恋の辛さ
(10のキスの仕方・横からこっそり - ヨハンSIDE)
なかなかレンタルが空かないデュエルトーナメントのDVDをようやく借りることができて、俺は最高に気分が良かった。
「十代、この間言ってたトーナメントのDVDがやっとで借りられたんだ。これから上映会しようぜ!」
「マジで!? 行く行く!」
十代も誘って、向かった先はレッド寮じゃなくて俺の仮のすみかになっているブルー寮。
他のブルー寮の生徒よりずっと良い部屋らしいがあいにくと、俺は週に一度くらいしか使わない。たいてい十代の部屋で話し込んでいるうちに門限が過ぎてしまって結局、レッド寮に寝泊りすることになるからだ。ついでにレッド寮のほうがみんなでわいわいできて俺は好きだけど。十代もいるし。
ついでに、珍しくこの部屋で眠るときもたいてい十代が泊まっていく。理由は俺がレッド寮に寝泊りするのと同じだ。十代も俺も、こんなに広くて豪華な部屋は性に合わないらしい。広くて、寒々としているから、一人では辛いのかもしれない。その証拠に、十代がいるだけですごく部屋が明るくなる気がするのだ。
「俺、これからシャワー浴びてくるけど、十代はどうする?」
テレビの前でソファに座っている十代に問いかけると、十代は「俺パス」と返してきた。
「こっちに来る前に温泉に入ってきたからさ。ヨハンも入れば良かったのに」
「俺、風呂はのぼせるんだよ」
温泉という言葉にはものすごく心惹かれるものがあるが、俺の住んでいた場所より暖かいこっちで入ったら、間違いなくのぼせる。祖国にいた頃は自家用サウナだったし。
こんな会話をかわしながら、俺はシャワールームへと入って、溜息をついた。
「いや、一緒に入るとか、無理だろ」
これが出会った頃……親友になりたての頃なら一緒に風呂とかでも良かったのかもしれない。このアカデミアの温泉はレジャー施設のようだとも聞いていた。なんでも、一度精霊の世界に繋がったこともあるらしい。俺も会ってみたかったなぁ、カイバーマン。
だけど、今となってはだめだ。なんていうか、目に悪い。
何度か掴んだ腕や肩の意外な細さだけにでもどきりとするのに……って、こんなことを気にする俺は絶対に変だ。
「……はぁ」
知らず溜息が漏れる。
『どうしたんだ、ヨハン?』
俺の溜息を聞きつけたトパーズ・タイガーがすぅっと姿を現した。
「なんでもないよ」
『何でもなくはねぇだろ。そのしけた面は男前が台無しだぜ?』
「そうだよなぁ……」
鏡を見て、再び溜息をひとつ。今の俺ってばとんでもなく情けない顔をしている。
「あーあ……。真っ向勝負も不意打ちも全然通じないんだもんな。そのうえ不意打ちされてくるし、俺、どうしたらいいんだろうな」
『何だよ物騒だな? 闇討ちでもされたのか?』
俺の呟きを何か他のものと勘違いしたらしいトパーズ・タイガーは、次の瞬間『ぎゃっ』と悲鳴を上げた。
『話の中身をちっともわかってないんだったらひっこんでなさい!』
『な、何しやがる!?』
トパーズ・タイガーの顔に爪跡を残したのはアメジスト・キャットだった。恨みがましい唸り声をあげて消えていくトパーズ・タイガーを鼻で笑って見送る彼女の表情は、怖い。
『ヨハン、十代へのキスのことを言ってるなら、真っ向勝負じゃなくて実力行使だったと思うわ』
「う」
確かに。あの、十代を好きだと気づいたきっかけになったあのキスは真っ向勝負じゃ無理な気がすると思ったきっかけでもあったんだ。
「どうしたらいいんだろうな、アメジスト・キャット。十代といるのはすごく楽しいけど、同じくらい苦しいかもしれない」
『それが恋の辛さってものなのよ』
家族の言葉はものすごく自然に俺の中に入り込んでくる。家族たちに感じる思いとは違うものを十代に抱いた俺にも、家族は変わらず愛情を向けてくれているのだ。
『恋の辛さは、成就したら素敵な思い出に変わると思うわ』
「実らなかったら?」
『そんなことを考えてはだめよ、ヨハン』
確かに、そのとおりだよな。いくら相手が男で無意識に無神経な天然だとしても、俺は……諦めたくないんだ、やっぱり。
そのためには、やっぱり少しでも気づいてもらえるようにしないといけないのかもしれない。とにかく、今のままじゃ辛いだけだ。
そんな俺の心情を知ってか知らずか。
試練はいきなり訪れた。
シャワーを浴びて戻ってくると、十代がベッドで寝息を立てていた。
「な。なんで……」
広いベッドの何故か端っこで背を丸くして寝息を立てている十代。
俺の肩に乗ったルビーがどうしてこんなことになったのかを教えてくれた。
――俺を待っていた十代は、どうやらこのベッドをトランポリンにして遊んでいたらしい。ルビーやハネクリボーもいっしょになって遊んでいたようだが、いつの間にか遊びつかれて眠ってしまったのだという。そんなに長く風呂場にこもっていた気はないんだけど。
『るびー』
『クリクリー』
申し訳なさそうな二人に「気にすんなよ」と声をかけて、さて、とベッドを見遣る。
いつもなら、十代はベッドではなくソファで眠る。
俺としては狭いソファよりはベッドで一緒にでも良かった……と思っていたときもあった。
寝相が良くないと言っていた十代は本当に寝相が悪かったらしい。次の日に起きたら、ソファから落ちていたのに平和そうにいびきをかいていた。そのとき俺は「こりゃ蹴られたかも」と思ったものだったけど、今は別の理由でソファで寝てもらっていたのだ。
「これは、据え膳なのか……?」
『ヨハン、それは悪い考え方だと思うぞ』
俺の呟きにサファイア・ペガサスの冷静なツッコミが入る。
「わかってるよっ!」
それにしても、なんでこんな広いベッドでこんな端っこで丸まってるんだ?
