちをあっさりと開いてしまいました。
黒い山羊は、白い山羊が大好きなので、白い山羊の好物も、クセも、何でも知っているのです。
「……それって、ちょっとコワイっす」
「どうした翔、天井に向かって独り言か?」
「い、いえいえ何でもないっす!」
天井に向かってぶつぶつ言っている青いペリカンをよそに、黒い山羊は手紙を取り出しました。
ふわり、と赤い木の実がなる前に咲く花のにおいがあたりにただよいます。
「こ、これは……!」
くんくん、とにおいをかぎます。とってもとってもいいにおいです。ときどき会う白い山羊にしみついた、赤い木の実のなる木の花のにおいでした。
そのまま一口ぱくっと食べます。
「あーっ!」
もしゃもしゃ、ともう一口、と手紙はどんどん食べられて、ついになくなってしまいました。
青いペリカンの声に気づいたときには、黒い山羊の手元にはほんの切れっ端になってしまった手紙がありました。それも、ぱくっと食べてしまいます。
「あーうまかった、って。うわやっべえ! 十代からの手紙、全部食っちまった!」
最後まで食べきってからことの重大さに気づく、黒い山羊もかなりマイペースな山羊でした。
「翔、中身見たか?」
「見るわけないっすよ! 郵便屋さんはひとの手紙を勝手に読んじゃいけないって、森の神様と約束してるんす! ……って、アニキにも言ったような」
「ううーん、せめて、十代がなんて書いてきたかわかればいいんだけどな」
森の神様との約束は絶対なので、黒い山羊も青いペリカンにこれ以上問いかけようとはしませんでした。
それならば。
「しょうがない。また手紙を書くか」
手紙、の一言にびくり、と青いペリカンが固まります。
「羊皮紙! 羊皮紙使ってくださいっす! そうすれば絶対大丈夫っす!」
さっき、白い山羊はワラのにおいがする手紙を食べてしまいました。そして今、黒い山羊は花のにおいがする手紙を食べてしまったのです。それならば、郵便屋としては羊皮紙を使ってくれればいいのに、と思って言ったのです。が。
「そりゃ、羊皮紙だったら羊の皮だから食べられないけど、使うのかわいそうじゃん」
黒い山羊は、白い山羊に最初に書いた紙と同じ、ワラのにおいのする紙を取り出しました。
「十代ってグルメだからなー。何にもしてないただの紙だったら食わないだろ」
「食っちゃったっすよ」
もはや、手紙を書いている黒い山羊には、青いペリカンの言葉は届きません。
「十代さまさま。お元気ですか。俺は元気です。手紙をありがとう。で、用事はなんだったんだ? 教えてください」
さすがに、「食べてしまった」とは書けません。
「よーし、翔、たの……あれ?」
まだいるはずだった青いペリカンに手紙を渡そうとしたのに、ペリカンはどこにもいませんでした。
「もう、付き合いきれないっす」
と、そそくさと自分の仕事に戻ってしまったのです。それでは、仕方がありません。
黒い山羊はどうしよう、と考えて、ぱぁっと目を輝かせました。
「そうだ、あいつにたのもう!」
*
山ひとつ越えてやってきた郵便局員は、赤い木の実のなる木の根もとにある小屋のドアを乱暴に叩きました。
「十代! 手紙を届けてやったぞ」
赤い木の実を食べながらドアを開けた白い山羊でしたが、珍しい黒ツバメの速達郵便局員の姿に目を見開きます。
「万丈目、どうしたんだよ?」
「万丈目さん、だ」
「じゃあサンダー、どうしたってんだ?」
わざわざ自分の呼び方を言いなおさせる、ちょっと偉そうな黒ツバメでしたが、それでも仕事はとても素早くとても丁寧です。胸ポケットから、すっと、青い葉っぱでできた封筒を白い山羊に手渡しました。
「まったく、翔のヤツが逃げてしまったからって速達のオレ様を呼ぶとは……。速達郵便はきちんと郵便局に持ってこい!」
「あれ、ヨハンからの返事かぁ?」
黒ツバメがなにやら怒っていますが、白い山羊には何か怒ることがあるのかわからないまま、手紙を受け取りました。
俺の質問の答え、持ってきてくれたのかな? わくわくと封筒から手紙を取り出した白い山羊は。
「十代貴様、何をやっている!?」
「へ? ……うわああああっ! またやっちまったぁ!」
おいしそうなワラのにおいにつられて、またももしゃもしゃと、手紙を読む前に食べてしまったのでした。
「まんじょうめー」
「さん、だ!」
「サンダー、頼むよ、もっかいヨハンのところに手紙を届けてくれよ」
赤い木の実やるからさ。
テーブルの上に乗ったつややかな赤い木の実に、「断る」と言おうとした黒ツバメは詰まってしまいました。
赤い木の実は、森の動物たちの大好物です。それは黒ツバメでも変わることはありません。
「わ、わかった。目をつむってやるから早く手紙を書け!」
「やったぁ! サンキュ、万丈目!」
