無理やり
絶海の孤島であるこの島では、外の出来事を知るためのあらゆる工夫がなされている……らしい。
「へえ、こいつはすごいな!」
畳3畳ほどの個別学習室でテレビ画面を映しながら、ヨハンは調子に乗ってリモコンを操作している。あちこち入れ替わるチャンネルは、日本語はもちろん聞いたことのない呪文のような言葉のものまでさまざまだ。
世界中のデュエルトーナメントのDVDが網羅されているこの図書館で、じっくりプロのデュエルを観戦したいと考えている奴は多い。そのためテレビDVDデッキ標準装備の個別学習室はいつでも満員御礼だ。オシリスレッドの俺にはまず順番なんか回ってこないから、DVDのデッキがある奴の部屋で上映会があったら参加させてもらったりするくらいだった。
「それにしても、こんな待遇良くていいのか? かなり順番待ちがあったみたいだけど」
う〜んと唸るヨハン。留学生なうえにアークティック校チャンピオンだから、こういう待遇は俺たち本校の生徒よりずっと良い。これくらいの特典がなきゃ、本校とはいえ自校のエースを他校に長期滞在させようなんてほかの学校は考えたりしないだろう。……って、クロノス先生が言ってた。
「いいんじゃないか? そんなことより早く見ようぜ!」
「そうだな!」
ようやく定まったチャンネルでは、アメリカでのプロリーグ大会・決勝戦のデュエルが生中継されている。数週間後にはDVDになってここの図書館に並ぶことになるだろうけど、やっぱり見るならナマだよな!
ヨハンへの優遇っぷりにこっそり便乗させてもらいながら、俺も画面に釘付けになった。
「おおおおお!」
「すげえすげえ!!!」
勝者になったデュエリストの綿密に計算されたデュエルに俺もヨハンも感嘆の声をあげてしまった。
ブースのところどころから同じ歓声があがる。皆同じものを見ているようだ。そりゃあそうだよな。
まさに手に汗握る展開。ライフを僅かに残したほうが最後に引いたカードから逆転のコンボが次々決まっていくさまはまったく予想がつかなかった。
「俺、これはもう勝者決まったよなって思ったんだけど、すげえ逆転だったな!」
「ああ。……デッキの中身を知りたいな。どんなデッキ組んでたんだろう。別段レアカード入ってるようには見えなかったのに」
これは、DVDでも確認しないと。二人で出てきたカードを思いつく限りメモ帳に書き並べていると、ヒーローインタビューが始まった。こういうとき、デュエリストは自分のデッキのヒントを言ってくれたりするから聞き逃せない。
英語でのインタビューは同時通訳で日本語に翻訳されているから、英語なんてちんぷんかんぷんの俺でも何を言ってるかわかるからありがたい。
と、そろそろデッキの話題が出てくるかと思ったら出てきたのはきれいな女の人だった。
「なんだ?」
「次の対戦相手……じゃないよな、決勝戦だし」
日本語通訳が一瞬遅れて、それから驚いたような声音で訳文が告げられる。
『優勝できたら、彼女に結婚を申し込むつもりだったんです!』
わああああああ! とわきあがる歓声。敗者になったデュエリストも惜しみない拍手をおくっている。
「あの女の人、フィアンセだったってわけか。ここを婚約会見場にする気かな」
デッキの話題はどうなるんだよ。少し不満げなヨハンをまあまあとたしなめながら、ふと思いだした。
「ヨハン、フィアンセってなんだ?」
「は?」
俺の問いかけに、ヨハンは目を点にして固まった。俺、何かヘンなこと言ったか?
