女の勘
あたしたち『家族』の一番の末っ子は、とても綺麗な魂のいろをしたヒトだった。
こんな綺麗ないろの魂なんて滅多に見られるものじゃない。
あたしたちはヨハンの魂に惹かれて、そして呼ばれたのだ。
そんなヨハンだけれど、あたしだけが知っていることがある。
同じように綺麗で……でもちっとも似ていないいろの魂のヒト。
ルビーが見つけ出した、自分と同じ色の宝玉色のこども。
そのこどもに、ヨハンは恋をしているのだ。
『ヨハン、ついにやっちゃったわね』
部屋の主たちがこぞって温泉に出かけたのを見計らって、あたしは末っ子に声をかけた。
今更のように呆然としていたヨハンだけれど、あたしの言葉にはっとする。
「なんだよ、アメジスト・キャット。『ついに』って」
ぎょっと目を剥いて、ついでに手で唇を覆いながらきょろきょろと視線をめぐらせるヨハンのために、あたしは姿を現した。あたしの姿を見て安心したかと思ったら、触れられることができたら肩をがっちり捕まれたような形になったのかと思うくらいの勢いで詰め寄ってくる。
『ついに、十代にキスしちゃったのねぇって思ったのよ』
本当にこの子は……って思ったけれど、色は違えど綺麗な魂のいろに惹かれたあたしたちだから、ヨハンの気持ちがわからないでもない。
精霊は魂に恋をするけれど、魂の美しい存在もまた、同じ存在に惹かれるものなのだろうか。
……でも、たとえ先に十代と出会っていたとしても、あたしたちはヨハンを選んだだろうと確信できる。本能で感じ取る、不可解なもの。それって、やっぱり『恋』なのよね。
「……変とか思わないのか? 友達になりたてで、しかも男相手にキスとかしたんだぜ、俺」
普段は強気で無理矢理事を運ぶことも多いのに、こういうことに関しては少し及び腰だ。自分の感情に気づいてそれを持て余している感じが見て取れて、思わず苦笑してしまった。……しかも、十代がいないのを見計らって見られないのを確信して困った顔をしているのだから。
「何で笑うんだよ」
『ふふ、ごめんなさい』
笑ってしまったことを謝って、また溜息をついているヨハンの背中をぽんぽんと叩くような仕草をする。
『でも、ヨハンは十代のことが好きだから、きっといつかキスはするんだろうなって思っていたのよ』
正直、こんなに早いとは思わなかったけれど。
「普通、男が男にキスなんてしないだろ」
『普通ならね。でも、あなたも十代も普通じゃないじゃない』
「はぁ? なんだよそれ。俺も十代も、普通じゃないデュエルバカだって言いたいのか?」
この部屋の主のもう一人のほうがよく『ええい早く寝ないかこのデュエルバカども!』と夜更かしする二人を怒っているから、二人ともデュエルバカという自覚はあるみたい。
でも、ここではデュエルは関係ないのよね。
「あたしたちがあなたに惹かれたように、あなたは十代に惹かれているんだと思うの」
わかりやすく言えば、これだけのことなのだ。
女の勘で嗅ぎ取ったことが当たっていたようで、あたしとしても嬉しい。
同じように綺麗で、でもちっとも違ういろの魂を持っているから、もっと近くにありたいと思うのは当然のこと。きっと精霊も人間も変わらないことなのだと思う。
そういう惹かれ方は、ごく当たり前のことのようで、でも普通じゃない。
何しろ無意識に惹かれて、気づけば『好き』って気もちでいっぱいになってしまうのだから。
あたしの言うことに、ヨハンは唸りながら、
「よくわかんないけどさ」
と切り出してきた。
『なぁに?』
「結局、俺が十代を好きになっちまったってことにはかわりないんだよなぁ」
頭をかきながらばつが悪そうな顔をする。
『大丈夫よヨハン。そういう惹かれ方ってお互いがするものなんだから、十代も気づいていないだけかもしれないじゃない?』
「そうかなぁ。十代って、デュエル以外のことはけっこうどうでも良さそうだぞ」
