ここはオシリス・レッド 1



「はいはーい、新入生はこっちに並んでね!」
「部屋割りは決まっているから焦らなくてもいいぞ」
 学園を遠くに望むその寮は、とても古びたアパートのようであった。
 そんなアパートが、方々に数棟。
「え〜、これが寮なのか……?」
「どう見てもボロアパートじゃん」
 あこがれの学園で、あこがれの寮生活。そんな夢を早々に打ち砕くような建物である。
「何でこのオレ様がこんなおんぼろの寮に入らんとならんのだ!」
 とりわけ、ブルーの制服をまとった新入生……膨大な私物を持ち込もうとしていたのか、背後には荷物の山が見える……が大声で文句を垂れると、相乗効果で周囲から同様の不満が漏れた。
「だいたい、オベリスクブルーの寮はとても立派で広いと聞いてきた! それがなぜこんなことになっているのだ!?」
「そうだ! これじゃあ、オシリスレッドの寮じゃないか!」

「うん、そーだもん」

 のんびりとした返答をしてきたのは、寮の前で受付をしていた学生だった。制服は、オベリスクブルーのそれである。
「ここはオシリスレッド。君たちが言っているとおりだよ。……はい、学生証見せて」
 さわやかな笑顔、歯がきらりと光る。……もちろん効果音つきだ。数少ない女子生徒がいればその笑顔に顔を赤らめただろうが、あいにくここは男子寮の前であった。
「万丈目準君、か。君は117号室だね。ああ、僕は寮長の天上院吹雪。ブリザードプリンスといったら、僕のことだけど……知ってるよね?」
「は、はいっ!」
 学生証を預けていた生徒が、アカデミアの有名人に思いがけなく話しかけられたと一気に緊張する。
「今、ブルー寮とイエロー寮は耐震・耐熱構造上の問題で改築中だ。向こう2年はかかると思って欲しい。それまでこのレッド寮を間借りすることになっているんだ。……ほかに質問は?」
 吹雪の隣にいた生徒が、不満を払拭するべく説明をする。新入生……万丈目は、おそるおそる問いかけた。
「……貴方は、このデュエルアカデミアの帝王……カイザー亮、ですか?」
「そう呼ぶ者もいるが、ここでは前寮長の丸藤亮だ」
 デュエルアカデミアの顔というべき天才二人が、この古びた寮の前で受付している。そのギャップに、新入生達はただただ目を見開くのだった。

「あとは、210号室の生徒が一人か。お隣だけど、どんな子だろうね?」
「さあな。……しかし、新入生は皆同じチャーター機で来ると聞いていたんだが、遅くないか?」
 既に初めての夕食に近い時間。早く行かなければ席を取られてしまいかねない。同じ寮に住む者となれば、デュエル以外の上下関係はあってないようなものだった。
「ああ、来たようだ」
 学園へと続く橋をものすごい勢いで走ってくる赤い制服の学生。残り一人も、純粋なオシリスレッドの学生なので間違いない。
「うっわ、やっとで着いたぁっ!」
 ヘッドスライディングしそうな勢いで駆け込んできた新入生に、旧・現寮長の二人が苦笑する。
「そんなに急がなくても、寮も夕飯も逃げないよ? ……しばらく座れないと思うけど」
「そうなのか!?」
 俺、腹減ったのに〜!
 がっくりと肩を落とす新入生に、吹雪は「学生証見せて」と手を出した。慌てて差し出された学生証にあった名前は、やはり最後の学生のもので。
「……遊城十代君。ようこそ、デュエルアカデミア・オシリスレッド寮へ!」
 最後の最後に、吹雪はまぶしい笑顔を返したのだった。


「迷子かぁ。大変だったね」
「本当、参ったぜ。森に迷い込みそうになっちゃって」
「……いや、ここまでの道は基本一本道じゃないのか?」
 寮長の仕事を終えた二人が部屋に戻るついでに隣の部屋の住人になった十代をつれて歩く。夕食にとぞろぞろ出てくる学生達がじろじろと3人を見ているが、当人達はたいして気にもとめていないようだった。
「はい、ここが君の部屋だよ。僕たちはこっち、211号室」
「何か問題があれば遠慮無く頼るといい。そのための寮長だ」
「そうそう、こっちのカイザー亮に頼っていいからね!」
「……今の寮長はお前だろう」
「はい、ありがとうございます!」
 ぺこりとお辞儀をして、吹雪たちが部屋に入って行くのを見送って、十代もまたドアノブに手を掛ける。
 たしか、寮は二人部屋だったよな。……同室のヤツってどんなやつだろう。おもしろいデュエルする奴かな? うう、ワクワクするぜ!!
 期待をこめてドアを開けると、そこには異質な世界が広がっていた。

