自分の意思で



(10のキスの仕方・寝起き - ヨハンSIDE)


 朝日が昇る少し前に、ぱちりと目を覚ます。
 仮のすみかの三段ベッドの真ん中から這い出ると、俺が起きたことに気づいたルビーが小さく欠伸をしながら俺の肩に乗った。
「おはよう、ルビー」
『るびるび〜』
『クリクリ〜』
 こっちはすでに起きていたらしい。ハネクリボーがこちらに飛んできて俺の肩のルビーにちょっかいをかけてきた。
「お、ハネクリボーもおはよう。十代はまだ寝てるのか?」
『クリ〜……』
 困ったような声のハネクリボーが羽で指し示した先は、三段ベッドの一番下。アカデミア指定のジャージでぐっすりと眠ったままの十代は起きる気配なんてこれっぽっちもなかった。そりゃ、ゴハン食ってから日付変わってもデュエルしてたもんな。

 ゴハンといえば、昨日の夕飯はカレーだった。レッド寮では2週に一度の贅沢らしい。カレーは一晩置くと美味しくなるという。それがどういう原理かはよくわからないが、とにかく次の日の朝は先着でカレーの残りが出るらしい。
『明日の朝になったらますますうまいんだって!』
 やたら力説して、寝る直前まで「明日はカレーだ」と言っていた十代だったけど。
「これは、起きそうにないな」
『クリクリ〜』
 苦笑した俺に、ハネクリボーは溜息をつくばかり。ルビーが溜息をつくハネクリボーの羽のちょっと上……肩らしい……をぽんぽんと叩いている。慰めているようだ。
 とりあえず、もう少ししたら十代を起こそう。
 その間、お茶でも淹れようかな。俺は狭い簡易キッチンに立ってお茶を探して、誰かが几帳面に洗濯ばさみで口を止めている粉末を見つけた。
「ココアか。これにしよう」
 ヤカンに水を入れて火をかける。コップは日本茶のコップしかなかったので諦めてそれをトレイに載せた。ヤカンがけたたましく音を鳴らしたら、十代を起こしてもいいだろう。

「十代、起きろよ」
 肩を揺さぶって起こそうとして、その肩が随分細いことに気がついてどきりとする。
 決して体力がないわけでもなく、むしろ運動神経は良いほうだろう。それにしては細すぎな気はする。
 それにしてもあまり強く揺さぶるとどこかいためてしまいそうな気がして、自然と起こし方が緩やかになってしまった。
「むにゃ……あと5分……」
 やっぱり、本気で起こせないから半分夢の中から返事が帰ってくる。
「十代の5分は5分じゃ済まないだろう? ……ったく」
 それで遅刻すれすれになったことなんて一度や二度じゃないんだろう。翔に聞いたらすごい話が聞けそうだけど聞かないほうがいいのだろうか。
 仕方なく沸騰したヤカンの火を止めてココア粉末をコップに入れて湯を注ぎいれる。とたん部屋中を包み出した甘い香り。これで、少しは眠気を飛ばしてくれるといいんだけど。本当はコーヒーがあればいいんだけどな。
「十代、起きろって。ココア淹れたからさ、冷たくなる前に飲めよ」
「……うーん。ココアぁ?」
 飲み物で釣ってみるけれど、十代は寝起きの晴れない頭で何かを考えたらしい。枕元の目覚まし時計を手探りで探し出して、じぃっと覗き込む。
「もうちょっと、寝る……」
 おい!?
 寝起きから二度寝の体勢に入り始めてしまった。俺に背中を向けて頭まですっぽり布団を被って気持ち良さそうに眠り出しそうな十代。これじゃあ、一晩置いたカレーなんてなくなってしまうんじゃないだろうか。
「本当に起きないな」
 カーテンを開けて、顔を布団から出してやる。ここまでやっているのに起きないなんて、カレーが食べられなくても知らないぞ。
 と。十代が眩しさに目をぎゅっと瞑っているのに起きそうにないから。つい、悪戯心がわいた。
「……起きるなよ、十代」

 耳元に唇を近づけて囁いて、そのまま頬に口付けてみる。ただの興味本位ではなく、かといって消毒とか理由あるものでもない。俺が俺の意思のままにする、初めてのキスだった。
 頬に触れて、こめかみに触れて、唇の近くに触れて。
 十代が起きているのなんてわかっているのに、拒まれないのをいいことに俺はキスを続けた。普通、ここまでされたらイヤならとっくに起きて文句を言われているだろう。……ちょっとだけ、期待してもいいのかな。
 そんなことを調子よく考えていた俺は、口付けようとした十代の唇に笑みが張り付いているのに気がついた。今にも鼻で噴出しそうなのか、唇が何かを堪えている。そんな状態を、俺は知っていた。

 くすぐったいだけかよ、十代。

「……だめだ。真っ向勝負なんて絶対無理」
 いくらなんでも、鈍すぎだろ。

すっかり甲斐甲斐しくなっているヨハンサイドはちょっとヨハンが不憫ですね…。(2.4)
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