真っ向勝負
それはとてつもなくさりげなさすぎた。
「なあ十代」
「んー?」
「キスしよっか」
「おう。…………へ?」
いつもどおり、目の前に並べられたカードを見比べながら生返事した俺は、ヨハンの一言にやっぱり相槌を含んだ生返事をして、ふと我に返った。まるで「デュエルしよっか」と告げられる自然な所作で、とんでもないことを言われた気がする。
「……ヨハン、今のは俺の聞き違いだよな?」
「あ? 何が?」
俺と同じように伏せたカードと手持ちのカードを交互ににらみつけて考え込んでいるヨハンに問いかけると、これまた俺と同じ生返事。やっぱり聞き違いだったか。
そうだよな、んなワケないよなぁ。
ほっとした俺は「何でもない」と再びカードに視線を戻す。いったい何と聞き違えたんだか、わけがわからない。自分の空耳っぷりに首をかしげながら、ヨハンの動向をさぐる。もちろん、デュエルのだ。
――あの伏せカードの中身が気になるところだけど、とりあえず様子を見るか。
手元のモンスターカードを場に置いて、ターンの終了を告げる。攻撃してもいいけど、楽しいデュエルなんだからいろんな手を見たい。
「ターンエンド。さあ、どんな手で来るんだ?」
何しろ、どんな手を使ってくるのかわからないから思わず笑みが浮かぶ。本当にヨハンとのデュエルは楽しい。ああもう本当にわくわくするぜ。
「まあ焦るなって。俺のターン! ……と、その前に」
てっきりカードをドローすると思っていたヨハンの手が、なぜかこっちに伸びてくる。
ヨハンの右腕は俺のデュエルディスクを素通りして、俺の肩を掴んだ。そのまま俺の身体はカードのほうにぐいと引き寄せられる。
「ちょ、なにすんだ……」
思わず文句を言おうと正面を向いて、そこにあったモノに息を呑んだ。
吸い込まれそうなほどの翡翠。空と緑をはらんだ、俺にはない色。
ああ、キレイだなとぼんやりした瞬間に、その色は閉じられた。
代わりに、唇に触れる感触。薄い皮膚から伝わるものは、俺にはどう表現していいのかわからない。
ただ、その場所から伝わるものは決して不快なものではなかったのだ。……ぬめったモノに舐められるまでは。
「うわっ!」
「おぉっと!」
肩を掴んでヨハンを引き剥がす。カードを折り曲げないように注意を払ったから勢いはなかったけれど、それでも効果はあったらしい。
「……十代、色気がないぞ」
「はぁ?」
わけがわからない苦情を言ってくるヨハンに、おれは眉をしかめた。苦情を言いたいのはこっちだ。
「なんだよ色気って。っていうか、何するんだよ」
「何って、キス」
十代だってOKしただろ? 俺と同じに眉をしかめるヨハン。
……じゃあ、アレは聞き違いでも何でもなかったのか?
突拍子のないことを言い出されてうっかり生返事したらそいつを実行されるなんて、本当にわけがわからない。これも作戦のうちなんだろうか。
「ヨハン、デュエルはちゃんと真っ向勝負で行こうぜ。ほら、早くドローしろって」
そんな作戦に乗せられるものか。どんな手で来たって、俺は負けるつもりはない。
俄然やる気になって闘志を燃やす俺に、ヨハンは今度は疲れた溜息をついた。なんだよ、ドローするまえから溜息つくなよ。
「……真っ向勝負じゃ、勝てない気がする」
「何か言ったか?」
小声で呟かれた言葉は俺には届かない。そんなことより、デュエルを再開してほしいぜ。
ヨハンの翡翠の瞳が一度伏せられ、そして再び開かれる。
「でも、俺だって負けてられないぜ。ドロー!」
どうやらやる気を取り戻してくれたらしい。そうこなくっちゃ!
俺の肩を掴んだ手が今度はカードをひく。その動向にものすごくわくわくしながら、
(作戦とはいえ、ヨハンの目ってキレイな色してたなぁ)
なんてことを考えていた。
フラグブレイカー・十代とキスしてるのに報われてないヨハンの続き物です。
最終的には両思いになるといいですね!(1.25)
BACK