携 帯 電 話



 以前聞いたことがある。
 三世代前の古い携帯電話は、テレビも見られず写真も撮れずただ話したりカタカナでメールをするためだけのものだったという。
 今の携帯電話は気がつけばたくさんの機能がついていて、その分重くなっていって。
 いつから、この重さを邪魔だと感じたのだろうか。

「って思うんだよな。あ、俺バーストレディとフェザーマンを融合させてフレイムウィングマン召喚! で、ターンエンドだ」
『うーん、俺は別にそんなに難しく考えたことはないな。じゃ、次は俺のターンだな』
 携帯電話での電話ごしのデュエルは、目の前に相手がいない分何がくるかわからない。
 たしか、ヨハンの場にはコバルト・イーグルと伏せカードが2枚、だっけ。一方の俺の場にはさっき融合した俺の永遠のフェイバリットヒーロー・フレイムウィングマンのみ。さあ、どうくるんだ?
 ヨハンのドローの声と同時に、かすかに電波に乗ってあの声が響いてきた。うわ、ヨハンのヤツ本当にいいタイミングでアメジスト・キャットを引き当てたな。
『アメジスト・キャットを召喚!』
「やっぱりきたか!」
 電話越しでもわかる。ヨハン、絶対アメジスト・キャットに応援されてる。で、彼女は自慢の爪をずっと遠くにいる俺に向かってふりあげているのだろう。
『ああ、やっぱり来たぜ! アメジスト・キャットの効果発動。攻撃力を半分にして、プレイヤーにダイレクトアタックだ!』
『十代、電話越しなのが残念だわ』
「電話ごしでも何となく痛いぞ」
 俺の情けない声に、二人の笑い声がきこえる。ちくしょう。
『じゃあ、俺はターンエンドだ。あ、あとな』
 ターン終了の合図とともに、ヨハンは最初俺が話していたことへの返答をするつもりらしい。

 今の携帯電話は、オプションによってはソリッドビジョンのように相手を映し出して、目の前で話しているかのようにできるんだけど、俺はそこまでしなくてもいいんじゃないかって思っているって話をしてたんだ。
 カメラやテレビは当たり前、財布になったり定期券になったり、パソコンの代わりになったり、デュエルディスク代わりになったりするけれど、今俺がヨハンと話している携帯にはそんな機能はなかった。
 電話とメールだけの、ものすごくシンプルで、誰もが『使えない』って笑うような携帯電話。ただし、国際携帯だから電波さえ入ればどこにだってかけられるし受けられる。いろいろあってペガサス会長に貰ったものだったけれど、あちこちふらふらしている俺にとっては重宝するものだった。
 本当はいろんな機能をつけるようにカスタマイズする予定だったのを俺が断ったのだ。
 電話とメールだけ。携帯電話なんて最小限の機能で俺はそれでいいんじゃないかって今は思う。
 遠くにいるのに近くにいるって思えるのいいけれど、でも、その分――。

『たしかに、元気な十代の顔が見られないと、会いたくなるんだよな』
 近くで姿を見ながら話したら、別に会わなくてもいいじゃないかって、思うようになるんじゃないかって。俺が言わないところまで、ヨハンはわかってくれていたようだ。
 デュエルだって、姿が見えた状態でやるほうがいいに決まってる。
『十代に会いたいぜー。なあ、今どこにいるんだ?』
 う、自分で出した話題だとはいえ、痛いところを突かれてしまった。
「どこって……。どこだろうな?」

 正直、今の俺は迷子みたいなもので(『アイツじゃあるまいし……』というユベルの呆れた声が聞こえてきたぞ)、どの国にいるのかもよくわからない。旅費をケチってヒッチハイクで来たけど、知ってる国だったらいいなあ。
 幸いにも今は夏。しかもけっこう夜も更けたころだと思うのに空はまだ明るい。ようやく灯った電灯の下で、俺はヨハンに電話をかけたのだった。すぐ近くには公園もあって野宿してもばれなきゃ大丈夫だろう。あんまり長く公園にいたら怪しまれるから、夜遅くにこっそり戻るつもりだった。

『おい! それ、すげぇ危ないじゃないか! 待ってろ、俺がすぐに迎えに行くから』
 慌てたヨハンの声に、宝玉獣たちが『どうやって!?』と必死にヨハンをなだめている。だから言いたく
なかったんだよ……。
 どこかの国の舗道の片隅のベンチにカードを広げながら、とりあえず向こうの騒ぎが収まるのをまっていると、すぐ近くの家のドアが乱暴に開かれた。
「止めるなお前たち! 俺はすぐに迎えに……って、あれ?」
 うるさいなぁ、と視線を向けた俺も、相手も固まる。

「なんだ十代、こんなに近くにいたのかよ」
「……偶然にしても出来すぎだろ……」

 慌てすぎていて混乱したかと思ったら安心したらしい。ぎゅううっと抱きしめてくるヨハンの頭をぽんぽん叩きながら、ベンチの上に置いたままの携帯電話を見下ろす。
 自然と頬が緩むのがわかった。


 やっぱり、こうやって近くにいられるほうがずっといいんだよな。


以前とろうと思って取らないままだったアンケートの御礼SSのつもりでした。
(3.22)
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