どちらともなく
(10のキスの仕方・どちらともなく - ヨハンSIDE)
『るびーっ!』
ルビーの小さな鳴き声が耳元で聞こえてくる。どうやら朝らしいけれど、俺はまだ起きる気にはなれなかった。無精にも隣にあるはずのぬくもりを手探りで探し当てて、ぎゅっと引き寄せてみる。うん、夢じゃない。これが夢だったら、俺はしばらく目を覚ましたくないぞ。安心して、目を開ける。
人ひとり分もないほど近くでいまだ夢の世界にいる十代の表情は、とても穏やかだった。
『おはようヨハン』
何もかも心得た顔のアメジスト・キャットが声をかけてくる。
「おはよう。ルビーも、起こしてくれてありがとな」
起き上がって挨拶を返しながらルビーにもお礼を言うと、嬉しそうに肩によじのぼってきた。
『良かったわね。ちゃんと、実って』
まるで自分のことのように喜んでくれるアメジスト・キャットに、こっちが気恥ずかしくなる。俺はそんな照れを隠すように頭をかいた。
「まあな。まだまだ、前途多難そうだけど」
『ふふ、そうね』
本当に、彼女は俺の知らないことまで知っているんだろうな。……何を知ってるんだ?
十代からのキスと告白に俺はかなり舞い上がって、そのままベッドまで引っ張り込んだ。
夜明け少し前までいろんな話……結局最後はデュエルの話になってしまったのがなんとも俺たちらしい……をして、気がついたら寝てしまっていた。これじゃあ、レッド寮で雑魚寝してるときと変わらないぞ。
十代を見下ろすと、おいしいものを食べる夢でも見ているのか、今にもよだれがでそうだ。幸せな奴。十代らしいといえば、十代らしいけど。
ただ、十代の手はしっかりと俺のシャツの袖を握り締めていた。
「俺って、まだ十代のこと知らないんだよな」
短い期間だけど一緒にいてわかったのは、十代は誰とでもすぐに打ち解けることができるけど、自分のテリトリーには誰も寄せ付けない。それは弟分の翔や剣山にも、一目置いているという万丈目や明日香たちにも気づかせないように無意識にある一定のラインを越えさせないようにしているのだ。
おそらく俺も、昨日まではテリトリーに近づけなかったのだろう。無意識に無神経な言動にいろいろと振り回されたけれど、多分俺だけが気づいていたのだ。その中にたしかにあった、本当の無防備さに。
偶然とはいえ、無防備な一面に触れたときに、俺の心は決まった。
「一番大切な相手なんだから、あんな顔だけはさせるもんか」
孤独に沈んだような、あんな表情だけは。
……それにしても。
『まだゆうべのことを気にしているの?』
くすくすと笑うアメジスト・キャットの声に俺は額を押さえて「うぅ」と呻いた。ちょっと、先走りすぎたかなって思うけど、しょうがないだろ。
――肩と肩が触れ合う距離でいろんな話をしていて、
「なあ十代」
「んー?」
「キスしよっか」
「おう。…………へ?」
思いっきり覚えのある提案と返答を相変わらず交わしてしまった。
あのときみたいに話半分じゃなく、ちゃんと意味がわかっているっていうのは十代の表情から見て取れた。耳まで赤くなってるんだもんな。
了解を得たんだし、と身体を起こして、十代の肩を掴んで顔を近づける。つい数時間前にキスをくれた相手とは思えないくらいにガッチガチに固まってしまったから、俺は苦笑するしかなかった。
「大丈夫だって、別にとって食ったりとかはしないから」
額がくっつくくらいの距離で囁いて、引き結ばれた唇がかすかに緩んだところで口付けた。
キスすればキスするほど、ただ触れ合うだけじゃ満足できない。
舌でぺろりと唇を舐めると掴んでいた十代の肩が震えたけど、それを封じて、深く口付ける。途方にくれている舌を見つけて無理に絡ませようとすれば肩だけじゃなくて身体全体が震えた。そんな十代を気遣う余裕なんか俺には全然なくって、こっちが仕掛けたのにまるで仕掛けられたような……蕩かしにいったのに逆にこっちが蕩けさせられたような気分だった。
このまま――。
なんてことを一瞬考えて、慌てて打ち消す。……何考えてんだよ、俺。
惜しいけれど唇を離して、必死に息をする十代を見下ろす。耳まで赤いのは相変わらずだけど、かすかに目じりに涙が浮かんでいるのを見つけてそこにも軽く口付けた。
そんな俺に、十代は胸を押さえながら。
「……食われるかと思った」
って、言ってきたのだ――。
「食われるって、そりゃないだろ」
キスひとつでこうなのだ。これから俺、どうなるんだろう。
『あんまり先走りすぎると、十代が怖がってしまうんじゃないかしら。追いつけないくらいまで無理に引っ張っていくことはないと思うわ』
俺がどこまで考えてるかなんて、家族にはお見通しらしい。
「俺だってそんな無理は考えてないよ。……ただ、相手は十代だしなぁ……」
相手は、フィアンセの意味さえ知らない……そろそろ教えてやってもいいと思う……のだ。キスから先、それこそフィアンセが相手とするようなことをどう言えばいいんだろう。
『恋している限りは、いつでも辛いものなのよ』
楽しそうに告げる彼女とは逆に、俺は溜息をこぼすしかなかった。
「で、このカードの効果でこいつを特殊召喚して……」
また今日も、レッド寮の十代の部屋でデュエルの反省会をする。
キスするような間柄になってもこれは変わることがないし、変えるつもりもないけれど。ただ。
「じゅーだい」
反省会終わり、とカードを片付けに入る十代の手を掴んで、上目遣いをしてみせる。
「なんだよ、ソレ」
気味悪そうに俺を見てくる十代は、ちょっと失礼だ。だから、俺は自分の行動の真意を告げる。
「十代のマネしてみた」
「はぁ!?」
俺、そんなことしてないぞ! と憤慨する十代だけど、その顔はだんだん赤くなってきている。うん、意味は通じたな。
十代はむすーっとした顔をしていたけれど、やがて観念したのか。
「ああもう、わかったよ」
と目を閉じてきた。
まだまだ、俺には悩みもあるし、十代のことを何もかも知っているわけじゃないけれど、こうしているときだけでも分かり合うことができればいい、なんて考えながら、俺は、飽きることなく十代に口付けるのだった。
初めてヨハンサイドから先に書いたらえんらい難産でした。
要は「食われるかと思った」を書きたかっただけという。
十代サイドもがんばります!(4.27)
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