大喜びで手紙を書き始める白い山羊の耳としっぽがぴくぴくと動きます。鼻歌を歌っているようですが、耳をふさぎ目をつむっている黒ツバメには何を歌っているかはわかりませんでした。
「くろやぎさんからお手紙ついた、しろやぎさんたらよまずに食べたーって、俺みたいだなぁ。ヨハンは食べてないだろうけどなぁ」
本当は黒い山羊も手紙を食べてしまったことに、白い山羊はちっとも気づいていませんでした。
それから、黒ツバメは一日に5回、赤い木の実のなる木と青い葉っぱの生い茂る木を行き来しました。
「万丈目くん、お疲れさまっす」
そそくさと黒い山羊のところから逃げてきた青いペリカンがこっそりと黒ツバメに白い山羊にもらった赤い木の実を差し入れました。
「……もとはといえば貴様の怠慢のせいだ! まったくふたりとも手紙を読む前ににおいをかぐな食べるな!」
「どうせ、手紙だって『さっきの手紙のご用事なあに?』って書いてるんすよ。森の神様との約束守ってたってそれくらいはわかるっす」
何度も見た青い葉っぱの封筒を投げ捨ててしまおうかと考えて、黒ツバメははっとしました。黒ツバメはとても真面目な速達郵便局員です。仕事を投げ出すわけにはいきませんでした。
「本当にまどろっこしい。羊皮紙を使えといっても『可哀想』とか言って……! ん?」
差し入れられた赤い木の実にかぶりついて怒っていた黒ツバメですが休んでいた木の上から、何かを見つけたようです。
「あれはヨハンじゃないか」
「どこかに出かけるんすかね?」
さっきから何度も見た黒いしっぽと黒い耳がとことこと森を歩いて行きます。
郵便屋さんたちは、そのしっぽの行き先をじっと見守ります。
「まったく、オレ様に手紙を押しつけてどこに行くのやら」
黒ツバメのするどい目が黒い山羊のしっぽの行き先を見定めて、飛び立つ準備をしました。
「ついていくっすか?」
「……とてつもなく嫌な予感がしてな」
黒い山羊に気づかれないように、黒ツバメと青いペリカンはこっそりと羽を羽ばたかせました。
*
白い山羊への手紙を渡した黒ツバメを見送った黒い山羊は、小さく首をひねりました。
「それにしても、なんで十代の奴は何度も手紙をよこしてくるんだろう」
そして何で、その手紙を食べてしまうのだろう?
おいしそうなにおいにつられてついつい手紙を食べてしまうたびに、「さっきの手紙のご用事なあに?」と手紙を書いて、そのくり返しです。これでは、いつまでたっても白い山羊がなんて手紙を送ってきているのかわからないような気がしました。
外を見ると昼下がりのお日様がぽかぽかと森を照らしています。たくさんの葉っぱに遮られていても、お日様はいつでも森を見守っていてくれるのです。
「よしっ!」
黒い山羊は、ぴんと耳としっぽを立てると、出かける準備を始めました。
よそゆきの服は、ちょうちょの羽のようにひらひらとしていて、黒い山羊のお気に入りです。
雨が降るかもしれない、と地面に落ちている大きな青い葉っぱを拾いました。
「十代のところに行ってくるからな!」
木に声をかけると、木に住んでいる精霊たちが見送るように葉っぱを揺らしました。
黒い山羊はどんどんと山の道を歩いていきます。広い森の中にはいくつか山があって、そのうちのひとつに白い山羊の住む小屋があるのです。黒い山羊の住む小屋とは、山をひとつ挟んだところにありました。
てくてくと歩いていく黒い山羊に、出会う動物たちは声をかけていきました。
「あら、ヨハンくん。そんなに急いでどこに行くの?」
「よ、明日香。十代んとこに行ってくるな」
手を挙げて挨拶をしては、ずんずんと進んでいく黒い山羊に、声をかけた野うさぎは慌てて黒い山羊を止めようとしましたが間に合いませんでした。
「十代の小屋は、反対方向なのに……」
黒い山羊は、とてもとても方向音痴なのでした。
「っかしいな。俺と十代の小屋ってこんなに離れてないはずなのに」
もうお日様は森の奧に沈んでしまいそうです。もうすぐ、お月様が昇ってきます。お月様が昇ってくる前には白い山羊の小屋につきたかった黒い山羊は、立ち止まってしまいました。
自分がどこにいるのかも、わからないのです。
くるっと一回転してあたりを見回したら、どこから歩いてきたのかもわからなくなってしまいました。
傘に使おうと持ってきた大きな葉っぱを肩にかけると、ぽかぽかじゃなくなった森も寒くはありませんでしたが、朝になるまでここを動かないのも、動いてますます迷子になるのもいやだな、と黒い山羊はどうしたものかと思いました。
そのときです。
「いてっ!」
頭に、何かが落ちてきました。あたりを見回しますが、夕暮れの気配だけしかありません。何が落ちてきたのだろうと思って拾い上げると、
「なんだこれ。赤い木の実の芯?」