家族たちの目に見えない視線を感じつつ、俺はベッドに近づいた。
膝を抱えてうずくまるように眠っている十代は、普段見る寝顔とは違って、ただ無表情だった。いつもなら寝ててもこんなに表情があるのかと面白がっているのに、今はただただ表情が読み取れない。それだけ、今の十代は無防備だということなのだろうか。
起こしてソファに移動させるのもなんだか心配で、このままベッドを貸してやろうと決意する。とりあえず、十代の赤いジャケットを脱がせてソファにかける。それから、毛布をひっぱりあげて、十代にかけてやった。
「俺はソファで寝るか……」
部屋の主がソファ、ってのも変な話だけど今回ばかりはしょうがない。
クローゼットから予備の毛布を取り出して、アンティーククロックを見ると、そろそろ10時になるといったところだった。十代、本当に早寝だな。
そのまま部屋のライトを消そうとスイッチに手を伸ばすと。
「……ぅ……ん」
ぱたぱた、と十代のうめき声と何かをたたく音が聞こえてきた。
「十代?」
目が覚めたのかと思ったら、そうではないらしい。眠ったまま毛布をぱたぱたと叩いて、それから。
「……あ」
俺の唇から、思わず声が漏れた。
十代が、とても悲しそうな顔をしたのだ。
こんな顔は見たことがない。いつも天真爛漫に笑っているイメージが強かったから、こんな顔とは縁がないと思っていたのに。
そして、毛布を叩いていた意味もなんとなく理解する。
「そっか。そうだったのか……」
きっと、俺だからわかったかもしれない十代の無意識の訴え。
俺が十代を放っておけないのは、無自覚で無意識に無神経で裏表がないから、きっと自分のなかの悲しさや寂しさにも気づいていないんじゃないかと思ったからだ。それはとても危ういもので、だから放っておけない。
俺が十代の姿が見えないと寂しいと思うように、十代もそう思っていてくれればいい。でも、思っていることに本人が気づけなかったら? いつか気づいたとき、その重みに負けてしまうんじゃないかって心配になる。十代なら大丈夫、なんて保障はどこにもないのだから。
この空いたスペースは、誰かが眠るための場所。
その誰か、は今は俺しかいないのだ。
「まったく、しょうがないなぁ」
言い訳みたいに呟いて、俺もジャケットだけ脱いでベッドに潜り込む。十代にかけてやった毛布がめくれないように適度な距離をとって、
「いい夢見ろよな」
小さく頬に口付けた。
俺の言葉を聞いているわけがないのに、十代がとても幸せそうな笑顔を見せてきて、俺は慌てて十代に背中を向けて眠りの体制に入ったのだった。……やっぱりどきどきしっぱなしだった。
そのどきどきの中、とても良い夢を見たような気がする。
そして目が覚めると。
「あれ、十代……?」
ベッドのどこにも、十代はいなかった。
『お、お早うヨハン』
「ああ、おはようアメジスト・キャット。十代は?」
俺を起こす係だったらしいアメジスト・キャットに問いかけると、返って来たのはなぜか慌てた声だった。
『帰っちゃったわ。よ、用事があるって! ね!』
『るび〜』
『あん? そうだったっけ?』
『アンタは黙ってなさい!』
『ってぇ!?』
またもアメジスト・キャットとトパーズ・タイガーの諍いが始まった。
それをいさめながら、俺は夢の中での十代からの頬への口付けと、目が覚めたあとの十代がいない寂しさに『恋の辛さ』ってやつを改めて痛感するのだった。
十代サイドとはうってかわってシリアスになりました。
本当に無意識にヨハンにSOS出してる十代って萌えませんか。(2.21)
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