どちらともなく



 ヨハンって、なんでこんなにさりげなくすごいことを言い出すんだ、って思う。

「なあ十代」
「んー?」
「キスしよっか」
「おう。…………へ?」

 とりとめのない話の最中、ヨハンが突然こんなことを言い出した。それにうっかり生返事を返してしまってから、こんな会話を前にもしたような、とぼんやりと思い出す。
 ――あれは、一番最初にキスされたときのことだったっけ。
 あのときと今は状況が全然ちがう。
 あのときは向かい合ってデュエルしている最中だったけれど、今は。
『せっかくこんなに広いんだし、一緒に寝ようぜ!』
『でも俺、ものすごい寝相悪いって知ってるだろ。蹴り飛ばすぞ?』
『大丈夫だって、昨日は蹴り落とされなかったからさ』
 初めて、自分から他人に……しかも親友で、男にだぞ……キスをした。俺にとって、『一番大切な相手』がヨハンだって気づいたら、止められなかった。俺って後先あんまり考えてないよなって思う。
 ヨハンに、ぎゅっと抱きしめられたとたんに、もやもやしていたものも全部吹っ飛んだ。なんだか、唇に噛み付いてこられてちょっとびっくりしたけど。
 ……多分、これでよかったんだって、思う。

 まあ、それはおいといて。
 今の状況は、ヨハンと一緒、あのふっかふかのただっ広いベッドの中。
 肩が触れ合うくらい近くで、俺たちはいろんな話をしていた。
 たとえば、今までデュエルの話しかしなかったのに、もっといろんな……ヨハンの故郷の話や俺がアカデミアに入学してから出会ったいろんな出来事とか……ことを、飽きることなくずっと話し続けていた。ちっとも眠くならないし、デュエルの話じゃないっていうのに楽しくて仕方が無かった。
 楽しいのと一緒に、なんだか胸がぎゅっとして、なんだろうこれなんて考えながらだったけれど。
 そんな中、突然ヨハンが言い出したのだ。「キスしよっか」って。
「じゃ、遠慮なく」
 俺が何か言い出す前にヨハンはむくりと起き上がって俺の身体をはさむようにベッドに腕をついた。自然と、ベッドサイドのランプでほのかに照らされるヨハンの顔が近づいてくる。
「ちょ、ままままま待てヨハン!」
 さすがに、この状況で何をされるかわからないわけがない。あれだけさんざんキスされてきたんだ。しかも、ヨハンが俺を好きだってことも、俺がヨハンを好きだってこともお互いにわかっちゃってるわけで、なんだかものすごく緊張するぞ。
 顔はどんどん赤くなっていくし、身体はどんどんがっちがちになっていく。
 思わずぎゅっと目を瞑ってしまったら、ヨハンがふっと笑った。
 なんだか子供扱いされてるみたいで気に入らなくて、思わず目を開いてにらみつける。うう、目から汗がちょっとでてきた。
 そんな俺の目元を指先でちょっと触ってきたヨハンの手が、頬をなでてくる。そのまま、顔が近づいてきたかと思ったら、唇は耳たぶをふるわせた。
「大丈夫だって、別にとって食ったりとかはしないから」
 嘘つけ。噛み付いてきたくせに。
 文句を言おうと唇を開きかけた途端、ヨハンの唇にすかさずふさがれてしまった。
 何度か軽く触れるだけだと思っていたのに、ぺろり、と舌で唇を舐められる。
 なんだか食われそうだと思ったら、勝手に身体が震えた。いつのまにか俺の肩を掴んでいたヨハンの手に力がこめられる。ぐっと痛みが走って眉をしかめたとたんに、唇全体に噛みつかれたかとおもった。
 声にならない声を出したいのに、ヨハンに邪魔される。よりにもよって、さっき俺の唇を舐めた舌が入り込んできたのだ。
「んぅー!?」
 ようやく出せた声は、本当に声になっていなかった。
 どうにか舌を追い出そうとしても、唯一抵抗できるだろう舌はヨハンのそれに舐められて気持ち悪いんだか気持ちいいんだか全然わからない感覚の海に放り込まれてしまっている。
 なんで?
 このまま、ヨハンに食われてしまいそうなのに、なんで俺は震えるだけで本気で嫌がってないんだろう。
『一番大切な相手』だから、こんな全部食われてしまいそうなキスも怖いけれど受け入れられるのだろうか。
 今思えば、ヨハンにとって俺が『一番大切な相手』だから、俺はヨハンのキスを嫌がらなかったんじゃないかって思う。……ときどき怖かったけど、すごくドキドキもしたんだ。
 今、食われそうだって思いながらも止めないのはきっと。
『一番大切な相手』への『好き』って、食われてもいいって思うことなんだろうなって思う。
 こんな気持ちって、ヨハンにも伝わってるよ、な?

