見下ろしながら・見上げながら



「……何で当日になって、こんなことしてんだろうな」
「わっかんねぇ」
 レッド寮は今、寮生総出で年間行事にもないことを始めるところだった。
「ああもうっ! 誰だ、レイにハロウィンのことを教えたのはっ!」
 下の階から文句を言ってる万丈目の声が聞こえる。
「……私だけど」
「なによ、みんなで黙ってるなんて!」
 お、明日香とレイの言葉に万丈目が固まったぞ……って、そんなことしてる場合じゃないな。
「十代、さっさとそれを飾れよ」
「わぁってるよ」
 ヨハンから次の飾りを渡されながら、俺は梁にたらした糸に飾りを結びつけていく。……まるでクリスマスだ。

 ブルー寮……それも女子寮では、ハロウィンの飾り付けで盛り上がるらしい。男子寮では盛り上がらないあたり、こういう行事での温度差が出るようだ。そりゃ、俺だって飾り付けするよりはお菓子もらったりするほうがいいもんな。
 よりにもよってハロウィン当日の朝に、ブルー寮(女子寮)の装飾をみせられたレイが「レッド寮もこれくらいしなくちゃ!」と余った装飾品を持ってきた。で、朝からずーっと飾り付けをさせられている。……文句を言いつつだれも逆らわないのは、結構楽しんでるからなのだろう。レッド寮の壁をオレンジ色に塗らされている万丈目を除いて、だけど。これ、明日には元の色に戻さないとダメなんだよな。

「にしてもさ、本校でハロウィンなんてやるんだな」
「アークティック校ではやらないのか?」
「……ぜんぜん? たいしてもりあがらなかったなぁ。派手な飾りもしないし、夕食が豪華になっただけかも」
 ヨハンはあんまり興味なさそうだ。
「ふぅん。こっちはさ、一応仮装したりするぞ。……トメさんだけだけど」
「トメさんが?」
「ああ。ブラック・マジシャン・ハロウィン・ガールの」
「へぇ」
 俺と言えば、脚立をヨハンにささえてもらってカボチャだのコウモリだのに切り抜いた紙をつるしていく。
「ファラオー、それはおもちゃじゃないぞ」
「んなー」
 ファラオがぶらさがったカボチャにちょっかいをかけ始めるのを止めようとして、手で梁を叩こうとしたら、
「うわっ」
 すかっと。中途半端な体勢で叩こうとしたせいか梁にわずかに届かなかったばかりか、身体がぐらりとした。
「十代!」
 脚立がぐらぐらと揺れる。いや、揺れてるのは俺のほうか!?
 ぐっと腰を掴まれて脚立の揺れがようやくおさまった。
「あっぶねえ」
 脚立を押さえつつ、俺の身体も押さえてくれたヨハンが、ほっと息をついた。
「わり、ヨハン。サンキュ!」
「ほんと、おどかすなよな」
 ヨハンの腕が俺の腰から離れていく。
 改めて脚立を押さえに入ったヨハンだったけど、何かを思いついたらしい。
「十代、ちょっと屈め」
「あぁ?」
 屈めって、この体勢で屈むのってけっこう危ないと思うんだけど。俺の心を読んだかのように、ヨハンが「大丈夫だって」と笑う。
「ちゃんと支えといてやるからさ」
「ん」
 何だよ、いったい。
 言われるままに身体を下に屈めると、ヨハンの腕が、首に回された。ちょ、脚立支えるんじゃ……!
「Trick or Treat?」
 と。

 屈まされた先には、ヨハンのちょっと意地悪な表情が笑っていた。
 そのまま、唇をふさがれる。
 ……ふだんそんなに身長差があるわけじゃないから、こうやって見下ろしながらキスするのって初めてだ。
「……目を閉じろよな」
「わりぃ……って、お菓子出す前にいたずら始めんなよ」
「いいんだよ。どうせお菓子なんて出てこないだろ」
「ちぇっ」
 目を開けていた俺を薄目でにらみつけてくるヨハンに応えて、目を閉じる。

 なんか、頭上でくぐもった声が聞こえてくるけど。たぶんファラオの口の中の大徳寺先生だな。……ファラオ、今口開けちゃダメだかんな。

「……この体勢はちょっときつかったな」
「そっかぁ?」
 キスのあと、何かものすごく不本意そうなヨハンが何かぶつぶつ言っていたけれど、まぁ、いっか。



見下ろしていたのは十代で見上げていたのはヨハンです。(081031)
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