意識
(10のキスの仕方・寸止め - ヨハンSIDE)
空は抜けるように青く、風はかすかに感じる程度。
手にはもらいものの弁当箱を抱えて。……くれたのは購買部のトメさんだ。
「おお、誰もいないなー!」
「ああ!」
俺と十代は今日もデュエルの話をしながら昼食をとる。
個別学習室でキスをした一件から、俺は何度も何度もこれ以上欲張っちゃいけないと思い続けている。
こうやってデュエルの話をするだけでも、一緒にいられるだけでも楽しいじゃないか。俺が望む関係はまず十代には望めない。『天然』という一言では片付けられないほど無意識に無神経で無防備だから、十代が望む関係でいたほうが近くにいられるんじゃないか、って。
……単に、親友だろうと好きな相手だろうと、あまり難しく物事を考えない十代を放っておけないのは同じだけな気もする。そう、要は俺にとって十代はとても放っておけない人間なのだ。だから近くにいたいと思う。
「それよりエビフライ食わないならくれよ」
他の寮の生徒ということになっている俺が弁当をもらってもいいのかと悩んでいても、十代はやっぱり難しいことは考えない。それどころか、俺の弁当に入っているエビフライをくれ、と言ってきた。十代、こういうのは等価交換で成り立つんだぜ。
「ああ、いいぜ。じゃあ煮物をくれ。この煮物本当に美味しいよな。日本食最高だぜ!」
「うっ……エビフライも食いたいけど、煮物も食いたい……。でもやっぱりエビフライにする!」
エビフライが食べられないのは残念だけど、煮物ももらえたし、十代は嬉しそうだし、いいか。
午前中は実技デュエルだった。俺が対戦したのは青い制服の2年生で、宝玉獣対策をいろいろしてきたらしい。俺と家族たちの絆は、生半可なデッキじゃ崩せやしないんだと勝利を収めてきたが、反省点は多々ある。
「で、ここでこのカードを使ってれば、もっと楽になったのかもな」
「うーん、でも相手もそれを読んで罠カード伏せてただろ? 結局攻撃は通らないんだよなぁ。やっぱり本校の生徒は強いな!」
一番強いのは十代だろうけど。それは心の中でだけ呟いておく。
今まで何人かの生徒とデュエルしてきたけれど、十代ほど手ごたえのあるデュエルをできた生徒とは出会えなかった。
「でも、ヨハン、こいつを伏せてただろ?」
それに、俺が気づかないことまで気づかせてくれる。
「! そっか。最初こいつを発動させておけば良かったのか」
伏せカードを発動させておけば、相手の次のターンの攻撃をうまく回避できたってことに気づいて「あちゃー、やっちまった」と頭をかく。
なんだか恥ずかしくなって手元にあった熱いお茶のポットを手に取った。筒の両方が蓋になっているやつだ。
「あ、俺も飲む」
自分の分を注いでいると、十代もリクエストしてきた。
「おう、ちょっと待ってろよ」
「淹れてくれるのか? サンキュ!」
自分の分を汲み終えてから、十代の分の蓋をとって汲んでいく。まだ熱いらしいお茶は湯気を立てていた。
十代のほうを覗き見れば、カードを見てあれこれ考えているようだ。あまり物事を考えない十代だけど、デュエルになると話は別だった。
いったい、どんなことを考えているんだろう。真剣なまなざしはカードにだけ向けられて、俺の胸が小さく痛んだ。――ほんの少しでいいから、その視線を俺にも向けてくれればいいのに。
そんな女々しい考えに首を振って、俺はお茶を入れた蓋を十代に差し出す。
「ほら十代」
「ん」
蓋を受け取っても、十代の視線はカードに向けられたままで。
俺も蓋を手にお茶を一口飲んだとたん、
「あちぃっ!!」
十代の絶叫にお茶を噴きそうになった。
「十代!?」
立ち上がりかける俺を制止して、十代は口を開いたまま何か言っている。
「らいひょふらいひょふ、ひははへほひは」
――大丈夫大丈夫、舌火傷した……かな?
「……何て言っているかわからないぞ? お茶が熱くてヤケドをしたのか?」
一応確認をとると、十代は涙目で頷いてくる。その上目遣いはとても俺の身体に悪い。
「十代らしいな」
その無意識加減は、と続けようとしたがやめた。十代が気づくわけがないからだ。
よほどお茶が熱かったらしい。赤い舌を出して必死に冷やしているが、この気温じゃそれは望めない。
そこでふと、以前あったことを思い出した。
あのときは『消毒』って言ったけど、こんなときにもきっと使えるよな……?
「十代、そういうのは舐めときゃ治るぞ」
どこが火傷したのかわからないけど、とにかく痛みを引かせてやれればいいかな、と顔を近づければ「待った!」と、目の前に何かを突きつけられた。
「大丈夫だから、舐めるのは勘弁してくれ!」
強い拒絶。そんなに、イヤなのかと胸にちくちくと痛みが襲ってくる。
俺の様子に十代の顔も傷ついたような表情になって、俺は慌てて会話を探した。そんな顔をさせたいわけじゃないんだ。俺は慌てて笑みを作ってカードを指差した。
「そうだよな……でも十代、いくらなんでも俺に《強欲な壷》とキスさせようとするのは勘弁してくれ」
「へ?」
十代、何のカードをつきつけたかわかってなかったのか。
「ヨ、ヨハンが変なことしようとするからだろっ!?」
変なことって、そういえば、俺がしようとしていたこともキスのうちに入るんだろうなと思いつく。別に不純な動機でなければいいんじゃないのか?
「変なことって、キスは別に変なことじゃないと思うけど」
「いや、だからっ」
ただの治療だし、と言い返そうとして、十代が俺のそばにあったボトルを取り上げたのを見た。
「ヨハン、その水くれ!」
「え」
まて、ソレは……っ! 俺の飲みかけ! 思いっきり口をつけたやつだ!
「十代! それはっ」
俺の制止もむなしく、水はどんどん十代の喉に流れ落ちていった。そして空っぽになるボトル。ああ、これって間接キス……になるんだろうか。
「どうしたんだ、ヨハン? ごめん、もしかしてお前も水飲みたかったのか?」
「いや、だからっ」
幸いにも十代は気づいていない。
『キスは変なことじゃない』と言ったくせにこんなことを思いっきり意識している自分をバカにしながら、俺は空のボトルを思わず抱きしめた。
すみませんコレ書いてたときは《強欲な壷》が禁止カードだったとは知らずorz
いっそ《強欲な贈り物》にしようかとも思ったけれど普通のデュエルでは
まずデッキに入れられなさそうなのでそのままです(2.11)
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