 室内なのに、どこか異国の遺跡のような光景。そして空にかかる虹。
 その中心には見たこともない動物たちと、そんな動物たちに囲まれる少年。
『どんな子供なのかのう?』
「きっといい奴だぜ。俺が保証する!」
 なぜか、動物たちが日本語を話している。そして。
『ヨハン、来たみたいよ?』
「え?」
 ぱちり、と少年と目が合えば、見たことのない色の瞳で。

 十代はおもむろにドアを閉じた。


 一方。
「吹雪、十代に同室者のことはきちんと言ったのか?」
 部屋に戻って夕食に向かう準備をしていた亮が思い出したように問いかける。
 身だしなみは整えなきゃ、とブラシを手にしていた吹雪は「あ」と間の抜けた声を上げた。
「そういえば、言ってなかったかもしれない」
「まったく、……わかった、俺が言って」
 結局フォローを入れるのは自分なのかとため息をついて立ち上がった亮がドアを開けると、
「カイザぁっ! 吹雪さんっ!!」
 噂をすれば、影。
 ぼすん、と小さなからだがタックルしてきた。
「ど、どうしたのだ、十代!?」
 さすがのカイザーも急なことには対応できなかったようでとまどいつつ問いかけると、十代は「な、な、な」と言葉にならない言葉を発していた。
「十代くん、どうしたのかい?」
「あの、俺の部屋に、えと、虹が」
 虹?
 互いに顔を見合わせる二人に、十代は「とにかくこっち!」と自分の部屋の前に駆け戻り、ドアを開ける。
 扉の先には、
「……あれ?」

 何の変哲もない机、何の変哲もない2段ベッド、簡易キッチンはついてはいるが、風呂・トイレは別らしい。
 小さなテーブルが置かれれば手狭になりそうな広さの部屋は、十代が見た遺跡でもなければ、虹のかかった空が見えるわけでもなかった。
 ただ、視線が交わった少年は、幻ではなかったらしい。
「おいおい、どうしたんだよ?」
 想像より高い声がかけられて、十代ははた、と固まった。
「にほんご?」
 ドアの前でアゴを外して固まった十代の肩を叩いて、吹雪は十代を部屋に押し入れた。
「忘れてた。君の同室者はね――」

「留学生のヨハン・アンデルセンだ。日本語話せるから安心しろよ」
 緑の瞳をそっとゆがませて笑った相手に、十代はほっと胸をなで下ろして、思い出したように慌てた。
「いやいやいや、そうじゃなくて、さっきここ……!」
 さっきの幻影はなんだったのか、と慌てる十代に、ヨハンと名乗った同室者は「ああ?」と笑う。
「なんか見たのか?」
「なんかって、なんか、虹とか、動物とか」
「ソリッドビジョンだよ」
 ほら。
 デュエルディスクにカードをセットすると、一面が十代が見た幻影に変わる。
「すっげえ! これ、入学試験のときに使った奴だよな! もらえんのか!?」
「宝玉獣のほうは、実際デュエルすりゃいくらでも会えるぜ?」
 なんなら、今からやるか?
 デッキを取り出したヨハンに、十代の目が次第に輝いていく。
「すっげえ……! 本当すっげえよ、デュエルアカデミア! 俺わくわくしてきたぜ!! なあなあ、さっそくデュエルしようぜ!」
 十代もまた自分のデッキを取り出したが、ぽんぽん、と肩を叩かれた。

「君たち。夕飯食いっぱぐれるよ?」
「あ」
「あっぶね、俺腹減ってたのに!」

 新しい部屋の主たちは互いに顔を見合わせて笑いあい、そして夕食に向かうべく部屋を出ていく。

『……良い子そうでよかったわね』
『ああ。だが……我々の声が聞こえていたようだが、なぜ自分のそばの精霊には気づいていないのだろう?』
『るびるび〜?』

 無人になった部屋の中で十代が見た幻達が姿を現していたことに気づく者は当然、いなかった。



ついにやってしまった感のある、みんなレッド寮に押し込んでみたネタです。
レッド寮の寮長はファラオですが(大徳寺先生です)、元ネタの寮長は生徒なので吹雪さんに寮長になってもらってしまいました。
人物紹介はまた後日改めて。(081107)
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