寸止め



 お気に入りの昼寝場所は、今日は風もおだやかで絶好の昼食日和。
「おお、エビフライだ!」
 ぱか、と開けた弁当箱にひときわ輝くさっくり揚がった衣と赤い尻尾に思わずよだれが。
「たしかにうまそうだ……って、十代、よだれが落ちるぞ」
 同じ弁当箱の中身を確認したヨハンがミネラルウォーターのボトルを開けながら俺の顔を見て笑う。
「だってさ、うまそうじゃん! 早く食おうぜ」
「ああ」
 二人声をそろえて「いっただきまーす!」と箸を手に取る。ヨハンの弁当箱にはちゃんとフォークがついていた。

 デュエルのことになると平気で寝食を忘れる俺たちに、トメさんが「あんたたち本当にデュエルが好きなんだねぇ」と豪快に笑いながら持たせてくれた弁当は、とても美味しい。なんていうか、あったかくて。
「このタマゴ焼きもうめえ! ポテトサラダもうめえ!!」
 多分、このポテトサラダはドローパンの具にもなっているのだろう。黄金のタマゴパンに埋もれているけれど他のパンの具だって美味しいのだ。たまにそれパンの具じゃないだろ、というのが入ってたりするけど。
「俺までもらってよかったのかなぁ。トメさんのゴハンはすごく美味しいけど」
 別の寮の学生、ということになっているヨハンがちょっと考え込んでいる。俺ならあんまり考えないでありがたくもらうけどな。
「なんか、校長の弁当のついでだって言ってたからいいんじゃないか? それよりエビフライ食わないならくれよ」
「ああ、いいぜ。じゃあ煮物をくれ。この煮物本当に美味しいよな。日本食最高だぜ!」
「うっ……エビフライも食いたいけど、煮物も食いたい……。でもやっぱりエビフライにする!」
 弁当の中身を交換しつつ、午前中の実技デュエルの反省会をしながら昼休みはまったりとすぎていく。


「で、ここでこのカードを使ってれば、もっと楽になったのかもな」
「うーん、でも相手もそれを読んで罠カード伏せてただろ? 結局攻撃は通らないんだよなぁ。やっぱり本校の生徒は強いな!」
 デュエル強化のために呼ばれた留学生たちとの実技デュエルは、見てるだけでもおもしろい。今日のヨハンの相手はオベリスクブルーの2年生だったはずだ。宝玉獣対策をいろいろ考えてデッキを組んでいたようだけど、結果はヨハンの勝利だった。
「でも、ヨハン、こいつを伏せてただろ?」
「! そっか。最初こいつを発動させておけば良かったのか」
 あちゃー、やっちまった。
 ばつが悪そうに頭をかいて、ヨハンは水筒のフタに熱いお茶を入れていく。これもトメさんが持たせてくれたものだ。
「あ、俺も飲む」
「おう、ちょっと待ってろよ」
「淹れてくれるのか? サンキュ!」
 自分の分を汲み終えたヨハンが俺の分を入れてくれてる間、さっきのデュエルの展開を頭の中でなぞっていく。もし俺が今指摘した伏せカードをヨハンが発動していたらどうなったのだろうか。相手の手札からデッキの構成を予測して次の手を予想……なんて三沢みたいな面倒なことは考えられないから、とりあえずヨハンのほうから考えてみる。宝玉獣に限らず、ヨハンのデッキは個性的でおもしろい。ついでに、俺が相手だったらとか、相手が俺のデッキと戦った場合どうなるんだろうとか考えるとワクワクしてきた。
「ほら十代」
「ん」
 並べられたカードを前に頭の中でデュエルをしている俺に、ヨハンがもう一方のフタを手渡してくる。それを受け取って勢い良く喉を潤して…………って!
「あちぃっ!!」
 喉を通り抜ける熱さと舌をざらざらと刺激していく液体に、俺は盛大にむせそうになった。
「十代!?」
 ぎょっとして立ち上がりかけるヨハンを手だけで制して、俺はひりひりする舌がどこか……特に歯に……ふれないように言葉を発する。
「らいひょふらいひょふ、ひははへほひは」
「……何て言っているかわからないぞ? お茶が熱くてヤケドをしたのか?」
 わからないというわりに状況を瞬時に判断してくれた。涙目で頷く俺を、ヨハンは「十代らしいな」と笑う。なんだよ、俺らしいって。
 それにしても舌がひりひりする。口を閉じてればどこかに当たって痛いし、口を開いて舌を出してれば空気で乾いて余計ひりつく。どうすればいいんだ。
「大丈夫か、十代?」
「うん……ちょっとはマシ……ひぃっ!」
 喋ったら思いっきり下が歯に当たって再び奇声を発してしまった。マジでいてえ。
 再び犬みたいに舌を出しっぱなしにしようかと考えていると、ふっと顔に影かかかった。

「十代、そういうのは舐めときゃ治るぞ」
 心配そうなヨハンの顔が近づいてくる。舐めときゃって、それは舌以外の話だろう……ん?
 一度、交わしたことがある会話だと唐突に思い出して、俺ははっとする。
 おデコをぶつけてデコチューしてきたときも、こんなこと言ってなかったか、ヨハンは。
 で、こんど怪我というかヤケドしたのは……。
 唐突にキスをされたときの唇を舐められた生々しさを思い出す。あれを、舌でされたらなんて想像がつかないぞ!
 ヨハンの顔があと数センチに迫っていて、俺は思わず「待った!」と叫んでいた。
 手に、並べられたカードの一枚を持って、ヨハンの口元すれすれに突きつけて。
「大丈夫だから、舐めるのは勘弁してくれ!」
 痛いけどそれどころじゃない。語気を強く言ったせいか、ヨハンの顔が一瞬驚愕に歪んで、すこし残念そうな顔をする。それに、すこし胸が痛んだ。

 ……あれ? なんで胸がちくちくするんだ?

 俺の言葉に「そうだよな」と笑ったヨハンは、「でも」と付け加えてくる。
「十代、いくらなんでも俺に《強欲な壷》とキスさせようとするのは勘弁してくれ」
「へ?」
 無我夢中で俺がヨハンの口元につきつけたカードをひっくりかえしてみると、そこにはおなじみの顔が描かれていた。
「ヨ、ヨハンが変なことしようとするからだろっ!?」
「変なことって、キスは別に変なことじゃないと思うけど」
「いや、だからっ」
 なんで俺にキスしようとしてくるのかと!
 と、言いかけて、俺はヨハンが自分の足元においていたものに気づいた。
「ヨハン、その水くれ!」
「え」
 返事を待たずにひょいとミネラルウォーターのボトルを開けて喉に流し込む。ひりついた喉と舌に優しい潤いがもどってほっとする俺に、今度はヨハンが慌てた。
「十代! それはっ」
「どうしたんだ、ヨハン? ごめん、もしかしてお前も水飲みたかったのか?」
「いや、だからっ」
 水もらっただけなのに、何で顔を赤くしてるんだ? 持っていた『強欲な壷』のカードに問いかけてみても、おなじみの顔はニヤニヤと笑うだけだった。


ベロチューは阻止しても間接キスには気づかない十代と
ベロチューはためらわないのに間接キスには慌てるヨハン的に(そのまんま)(2.1)
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