『たしかに、そうかもしれないけど。でもそれ、ヨハンもそうだったじゃない』
「う」
ヨハンに近づこうとする人間を何人も見てきたけれど、あたしたちが認められるような人間は一人もいなかった。それ以前に、何よりデュエルなヨハンについてこられる人間は滅多にいなかった。正直、ここまでヨハンが短期間で心を許した存在は、十代が初めてなのだ。
だから、あたしとしては、ヨハンの望むようにさせてあげたい。
可愛い末っ子の恋路を応援しないわけにはいかないじゃない。
『あたしたちも応援するから、がんばって、ヨハン!』
「……がんばるって、具体的に何からはじめればいいんだよ」
あたしの応援に、今度は首を傾げるヨハンだったけれど、
「はぁ、気持ちよかったぁー!」
ガチャ、と建てつけのよろしくないドアが開く音がしたとたん、びくっと背筋を伸ばした。
「ああ、お帰り十代」
「ヨハンも温泉に入ればいいのに。プールみたいにすっげぇでっかいんだぜ」
まるでキスしたことなんてお風呂で洗い流したかのような十代の言葉に、ヨハンは笑顔だけれどちょっとひきつらせながら答えた。
「俺、サウナ派でシャワー派なんだよ。ってワケで、ブルー寮で入ってくる。門限までにはこっちに戻ってくるからさ」
のぼせる、って本当のところを言わないのがヨハンらしい。ちょっと恥ずかしいみたい。
それに、遠いのにまたここに戻ってくるつもりなのね。
「おう、またデュエルやろうぜ!」
「ああ!」
十代に見送られてブルー寮への道を早足で歩きながら、ヨハンはまたも溜息をついた。
「なんか俺、今のままのほうが十代の近くにいられる気がする」
『何弱気なことを言ってるの。これくらいで逃げ腰になっちゃだめよ!』
「なんかアメジスト・キャットさ、盛り上がってない?」
当たり前じゃない。女の勘が当たったのよ?
だから、主にヨハンに紆余曲折あったけれど、十代がヨハンに初めてキスをした……頬にだったけれど……ときには、あたしは自分の勘は間違いなかったことを確信した。
ほら、十代だってヨハンのことが好きだったんじゃない。
それから。
「なあ、アメジスト・キャット」
『何かしら、十代?』
心なし顔を赤くしている十代に、あたしは首をかしげながら返事をした。
十代の膝ではルビーが丸まって甘えていて、それを良く思わないハネクリボーが翼でばしばし叩いている。そんな喧騒も、十代には見えていないようだ。
ルビーの定位置はヨハンのところなのだけれど、あいにくシャワー中でここにはいない。
「あれ、ヨハンに言ってないよな?」
『あれ?』
「そう、あれ! 頼むから言わないでくれよ。恥ずかしいじゃんか」
十代は、眠っているヨハンにこっそりキスしたことをいまだに恥ずかしいと思っているみたいで(キスなら何度もねだられて、応えているっていうのに)、何度となく問いかけてくる。
『何度も念押ししなくても、言わないわよ。でも』
ほっと胸を撫で下ろす十代に、あたしは笑顔を向けた。
『ヨハンを悲しませたりしたら、引っかいちゃうからね?』
今日も、あたしの爪は臨戦態勢だ。
「わ、わかってるよ!」
あたしの脅迫に、腰が引けている十代だったけれど、
「ふぅ、さっぱりしたぜ!」
シャワー室から出てきたヨハンの声がしたとたん、びくっと背筋を伸ばした。
「あれ、二人ともどうしたんだ?」
「な、なんでもないぞ、な、アメジスト・キャット」
『ええ、そうね』
まだ顔を赤くしてあたしに同意を求める十代がおかしくて、思わず笑いながら返事をしてしまったのだった。
リクエスト企画・その2『キスお題精霊サイド』でした。
アメジスト・キャットを書くのは楽しいのでつい再登場願いました。
ヨハンに意中の人ができたらする家族会議とかも書けばよかったかも。
リクエストありがとうございました!(6.11)
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