寝起き



「十代、起きろよ」
 肩をゆさゆさと揺さぶられる。起きろといいながら揺さぶりはむしろ眠気を誘う心地よいリズム。本気で起こすつもりはないような。
「むにゃ……あと5分……」
「十代の5分は5分じゃ済まないだろう?」
 ったく、と呆れた声。
 簡易コンロに掛けられたヤカンが沸騰の合図と言わんばかりにピーと音を立てている。誰がかけたのかも、さすがにわかる。

 ヨハンとデュエルするのは本当に楽しくて、つい、うっかり、時間を忘れてしまう。気がつけばヨハンはすっかりオシリスレッドになじんでしまっていた。トメさんも普通にゴハンを用意してくれているし、三段ベッドの上の段にはヨハンの私物が置かれている。こんなに話すことがあるのかと思うくらい話題が尽きなくて本当に飽きない。
 ああ、こういうのもいいなぁと思っている。

 ヤカンの音が止んで、何かに注がれる音。
「十代、起きろって。ココア淹れたからさ、冷たくなる前に飲めよ」
「……うーん。ココアぁ?」
 そういえば、今は何時だろう。遅刻ギリギリに起きたらココアなんて飲むヒマないよな。
 うつろな思考のまま、目覚まし時計を見れば、一応セットしてある時間より早い時間だった。なんだ、まだ寝られるじゃないか。
「もうちょっと、寝る……」
 布団をかぶってごろごろとする。寝起きのこの瞬間はデュエルとはまた違った至福のひとときだ。寝る子は育つ、なんていい言葉を誰が言い出したんだろう。
「トメさんの朝ゴハン食べるって言ってただろ? 一晩置いたカレー食いたいって言ってたじゃないか」
「ぅん……」
 カレーは食いたい。でもココアが少し冷めるまで、寝かせてくれよ。俺猫舌なんだ。
 ヨハンに背中を向けて惰眠モードに入った俺の耳に、「本当に起きないな」と溜息混じりの声。
 頭からすっぽり被った布団から顔だけ出るように剥かれる。カーテン越しの朝日がそろそろまぶしくなってきて、俺はぎゅっと目をつぶる。
「……起きるなよ、十代」

 聞こえてきた呟きは、吐息すら拾えるほど近い場所から聞こえてきた。耳朶が震えて、その震えは自然と全身をぞわりとかけぬけていく。くすぐったい。
 くすぐったさに息が漏れそうになった瞬間、頬に何かが触れた。……さすがに、3度目ともなると何が触れたのかくらいは理解できる。
 1度目は心理作戦で口に、2度目は消毒で額に。
 位置は違えど今また触れているのはヨハンの唇に違いない。
(外国人って、本当にキスが好きだよなぁ……)
 そんなことをぼんやり思って、次に来るかもしれない衝撃に耐えるべく息を止める。
 キスはともかく、舐められるのはなんだかイヤだ。……食われそうで。
 唇は一度離れて、それから何度か頬に軽く触れてきた。
 適度なくすぐったさがなんだかとても心地よくて、思わず顔がにやける。
 俺の口元でくすぐったがってるのがばれてしまったのだろう。ヨハンはまた溜息をついた。
「……だめだ。真っ向勝負なんて絶対無理」
 む、何がダメなんだよ。だいたい、今はデュエルしてないのに真っ向勝負って何だろう。

 ヨハンが離れていくのを気配で察して、俺は今起きたように振舞う。ゆっくりと目を開けると、ちょうど机の上にマグカップが二つ置かれたところだった。
「やっとで起きたか」
「ふぁ……おはようヨハン」
「おう、おはよう。ほら、ココアちょうどぬるくなってるぞ」
 渡されたカップはたしかに湯気は立っているけれどそれほど熱くはない。ちょうど飲み頃だ。
「サンキュ。いただきます」
 寝起きの頭に温かい甘味が心地よい。身体もほっとするような気がする。
 ココアを飲み干すと、勢いよく立ち上がった。
「ごちそうさまっ。さ、メシに行こうぜ。早くしないとカレーなくなっちまう」
 ヨハンのカップも受け取って、流しにおいて水を入れておく。ゴハンを食べてから片付けるつもりだ。片付ける時間があるかどうかはわからないけど。
「そうだな」
 同意されて、二人で部屋をでる。鍵をかけながら、そういえばと思い出した。
「そういえば、ヨハン」
 いったい、何がダメなんだ? そう問いかけようとして、ふと思いとどまる。
「なんだ、十代?」
「いや……なんでもない」
 あのときの俺は半分寝てたし、何で溜息つかれてたかもわからないし、ただ俺が気になってるだけで尋ねるってのはどうかと思うし。
「ヘンな奴」
 首をかしげるヨハンの隣を歩きながら、ヘンな奴なのはお前だろというツッコミをどうにか喉の奥に呑みこんだ。


天然→天然はちっとも先にすすまない衝撃(1.26)
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