一年後



「さて、と」
 デッキを確認して、ホルダーにしまいこむ。
 一時帰宅の学生たちを乗せた船は、一度近くの港に寄港して、そこから各地へと向かう船に乗り換えるのだが、俺は逆に、やってきた船に乗ってアークティック校に帰ることになっていた。
「……えっと、こいつを校長に出せば、長期欠席の申請を自動でやってもらえるんだよな」
 日本から戻ってくるときに、鮫島校長から渡された書類をもう一度確認して、カバンにしまいこむ。行くときには持っていなかったカバンは、多分持ち主もほとんど使ったことがないのだろうと思うほどに綺麗だった。多分、アカデミアに入学したときに手近な荷物を持ち込むために使ったものなのだろうけど、本人は面倒がってタグさえ外していなかったようだ。
 俺としてはそれがありがたくて、タグの中にアカデミアのロゴの入ったカードを入れて持ち歩いている。紛失・盗難があったとしてもカードが発している微弱な電波を拾って追跡することができるらしい。それ以前に、貴重品として丁重に扱われるので、預けておけば安心だ。
 船から降りて、ようやく手元に戻ってきたカバン。
 カードを外すと、本来の持ち主の名前が、殴り書きのような汚さで書かれていた。それをなぞって、読み上げる。

「……十代」
 おまえ、どこに行っちゃったんだよ。


 本校の卒業式に出て、浅からぬかかわりを持った学生たちの卒業を見守った。
 あの十代も卒業か……良かったな、レポート終わって、とかまるで親みたいな気分になってしまったのは秘密だ。
 卒業パーティにも招待されて顔を出したものの、十代の姿は見えず、明日香やオブライエンと『もう行ってしまったのかもしれない』なんて話していたけど、本当は、一緒にチャーター機で途中まで一緒に行けたらって思っていたのに。

 ……そういえば、はじめて本校に行ったときは船だった。やっぱり、この港に寄港していた海馬コーポレーションの船に乗り込んで、探検しているうちに迷子になった。いつの間にか他の学校の生徒たちも乗っていたらしいけど、正直俺はどのタイミングで誰が乗ったのかわからない。何しろ一度も顔を合わせなかったし、どうやらゴースト呼ばわりされてしまっていたらしいけど、それはまぁ今に始まったことじゃないので諦めている。ついでに、留学期間が終わったあとの帰りの船は始終ジムやオブライエンと一緒にいられたから、迷子にならずにすんだ。
 あれから、一年経つんだな、と思うとなんだか不思議な気分になる。

 この一年は、俺にとってはかけがえのないものになった。
 ずっと探していたモノを次々と見つけられて、迷惑もかけてしまったけど、それ以上に得られたものは大きくて。そして、遠ざかったものも大きくて。
 知らず溜息が出る。
 一年前なら、こんな溜息をつくことなんて縁がなかったのに、ここにきて俺は溜息ばかりだ。
 それもこれも、全部十代のせいだ。
 せめて、挨拶のひとつもしていってくれたなら。
 ……いや、挨拶なんてされたら、笑って見送るどころか俺もついて行きたいって言い出しそうだった。
 アークティック校では知りえないたくさんのことを、十代とだったらいくらでも共有したかった。
 一度目も二度目も、俺たちは挨拶ひとつなく別れたのだ。会えるかどうかもわからないままに。


 本校出発の朝、誰もいなくなったレッド寮には、置き去りにした荷物の処分を頼む書置きだけが残されていた。
 ああ、やっぱり一人で誰にも何も言わず旅に出てしまったのか。
 そんなときに見つけたのが、今俺が持っているカバンだった。
 小旅行用のカバンって感じで、手ごろな大きさだったからと預かったついでに使わせてもらっているのだ。
 そしてこの中には、俺が使う書類と一緒にもうひとつ、大切なものが入っている。

『アニキに会ったら、絶対に渡してくれドン!』
『せっかくボクたちががんばって作ったんだもの。十代様にも見てもらいたいの!』

 そんな剣山とレイの願いがこもった、卒業アルバム。
 データを持っていたクロノス教頭が別れの寂しさにアルバムを作ることを最後の最後まで拒否したため、卒業式にギリギリ間に合わなかったといういわくつきのアルバムは、卒業生が旅立つ日の朝にはなんとか間に合ったのだった。
 最初は本校で預かっていずれ十代が見つかったら渡す、ということになっていたのだけれど、無理を言って俺が預かった。剣山やレイも、俺だったら十代に渡せそうだ、って預けてくれた。

 俺と十代なら、理由がなくてもどこかで会えるだろうって思っているし、理由があれば必ず会える気がした。
 考えてみれば、一年前に出会ったときでさえ、初めて会った気がしなかったんだ。だから、また必ず会えると信じている。


「うわ、寒いなぁ」
 俺が座っている、背もたれが高いベンチの後ろ側から、聞き覚えのある言語が聞こえてきた。ていうか、つい数日前まで聞いていた、日本語だ。
「あのトラック、まさかフェリーでこんなところにくるとは思わなかったよなぁ」
 傍目では独り言をぶつぶつと言ってるように見えるけど、俺には聞こえてる。
 呆れたように声の主を諌める声や、くぐもった……おそらくカバンの中に入っているのだろう……ネコの鳴き声、それから――。
『るびるびぃっ!』
 俺の肩におさまっていたルビーが背もたれの向こう側に飛び込んでいく。
「うわっ!? ……なんだよ……って、おまえ、ルビーか!?」
 ルビーの登場に驚いた声は、まぎれもなく。

 ……必ず会えるだろうと思ってたけど、こんなに早く会えるとは思ってなかったぞ。

 おもむろに立ち上がって、背もたれに肘を乗せて、
「よお!」
 一年前、向こうがかけてきたのと同じ挨拶を投げかける。
 見上げてきた相手は、これでもかってくらいに目を見開いて、俺を凝視した。

「なんで、ヨハンがここにいるんだ?」
「ああ。俺としては、ここに十代がいる理由を知りたいんだけど」


 出会ってから一年後。
 俺たちは三度目……もしかしたらそれ以上かもしれない……の出会いを果たす。


リクエスト企画その4「出会ってから一年後」でした。
最初何故か混乱してヨハンの卒業後にしていたものの、
十代が卒業したころが一年後じゃないかとこんな感じに。
お互い思って終了のはずが結局再会してもらいました。
もうお前らは何度でも再会すればいい。いえしてくださいお願いします。
それでは、リクエストありがとうございました(08.07.02)
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