家に置いてきた、青いペリカンからもらった赤い木の実の芯でした。どうしてこんなものが落ちてくるのでしょう。もういちどあたりを見回した黒い山羊は、少し離れたところの木の葉がざわめく音を聞きました。何かが落ちてきたようです。
「おお、赤い木の実だ!」
手にしていた芯を放り投げて、落ちていた赤い木の実を拾い上げます。ぐぅ、とおなかが鳴りました。今まで歩き通して、おなかがすいていたのです。
手で土を払って一口かじると、じんわりとあまずっぱさが口いっぱいに広がりました。たしかに、白い山羊の小屋の赤い木の実です。
「なんかよくわかんないけど、ラッキー!」
もぐもぐ、と食べていると、また、木の葉が小さくざわめきました。
近づいてみると、また、赤い木の実が落ちています。
「おお、また赤い木の実だ!」
一つ食べ終わった芯を投げ捨てて、新しい赤い木の実を拾い上げます。手で土を払ってまた一口かじると、やっぱり白い山羊の小屋の赤い木の実でした。
「もしかして、十代の小屋が近いのかもしれない」
そう思うと、おなかがふくれたのもあって、黒い山羊は元気に歩き出しました。
「白山羊さんから手紙がついた、黒山羊さんたらよまずに食べたー、っと?」
歌を歌っていると、また木の葉がざわめきました。
「また赤い木の実か」
手で土を払って美味しい赤い木の実を食べます。そうして、少し歩くたびに赤い木の実が目印のように落ちているのです。黒い山羊は赤い木の実を拾いながら歩いていきました。
「ヨハンの手紙、こないなぁ」
白い山羊は、自分の小屋でぼんやりと赤い木の実を食べていました。テーブルの上には、大きな青い葉っぱの封筒だけが残っています。中身は全部たべてしまったのです。
「ていうか、ヨハンに手紙何回も書いてもらってるのに、俺、中身全然読んでないんだよな」
きっかけは、黒い山羊が手紙をくれたことでした。おいしいにおいにつられてついつい食べてしまって用事を聞く手紙ばかりを返してしまいましたが、いったい最初の手紙はどんな内容だったのでしょうか。
そんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえました。
「万丈目かな?」
一日に何度も手紙を届けてくれた黒ツバメの速達郵便配達員だと思った白い山羊は、ドアを開けてとてもとても驚きました。
「ヨハン!」
「よう、十代」
手紙を送った黒い山羊が、ドアの前に立っていたのです。
「どうしたんだよ、いったい。手紙読んだのか?」
「……いや、手紙もいいけど、顔合わせてしゃべったほうが絶対いいと思ったから、会いにきたんだぜ」
黒い山羊は、ようやく会えた白い山羊をぎゅうっと抱きしめました。
「今度遊びに行くって手紙出してたのを、今日にしちまった」
黒い山羊が最初に送った手紙の中身を知った白い山羊は、とてもうれしくなりました。
黒い山羊は、自分のところに遊びにきてくれたのです。いつもは山ひとつこえなければならない場所にすんでいるというのに、そしてとてもとても方向音痴だというのに。白い山羊も遊びに行きたいのですが、白い山羊も黒い山羊ほどではないけれど方向音痴なので、道案内がいなければ黒い山羊の小屋までたどりつけないのでした。
「なんだぁ、そっか」
ぎゅっと抱きしめかえして、黒い山羊に小屋に入るようすすめました。
ふたりが入っていった小屋のえんとつから、あたたかな煙がたちのぼるのを、遠くから見守る影があります。
「あんの黒山羊! アニキになんてことするんすか!」
ぷんぷんと怒る青いペリカンを尻目に、黒ツバメは白い山羊の小屋の前に音を立てずに降り立ち、
「もういらんとは思うが」
ドアの隙間に、預かっていた手紙を挟みました。
「いくらなんでも森で遭難されたら困るとはいえ、もったいないことをしてしまった」
「そうっすよ。せっかくの赤い木の実、結局ヨハンにぜーんぶあげちゃったじゃないっすか。……万丈目くんがこんなことするなんて、明日は雷が落ちるっす」
青いペリカンが言うように、黒ツバメがこんなことをするのはちょっと珍しかったのです。
「なんだそれは! ……まあいい。今日の分の残業手当はちゃんと請求すればいい」
ちょっとだけ困った顔をした黒ツバメが、「ガラにもないことをしてしまった」とそそくさと飛んでいく姿を、青いペリカンは見送りました。
「残業手当って、万丈目くん、意外とせこいっすね」
森の神様に見守られて、今日も森は平和です。
と言うわけで、オチも完全に読めるネタ終了です。ここまでおつきあいありがとうございました。
(081117〜081121)
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