 どれだけの時間をそうしていたのかわからない。
 食われる前に窒息するかもと思った矢先に舌と唇がようやく解放された。
 入り込んできた新鮮な空気にむせ返りそうになるのを必死にこらえて、息を整える。ヨハンも苦しかったらしく、はあはあと何度も息を整えていた。
 まだ俺が息を整えている間に、ヨハンは落ち着いたらしい。またにじんでいた涙を今度は唇でぬぐってくる。一瞬、またキスされるのかとドキッとした俺は、思わず呟いてしまっていた。
「……食われるかと思った」
 ヨハンになら食われてもいいかもしれないけど、とはさすがに言わなかった。

 そのときのヨハンの顔が、なんでだかものすごーく微妙な顔だったんだけど、なんでだ?

 そんなキスをされたり、ぎゅっと抱きしめられたり、なんだかヨハンがものすごくくっつきたがりなのがなんとなくわかって、いつのまにかいつものように寝落ちしてしまったらしい。
 ふかふかのベッドはいつまでも俺に眠っていてくれと言わんばかりに心地よくて、思わず枕におでこをこすり付ける。
「……十代?」
 枕のすぐ近くから、ヨハンの声が聞こえた。そういえば、ここはヨハンの部屋のベッドだったもんな。
 それにしてもちょっとこの枕固くないか?
『るび?』
「いいからルビー。俺ももうちょっと寝るよ。……授業に行ったって、どうせ寝るだけだもんな」
 ヨハンのあくびが聞こえたのといっしょに、肩をぎゅっとつかまれる。身体全体がヨハンにくるまれたような、そんな感じ。
 あくびは俺にまでしっかりうつって、せっかく起きかけた頭が再び眠りに落ちていく。
「もういっかい、お休み十代。いい夢みろよな」
 自分で言ったことに噴きだしながら、ヨハンは俺のほっぺたにちゅっとキスをしてきた。
 うん、やっぱりヨハンはとてもくっつきたがりだ。

 ……俺、これからヨハンに何回キスしてくれって言われるんだろう。
 それに素直に応えられるようになるのかな、今はものすごく恥ずかしいしドキドキするんだ。
 それ以上に、こんなにくっつきたがりのヨハンを離しちゃだめだよな。なんだか放っておけない。


「で、このカードの効果でこいつを特殊召喚して……」
 また今日も、俺の部屋でデュエルの反省会をする。
 みんながいるときは当然くっつくこともなく普段どおりの親友でいるけれど、二人になったときは、少しだけちがってきた。たとえば、こんなふうにごく普通にデュエルのことばっかり言っていたかと思ったら、
「じゅーだい」
 反省会が終わって、カードを片付けていた手をつかまれる。
 ヨハンは俺を上目遣いでじぃっと見つめてきて、かと思ったらゆっくりと翡翠の目を閉じた。
 ……なんだよ、コレ。
「十代のマネしてみた」
「はぁ!?」
 俺が聞く前に答えてくれてサンキュ、ヨハン……じゃねえ! 
「俺、そんなことしてないぞ!」
 思わず声を荒げてむすっとしてしまう。……本当は、ちょっとだけ覚えがある。
 ヨハンが当てたレアカードが欲しいって、上目遣いにお願いしたことがあったのだ。ヨハンが言うには、俺はおねだりがうまいらしい。別にねだってない!
 ……しょうがない。こんなヨハンをほうっておけない俺のさだめだ。
「ああもう、わかったよ」
 おとなしく目を閉じて、顔を近づける。

 今度のキスはどんなふうにされるんだろう、なんて頭の端っこで考えながら、こうやって少しずつヨハンのことを知っていくんだなって思った。
 うん、もっと、ヨハンのことを知りたいんだ、俺。
 触れた唇から、俺が求めたものを探して探して、見つけ出せるまで。キスは飽きることなく続けられたのだった。


これにて、キスお題終了です!
よもやここまでちゃんと続くとは思わなかったし、
ヨハン編まで書くことになるとは思いませんでしたが、
ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!
消すには惜しいと思ったセリフをちょっと隠したりしてますが、そこは笑って許してください。
本当に読んでくれてありがとうございました。(05.10)
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