前髪かきあげ



 目の前に星が飛ぶって本当にあったんだぜ。
「いてて……」
「ってぇ……。あ、大丈夫か十代?」
「ヨハンだったのか。お前も大丈夫か?」
 廊下の角で互いに額を押さえながら座り込んでいる。幸いにも周囲には俺たちのほかには誰もいない。出会いがしらにぶつかった額は俺のはどうなっているのかわからないがヨハンの額はかすかに赤くなっていた。
「十代、おでこが赤いぞ。相当痛かっただろ?」
 俺の心を読んだようにヨハンが俺の額の状態を教えてくれる。そりゃ、痛かったよ。
「ああ。目の前がチカチカして星が飛んだぜ」
「あはは、俺も俺も」
 額を押さえながらも笑うヨハンにつられて俺も笑顔になった。
『クリクリ〜』
『るびっ』
 座り込んでいる俺たちの傍らではハネクリボーとルビーが心配そうに見上げてくる。どうやら、俺もヨハンもそれぞれの精霊と話しこみながら歩いていたらしい。それでお互いに気づかないまま廊下の角で頭をぶつけあったようだ。
「大丈夫だぜ、相棒」
「ルビーも心配するなって」
 俺たちの言葉に安心したのか、今度はハネクリボーとルビーが額をぶつけあう真似事をしている。なんだかんだ言って、仲がいいのだ。
 それにしても。
 そっと額を押さえると、かすかに痛みを感じる。じんじんと熱が集まっているような。まあ、星が見えるほど勢いよくぶつかったんだからコレくらいは痛くて当然かもしれない。
「十代、本当に大丈夫か?」
「……本当はちょっと痛い」
 精霊たちが聞こえないほどの小声での会話は、自然と顔が近くなる。
 俺と同じように額を赤くしたヨハンも「俺もじわじわ痛いんだ」と苦笑した。
「一応、鮎川先生のところに行くか?」
 保健室に行けばアイスノンなり氷なり用意してあるだろう。精密検査なんて言われたらちょっと面倒だけど。
 ヨハンは「うーん」と首をかしげて、おもむろに、俺の肩に手をかけた。
「舐めときゃ治るんじゃないか?」

 前髪をかきあげられて、熱を帯びた額に触れる感触。ペロリと音が聞こえてきそうな舌の動きをリアルに感じて、思わず声が出た。

「ひぇっ!?」
 目をぎゅっとつぶってヨハンの身体を押し返す。見れば、ハネクリボーとルビーカーバンクルが何事かとこちらを見ていた。しかも。
「ヨハン! 廊下で何するんだよ」
「消毒。……十代、本当色気ないぞ?」
「しょ、消毒って転んだわけじゃないだろ……。あと色気って何だよ」
 わけがわからない。額に更に熱が集まって勝手に顔が赤くなるのは、突然されたデコチューのせいだ。そうだ、これってデコチューじゃないか……!
「十代はやってくれないのか? 消毒」
 ヨハンはしれっと自分の前髪をかきあげて赤い額を見せ付けてくる。
 誰がそんなはずかしいことをできるか……!
 前髪をかきあげている手を掴んで立ち上がる。そのまま、有無を言わさずぐいぐい保健室へと引っ張っていく。
「俺は、氷で冷やされるより十代に消毒してもらいたいんだけどな」
「廊下のどまんなかで出来るか!」
「じゃあ保健室でやってくれよ」
「何でそうなるんだ!」
 ますます赤くなる顔を見られるのがなんとなく癪で……なんで顔を赤くしなきゃないんだ……忍び笑いをするヨハンの顔は絶対見ないようにしながら俺は保健室へ向かう足を速めていった。

 結局、保健室で『消毒』をさせられたかどうかはノーコメントで。
 ってそもそも消毒いらないって!


個人的に、デコチューとか鼻先チューとか萌えます。(1.25)
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