それでも
(10のキスの仕方・無理やり - ヨハンSIDE)
かねてから、十代はものをよく知らないなと思ってはいた。
デュエル以外のことには無頓着。俺のほうが難しい日本語を知っているし、俺が何度となくキスをしてもちっとも意味を理解してくれない。……理解されて嫌われるのも困るけれど。
でも、それにしたって。
「ヨハン、フィアンセってなんだ?」
は、ないだろう!?
「は?」
思わず漏れた声は、なんとも間抜けだ。いや、顔も十分間抜けな顔になっているに違いない。
「十代、フィアンセを知らないのか!?」
いくら色恋沙汰に関心がないからといって、コレはないんじゃないだろうか。聞き違いだろうと望みをたくして問い返せば、返ってきたのは肯定の言葉。すなわち、知らないと。
間抜け面で固まった俺の耳に、十代の言葉の続きが聞こえてくる。
「明日香のフィアンセになるとか、どうとか……」
……明日香の? ぴくり、と耳が動いた。
十代と明日香がフィアンセ? 二人でいるところはあまり見たことがないが、それでもそんな空気はこれっぽっちも感じなかったんだが。
思わず再び問い返すと、単にそういう条件のデュエルを『フィアンセ』の意味を知らないまま勝ってそのままになっているらしいという返事がかえってきた。
多分、十代は明日香本人に聞いたのだろう。目に浮かぶようだ。誰も意味を教えてくれなかったというのではなく、教えられる雰囲気じゃなかったというのが正しいのだろう。
このデュエルアカデミア本校随一のデュエリストでありながら、色恋沙汰の気配がほとんどないのは、十代がデュエル以外には無意識に無神経だからだろう。
「そりゃスプーン投げたくなるな」
「は?」
たしか、『サジ』はスプーンでいいんだよな?
そんな無意識に無神経な十代が、俺の真意を理解してくれる日なんてものはもしかしたら永遠に来ないような気がする。十代にとって俺は気の合うデュエリストで、親友で、多分、それ以上にもそれ以下にもなれない。身近なデュエリストとしては一番好かれてるってうぬぼれてもいいと思うけど、俺はそれ以外でも好かれたい。
「あーすごかった! 帰ろうぜ、ヨハン」
すでに終わってCMが流れているテレビを消した十代が、手にカギとリモコンを持って立ち上がる。あちこちでも同じような物音がしているから、皆このデュエルを見ていたのだろう。
狭い部屋だから、モニターからドアまでは距離がない。早く帰りたいらしい……さっきのデュエルの流れをいろいろと話し合うのは俺も楽しみだけれど……十代がドアノブに手を掛けたのを見て、思わず手が動いた。ドアを開けさせないように、十代の手に自分の手を重ねる。俺の突然の行動に十代は驚いたらしい。呆然とこちらを見上げてくる。
そんな十代の困惑げな顔を見つめながら、俺は尋ねた。
「十代は、俺と一緒にいて楽しいか?」
「楽しいに決まってるじゃん! ワクワクしてるぜ!」
即答された返事は、『デュエリスト』としてのもの。俺が聞きたいのは、そういうことじゃないんだ。十代には回りくどい言い方をしても理解してもらえないのは短い付き合いでもわかりきっていたから。
「じゃあ、俺のこと好きか?」
だから、真っ向勝負で、ストレートに聞いてみた。
「ああ、好きだけど」
返答はあっさりとしたものだった。望んだ答えだけれど、そうじゃない。やっぱり『デュエリストとして好き』だと返されて、俺は腕に力をこめた。
違うんだよ、十代。俺が言いたいのは、そうじゃなくって……! 無理矢理顔をこちらに向けて、ちゃんと言わないとわからないのか。
「ヨハン、痛いぞ」
そう思っていたら、十代が俺の心情を読んだようにこちらに顔を向けてきて。
気づいたら掴んでいた手を引いて、首の後ろに腕を回して十代を壁に押し付けていた。
やばい。内心ではそう思っていても、これくらいしないと十代はわかってくれないと行動を否定できない自分がいて。嫌われたら、とかそんなことを考える余裕なんてどこにもなかった。
俺の名前を呼ぼうとした唇をふさぐ。
初めてのときよりずっと愛おしくて、ずっと触れていたくて、何度も何度も。
様子を伺うと十代は目を開けたまま俺の口付けを受けていた。引き離すこともなく、ただ固まっている。
「なにすんだよ、ヨハン」
息苦しさにひと呼吸置こうと唇を離したとたん、十代がようやく文句を言ってきたが、俺も言いたかったんだ。
「目を閉じろって、十代」
キスを拒まないなら、目を閉じてほしい。拒まれていないのは、ちゃんと伝わったからだって信じたかった。
だが、俺はすっかりのぼせあがって忘れてしまっていたのだ。相手は『フィアンセ』の意味も知らなかったということを。
十代はたしかに目を閉じてくれた。
それはもう、ぎゅっと。嫌いなモノを食べたような雰囲気のただよう閉じ方で。
……さすがに傷つくんだけど、十代。
「あのな、十代」
「ん?」
キスされてもイヤじゃないくらいに好かれているのか、嫌いでしょうがないのか、わからないぞ。
十代の無意識な無神経さがこんなに憎かったことはない。返って来る相槌がなんとも普段どおりで嫌われているわけじゃないのだけはわかったけど、
「む、無理矢理でもダメなのか……。俺、どうすればいいんだ?」
ふらふらと力が抜けて、俺は十代の肩に顔を埋めた。いやもう、泣きたいよホント。
俺の慟哭を知ってか知らずか、十代は俺の肩を優しく叩いてくる。その優しさも、今はちょっと痛いぜ。
「よ、ヨハン。なんかわかんないけど、元気出せよ、な?」
「ああ……」
この無意識に無神経で無防備な存在がそれでも好きで。
俺はこれ以上欲張ってはいけないのかな、と思い始めていた。
書いててすんごい自分でも切なくなりました。がんばれヨハン!(2.6)
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