も や も や
「もしかして、アニキってヨハンのこと好きなんじゃないスかぁ?」
だん、と大きな音を立てて湯飲みの中のお茶が揺れるのを見た。
「……はぁ?」
レッド寮の俺の部屋。最近入り浸っている留学生(あ、留学生だっけ?)は今自分の寮でレポートと格闘中だ。
そんな中、俺を訪ねてきた翔は、部屋のあれこれに目を光らせてはため息混じりに聞いてきた。
『それもヨハンのでしょ?』
部屋に増えてきたヨハンの私物……特にフィギュアと枕が気に入らないらしい。枕はともかく、フィギュアは翔が置いてたブラックマジシャンガールよりは場所を取ってないと思うんだけどな。……他のピケルとかクランとかで俺の机にまで置かれるところだったし。
ヨハンの私物が増えるのをだまっている俺が、翔にとっては『俺らしくない』らしい。
そのうえ、なんで『好きなんじゃないか?』って言われるんだ?
――そんなの。
「そんなの、好きに決まってんじゃん!」
じゃなきゃ毎日デュエルしてないって!
あっけらかんと言った俺に、翔は今までで一番、長い長いため息をついた。
「……なんかアニキ、『エビフライが好き?』って聞かれたのと同じくらい即答じゃないスか?」
「え、違うだろ。ヨハンは食い物じゃないじゃん」
「そっすね。煮ても焼いても食えないもんね」
お、ため息の長さの記録が更新されたぞ。
「んもう、ボクが言ってるのは――!」
俺の返事になんだか翔はきつく何かを言おうとしたけれど、ぱた、と止まった。
「……まさかね」
いくらなんでも、それはなかったッスね。
一人うんうんと納得する翔。……なんだよ、いったい。
「何でボク、『ボクがブラックマジシャンガールを好きってのと同じ好き』なんて言おうとしてたんだろ」
アニキに限って、それはないない。
独り言をぶつぶつと言う翔。それが聞こえてきて、俺は首をかしげた。
唐突に、1年の頃の学園祭に乱入してきた少女の精霊を思い出す。
あの決闘王のデッキに存在した少女は幻のように……でも確かに俺とデュエルしたんだ。
翔には見えていなかったけど、俺にはちゃんと、少女が翔に感謝のキスを贈ったことを知っている。
それがきっかけで、翔はますますブラックマジシャンガールに夢中になったんだ。
明日香も好きだけど、彼女も好きらしい。
……でもさ、ヨハンとブラックマジシャンガールを一緒にしちゃ、なんていうか、お互いに悪いだろ?
ていうか。
なんで翔がブラックマジシャンガールを好きなように、俺がヨハンを好きなんだよ。
それは、ないな……。
すぐに否定しようとして、はた、と思いとどまる。
ヨハンと一緒にいるのは、すっげぇ楽しい。今まで楽しかったことが、ヨハンと一緒だとますます楽しいんだ。トーナメントのDVDを見たり、カードを吟味したり、ごはん食べたり、放課後の反省会なんて鍵をかけにくるクロノス先生に『貴方たち何してるノーネ!』って怒られるくらい遅くまでやることもある。
でも。それと一緒に。
なんだかヨハンが一緒にいないとつまらないことがますますつまらなくなったり、楽しいことも少し楽しさが減ってしまったり、一緒にいて、胸がぎゅっと締め付けられたり、どうしてか顔が赤くなったり。
……なんだか、もやもやする。
日付が変わる頃になって、レッド寮の窓にこつん、と小さな音が鳴った。音と同時にハネクリボーがそわそわと窓に寄ってすぅっと窓の外に消えていく。すぐに戻ってきたのを確認してから、俺は玄関の鍵を開けた。
「あー終わった終わった」
どこか疲れた顔のヨハンが「よぉ」と手をあげる。
「おう、お疲れ。トメさんから差し入れ来てるぜ」
「マジか!? やったぁっ!」
俺の言葉に、ヨハンの顔がぱぁっと輝いた。
う、いま胸がどきっとか言ったぞ!?
夜中にドアを叩くのは目立つからと、こんなまどろっこしい方法をとるようになって、それが気に入ってしまった。
ヨハンが小石を窓に小さくぶつけて、ハネクリボーが確認してからドアの鍵を開けてやる。まるで、合言葉のようだ。
「おお、うめえ!」
トメさん手作りのおにぎりを歓声をあげて食べているヨハンを見てると、用意してもらって正解だったと思う。
うんうん俺も嬉し……。って、これくらいのことが何でそんなに嬉しいんだ!?
どうしちまったんだ、俺。うわぁまたもやもやしてきた。
「ん、どうした十代?」
何も言っていないのに、ヨハンが横から俺の顔をのぞき込んでくる。意外と近づいてきた顔が、なぜか以前見た光景……そのとき俺の位置にいたのは翔だった……を思い出させる。ああもうっ! 翔が変なこと言うからだぞ!
「な、何でもない!」
「何でもなくないだろ。顔赤いぞ?」
「何でも無いって言ってるだろ!」
強く言い返してしまうと、ヨハンの顔がむっとゆがめられた。……やば。
さっきまでのもやもやがさらに強くなって、俺はどうしたらいいのかわからない。
そんな俺の口元に、何かが押しつけられた。思わず口を開けてしまうと、それはレッド寮に出てくるメニューの中でも高級なメニュー……鶏の唐揚げだった。
「何怒ってるんだよ。十代、変だぞ?」
柔らかな鶏肉の食感とカリっとした皮の歯触りが美味しい。
「変って……」
もやもやは消えないけど、落ち着いてきた俺に、ヨハンはふぅ、とため息をついた。
「十代が変だと、俺も調子狂うんだよ。俺のいないところで、何かあったんだろ?」
何かあった? ……まぁ、もやもやはしてる。
「何もないぞ」
翔が言っていたことを、ヨハンに言うのはさすがにまずいって、俺だってわかる。知られたら、こんな風にいられないじゃないかって思うんだ。
……だからきっと、もやもやしてたんだ。
俺の返事に、ヨハンはむっとした表情のまま「そうか」と言った。
「……そうやって隠されると、俺、すっげぇもやもやするんだけどな」
俺に関わることみたいだし。
そして、唐揚げを今度は自分の口に入れる。
――ヨハンも、もやもやしてるのか? 俺が、黙っているから、ヨハンももやもやするのか?
「何で?」
「十代が教えないから、俺も教えない。――ごちそうさま」
なんだよ、それ。うわ、ヨハンのもやもやまでこっちにうつってきたのか?
「待てよ、ヨハンがもやもやしてると俺ももやもやするんだから、教えろって」
「じゃあ十代から言えよ。そうしたら、俺もいくらでも言ってやる」
むっとした顔が消えて、笑顔になる。
言っても、いいのか?
「でも」
「でも、なんて十代らしくない。……それに、俺のもやもやとお前のもやもやって、きっと一緒だろ?」
「だったらヨハンから言えよ」
「お前が聞いたんだから、お前から言えって。それで俺たちのもやもやが晴れるかもしれないんだぜ?」
俺が今日抱えたもやもやを、ヨハンは少し前から抱えていたことを知ったのは、もやもやが晴れたあとだった。
リクエスト企画その6・もやもやするヨハ十でした。
もやもやのまま終わろうか晴らして終わろうか悩んで、結局晴らしてみました。
青春ぽい雰囲気が出てればいいのですが。
リクエストありがとうございました!(080824)
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