「十代、フィアンセを知らないのか!?」
「……ああ」
もう卒業していった、顔も覚えていない暑苦しいテニスデュエルの部長の言葉を思い出す。たしか――。
「明日香のフィアンセになるとか、どうとか……」
結局、明日香もジュンコもももえも翔も『フィアンセ』がなんなのか教えてくれなかったんだよな。
「明日香のフィアンセ? 十代が?」
俺の呟きを聞きとめたのか、ヨハンの顔がわずかにしかめられた。
「いやいや、そうじゃなくて。なんかそういう条件のデュエルで勝ったんだけど、俺フィアンセって何かわかんないからさ。明日香に聞いたけど教えてくれなくて結局わかんないままなんだよ」
「そりゃスプーン投げたくなるな」
「は?」
俺の説明に納得したんだかしないんだか、ヨハンの表情は険しいままだ。
試合が終わったからか、時折他のブースのドアが開閉する音がきこえてきた。気がついたら閉館時間間近。
「あーすごかった! 帰ろうぜ、ヨハン」
「……ああ」
テレビを消してリモコンと鍵を手に取る。コレを司書のお姉さんに返したら、今見たデュエルのことをまた語り合うんだろう。
その時間にわくわくとしながら、ブースのドアに手をかける。
「十代」
「あ?」
ヨハンの手が、ドアにかかった俺の手を掴んだ。なんだ、ドアに罠でもあるのか?
俺の困惑が顔に出たのか、ヨハンは何かを考え込んで、そして尋ねてきた。
「十代は、俺と一緒にいて楽しいか?」
何をいきなり。
「楽しいに決まってるじゃん! ワクワクしてるぜ!」
だから早く帰ってさっきまとめたカードのリストを吟味しよう。俺は、少し焦っていた。
「じゃあ、俺のこと好きか?」
「ああ、好きだけど」
嫌いな人間と一緒にいるほど俺は人間できてないし、ヨハンと一緒にいるのは本当に楽しいしな。
当然といえば当然のといかけだから、返事が相槌みたいになってしまったことに、俺は気づかなかった。
掴まれていた手に、ぐっと力をこめられる。
「ヨハン、痛いぞ」
思わず文句を言って振り向くと、首の後ろに腕を回されて、そのまま壁と背中がぶつかった。
間近に迫る翡翠が薄く開かれたまま、唇に触れるモノ。
また、だ。
何度となく唇が触れあう。薄い皮膚から伝わる熱は、あの作戦のときよりずっと熱い気がする。
「なにすんだよ、ヨハン」
唇が離れた一瞬を狙って小声をあげるけれど、ヨハンはそれどころじゃないらしい。
「目を閉じろって、十代」
逃げたくても、首の後ろを掴まれちゃ逃げられない。突然の仕打ちに戸惑っていた俺は、言われるままにすれば早く終わるのかと単純に考えた。
ともかく、いくら外国人がキスが好きだからって、こう何度もされるってのはいくら俺でもさすがに照れるのだ。挨拶だと思っているから別段イヤだとも感じないけれど、ヨハンの場合、挨拶以外の場面も多いのが気にはなる。不思議と、それでもいやとは感じない。
目を閉じると、ヨハンの息を呑む音が聞こえて。
「あのな、十代」
「ん?」
目をぎゅっと閉じたまま呼びかけに答えると、ヨハンの腕の力がふっと抜けた。やっぱり、言われたままにして正解だったらしい。
「む、無理矢理でもダメなのか……。俺、どうすればいいんだ?」
肩に重みがかかり、頬に柔らかなものがさわさわと触れてくる。いい加減目を開けてもいいだろうか。
とりあえず目を開けると、俺の肩におでこを乗っけてがっくりしているヨハンの姿があった。そんなに落ち込むことがあったのだろうか。
「ヨ、ヨハン。なんかわかんないけど、元気出せよ、な?」
「ああ……」
どうしてか落ち込んでいるヨハンの肩をぽんぽん叩きながら、個別学習室を出てドアの鍵をかけたのだった。
で、結局フィアンセってなんなんだ?
今1期DVDを見てるんですが、テニスデュエルはもちろん「フィアンセって何だ」発言には目玉が飛びました…。(1.28)
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