一番大切な相手
(10のキスの仕方・振り向きざま - ヨハンSIDE)
十代は、俺が予想する展開の斜め45度を行く、というのはわかっているつもりだったけれど、ここまでだとは思わなかった。
「……は?」
俺の一世一代(って言うんだよな、こういうとき)の告白だったはずなのに、十代からかえってきたのは間の抜けた声だった。
俺の告白を聞いてショックを受けている、というわけではなさそうだ。っていうか、まるっきり伝わっていない。……恐ろしいことに。
「……十代、俺が言った意味わかってるのか?」
一応、笑顔を浮かべて聞いてはみるけれど、ひくひくと口元がひきつっているのがわかる。いくらなんでもこの反応は、怒るっていうか泣けるぞ。
「いや、全然。好きだからって、キスはどうかと思うぞ」
答える十代は眉をしかめている。本当にわかっていないんだな、こいつ。そう思ったら溜息がでてきた。
鈍感も、ここまでいくと記念物ものだ。
いくら無意識で無自覚で無神経だっていっても、ストレートすぎる言葉さえわかってもらえないのは相当傷つく。
「あのな、十代。普通、好きだからキスをするんだぞ?」
どうしようもなく好きだからキスしたいって思ってるってことを、どう言ったらちゃんと伝わるのかわからない。遠まわしに言ってもストレートに言っても伝わらないんじゃ、結局出てくる言葉はシンプル極まりないものになる。
俺の言ってることがわかっているのかいないのか……多分わかってない……、十代はとてつもなく微妙な表情でこちらを見てくる。が、その視線が俺の後ろに向けられていることに気づいて、振り向いてみた。
そこにいたのは、宝玉獣たち。アメジスト・キャットが呆れた表情をしていたのはおそらく十代しか気づいていなかったからだろう。俺にまで見られていると気づいたら顔がいつもの凛とした表情に変わる。
彼らだけじゃない。十代のヒーローたちまでハラハラと俺たちを、十代を見守っている。
俺の視線に気づくと、みんなふっと表情をやわらかくした。
『ヨハン、がんばって!』
『るびっ!』
『我々も応援しているよ』
『クリクリ〜』
彼らの声は、きっと俺にしか聞こえていない。彼らの言葉(アクアドルフィンにはウインクまでされた)はくじけそうになっていた俺を奮い立たせるには十分だった。
ありがとう、みんな。
俺の心の中のお礼がわかったのか、みんな笑みを浮かべながら消えていく。
自然と俺も笑顔になった。
シンプルだっていいじゃないか。十代は決して飾った物言いはしない。いつだってシンプルでストレートだ。それは、デュエルでも生き方でも変わらない。
この想いは、シンプルに伝えたほうが、絶対に伝わるんだ。
だから、改めて。十代に向き直って、一言告げた。
「俺は、十代が好きなんだ」
言ってみて、こんなに素直に『好き』だなんて言ったのはもしかしたら初めてじゃないか? と思った。
きっかけは、ただの好奇心。あの唇に触れたらどんな感じがするだろうって、それだけだった。そう思っていた。キスしてみてわかったのは、十代を『好き』だという思い。
「ヨハン、俺を『好き』って今まで一度も言ったことないのに、なんでだよ」
十代の問いかけは、俺が思っていたことと同じだった。やっぱり、変だって思われてもしょうがないよな。
『好き』だという思いがキスをするたびにどんどん強くなっていくのがわかって、それだけ『好き』だと言えなくなった。十代には『好きか?』なんて聞いておいて自分からは言わなかった。言わなくても、ここまで『好き』なら伝わるだろうなんて勝手に考えて、伝わらないことにがっかりして諦めようとしては諦められなかった。
「本当に『好き』だって気づいたら、簡単に言えないだろ」
アメジスト・キャットはこれを『恋の辛さ』と言った。
好きだと思うたびに感じる幸福と焦燥の繰り返し。
現状で満足なんてできるわけもなく、でも伝えても叶うわけがないと何も言えず。
そんな俺の態度が、十代にも辛さを味あわせてしまったというのだろうか。
思わず顔をそらしてしまったけれど、姿を消したはずのアメジスト・キャットの声が聞こえてくる。
『そこで顔をそらしてどうするのヨハン! ちゃんと、十代を見て、伝えなきゃ!』
その声に後押しされて、俺は十代に向き直る。ちゃんと言わなきゃ、何も伝わらない。
「俺は十代と一緒にいたいから、いえなかったんだ。気持ち悪がられてもう近くにいられなくなるのも嫌だったし、だったら『親友』でもいいって思ったこともあったけど、やっぱり『親友』よりずっと十代が好きなんだよ」
ただの友達に、こんなキスしないぞ。
十代の肩を掴んで、もう一度、さっきと同じくらい優しいキスを、今度は唇に。
薄い唇越しに伝わってくるのは、熱いほどの感触と、震えだった。震えは次第に掴んでいた肩にまで伝わって、
「な……で、くるしいんだろう」
十代が胸のあたりをおさえながら呟くのが聞こえた。
ああ、やっぱり。十代にも辛い思いをさせてしまっていたんだ。
腕を十代の背中に伸ばして、何度も撫でる。俺より少し小さい背中は震えていたけれど、せめて、その震えをどうにかしてやりたいって思った。
「ヨハンにキスされると、すっげえ苦しいんだ」
落ち着いてきたらしい十代の口から出てきたのは、とてもシンプルな言葉で伝えられる現状。
「それは、俺が嫌いだから苦しいのか?」
どうであれ、原因が俺なら、俺がどうにかできるはずだ。俺の気持ちひとつで、言葉ひとつで。
十代は首を横に振って、俺の問いを否定した。
「そんなわけないだろ。俺はヨハンを普通に好きだけど……でも、キスって、本当に大切な相手にだけするもんだって……」
本当に大切な相手?
