消毒



(10のキスの仕方・前髪かきあげ - ヨハンSIDE)


「どうしたらいいんだろうな、ルビー?」
『るびっ?』
 デュエル・アカデミアの長い単調な廊下を歩きながら思考に沈みかけていた俺の肩に乗ったり足元にじゃれついたり、せわしない動きをするルビーに苦笑する。もちろん、ルビーに聞いたところで返答がもらえるわけでもなく、可愛らしく首をかしげるだけだろう。

 デュエルは何より雄弁だと初めてのデュエルですっかり意気投合して、今や親友と呼べる存在を『好き』だと自覚して数日。俺たちの間には何の進展もなければ後退もなかった。正直、後退がないだけマシだとは思っているが、あれからも相変わらずなのはちょっと切ない。
 ……でも、デュエルのことを話しだすと他のことはけろっと忘れてしまうので、俺にも進展させようという気はあんまりないらしい。自分のことなのに『らしい』なんていうのはおかしいけれど。そもそも相手が十代なだけに、真っ向勝負ではまず厳しい気がする。
 再び思考の渦に身を投じようとした俺に、ルビーが何かに気づいて鳴く声がきこえて。そして、目の前に星がチカチカと飛んだ。

 額のじりじりとくる痛みに瞑っていた目を開くと、そこにはつい今まで考えていた姿。
 俺と同じように額を押さえて痛みに顔をしかめていたのは十代だった。
 噂をすればナントカ、というやつだろうか。日本語ってためになるなあ。

「十代、おでこが赤いぞ。相当痛かっただろ?」
 俺はどんな状態なのかわからないが、十代の額は前髪ごしに見ても赤い。
「ああ。目の前がチカチカして星が飛んだぜ」
 しかも、星まで飛んだらしい。それは俺もだ。
「あはは、俺も俺も」
 互いに笑いながら精霊たちにも声を掛けると、ルビーとハネクリボーは安心したらしく遊び始めた。……そんな派手にぶつかってたのか、俺たち?
 ただ、額の痛みはじわじわと強くなっているから、相当派手にぶつかったのは確からしい。
「十代、本当に大丈夫か?」
「……本当はちょっと痛い」
「俺もじわじわ痛いんだ」
 精霊たちが聞こえないほどの小声での会話は、自然と顔が近くなる。
 痛みをおさえるように添えられた手のうちにある痛々しい額をどうにかできないだろうか。
 俺が痛いのは別に我慢すればいいけど、十代が痛そうなのはイヤだ。こんなことを考えてしまうのも、『好き』だからなんだろう。
 一応保健室に行こうかという十代の、自然近くなった肩に手をかける。保健室なんて遠いじゃないか。今、どうすれば痛みを鎮めることができるのだろう。そんなことを考えていて、ふと、小さい頃のことを思い出した。よく転んでケガをすると、俺の母さんは――。
「舐めときゃ治るんじゃないか?」

 十代の前髪をかきあげると、意外とやわらかい髪が指先を滑った。その感触に驚きながら、赤くなった額に唇を寄せる。触れた箇所はやはり熱く、俺はかつて母さんがしてくれたことと同じことをなぞるようにやってみた。
「ひぇっ!?」
 返って来たのは、なんとも間の抜けた声。ぐいと俺の肩を押し返してくる腕は、その強さにしては意外に細い。
 おかしいな、これって子供のころはみんなされる普通の消毒だろう? それに、なんで顔をそんなに赤くしてるんだよ。初めてキスしたときより顔が赤いってのはどういうことだ?
 消毒がいらないとかなんとか顔を赤くしてわめく十代に、俺も消毒してもらうべく前髪をかきあげた。ああ、十代の髪のほうが手触り良かったかもしれない。
 十代はますます顔を赤くして、俺の手を掴んで立ち上がらせるとぐいぐい引っ張っていく。そうか、保健室に行くって言ってたっけ。
 氷で冷やされるよりは、消毒してもらうほうがいい、と言ったらこれ以上ないくらいに顔を赤くされて。俺は痛む額を押さえながらもう一方の手をつかまれて、とても幸せだった。


今度は天然ヨハンとデコチューでどきどきな十代。
なんだろう、お互い軸がぶれてませんかと書いてて思いました。(1.29)
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