十代の口から出てくるにしては、随分大人向けな単語じゃないか?
「誰に言われた?」
「トメさん」
やっぱり、誰かの言葉だったんだな。
十代はその話を聞いたときのことをぽつぽつ話してくれた。『キスは、一番大切な相手にするもの』だって言われたときのことを。
――トメさんといえばノース校の校長が『購買部のトメさんにくれぐれも! よろしく伝えてくれたまえ!』とものすごく力説していたような気がする。すっかり忘れてたぜ。まぁ、今はそれどころじゃない。
『一番大切な相手』、俺にとってそれって……――。
「俺にとって、十代はその『一番大切な相手』ってことなんだけどな」
そう、十代にも伝わる言葉。それは、十代本人の口からもたらされた。
『一番大切な相手』って言ったとたんにこっちまで胸が苦しくなってきたような気がして、俺は苦しさを忘れるために十代の背を撫でる手に力をこめた。
どんな形であれ、『一番大切な相手』に苦しい思いを味あわせてしまった。
俺が何か言葉を告げていれば、もしかしたら味あわなくてもいいものだったのかもしれない。
だから、自然と「ごめん」と言葉がでてきた。
「なんだよ。何が『ごめん』なんだよ?」
十代が、はっと顔をあげてこっちを見てくる。また、俺は何も言わないでいようとしていた。それがダメだって、わかったはずなのに。
「今まで好きだって言わなくて、ごめん。やっぱり、いきなりだとビックリするよなぁっ!」
たはは、と笑って頭をかく。
結局、俺って十代のことばっかり考えてる気でいて、自分のことしか考えてなかったんだ。
「とにかく、今日は泊まっていけよ。こんな夜中に迷子になられちゃ俺も大変だしな」
明日、起きたらどんな会話をすればいいのかとても悩みそうだけれど、こんな時間に十代を寮を帰すわけにはいかない。冗談めかして言ったら、
「……迷子って、俺はヨハンじゃないぞ!」
いつもどおりの反応が返って来て、内心ほっとする。
「なんだよ失礼な奴だな!」
だから、俺もいつもどおりの反応をして、毛布を持ってこようと立ち上がる。
明日もちゃんとこんなふうに話せればいい、ってそんなことになったら、俺はこの思いを捨てなければいけないのだろう。そうなったら、せめて十代のために俺は……。
「ヨハン」
十代に名前を呼ばれる。どうしたんだ、いったい?
「ん、どうしたんだよ、十代」
振り向けば、いつのまにか十代はソファを立ち上がっていて。
ああ、随分と顔が近いな、なんて考えているうちに近づいてきたモノに息を呑んだ。
普段は遠くを見据えた、憧れている琥珀。故郷の大地を思わせる、俺にはない色。
ああ、キレイだなとぼんやりした瞬間に、その色は閉じられた。
代わりに、唇に触れる感触。薄い皮膚から伝わるものは、俺にはどう表現していいのかわからない。
今まで何度も触れたものに触れられると、こんなにも心地よさと苦しさにさいなまれるものなのかと思った。
「……俺も、ヨハンが『一番大切な相手』なんだ」
呆然とする俺の耳に聞こえてきた言葉は、俺の都合の良い夢なんじゃないかって思うほどだった。
今は開かれた琥珀が揺れている。いつも十代のことを考えているときの俺の瞳と同じように、『恋の辛さ』を感じているときのように。
そう思ったとたん、もう止められなかった。
俺が十代を想っていることと、十代が俺を想っていてくれてることが、同じだってわかったんだ。
「十代っ、お前は、本当にもう……っ!」
さっき優しくなでていた背中を掻き抱いて、何度も「好き」だって告げた。背中の服をぎゅっとつかまれたのがわかったから、そらされようとした顔をこちらに向けて、ちょっと優しくないキスをしてしまった。
でも、好きだって想いはこれでもかってくらい詰めたんだから、許してくれよな、十代。
一部自重していない人?がいますが仕様です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。(4.15)
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