『ほらほら十代、電話だぜー』
ぽん、とヘッドセットを投げ渡される。ヘッドセットはきれいな軌跡を描いて俺の手に収まり、投げた当人(?)は『さっさとつけろよ、万丈目が急かしてるぞ』と目を閉じて自分の耳元のイヤホンを弄くっていた。
「あ、ああ。頼むぜ、ヨハン」
テーブルに向かい合って座って、通話が始まるのを待つ。……この瞬間がけっこう気に入っていることを、目の前の存在は知らないのだ。
それにしても。
『だいたい、十代は本当に無茶しすぎなんだよ!』
何で俺、こんなに怒られてるんだ?
「はー……終わった終わった」
万丈目からの通話が終わって、げんなりとしている俺に、ヨハンが『元気出せよ』とぽんぽん肩を叩いてくる。さっきまで、俺を叱り飛ばしていたとは思えない切り替えの早さだけど、実際俺を叱り飛ばしていたのは万丈目なんだから、ヨハンが理由なく俺を怒るわけがないんだ。
『お茶でも淹れるか?』
俺のげんなりっぷりに、さすがにヨハンも気を遣おうとしてくれているのか、俺がまだつけたままだったヘッドセットを外しながら問いかけてくる。
「うん、熱いヤツな」
『オッケー』
再び俺の肩をぽんぽん叩いていくヨハンの背中を見送って、俺は溜息をつくしかなかった。
俺がこんなに落ち込んでるのって、ある意味ヨハンのせいなんだけど、な。
スカイプを買いに行ったとき、鮮やかな空の色の髪や透き通った翡翠の目のヨハンに、ものすごく惹かれた。
何でこんなきれいなのに売れ残ってるんだろうなんて思いながら買ったけど、連れ帰って使いはじめてからすこしだけ、その理由を理解した。
「アニキー! なんで通話途中で切れちゃったんスか!?」
「は?」
買った当日にさっそく会話をした翔に、次の日に問い詰められてしまったのだ。
「え、途中で切れたって、翔の通話のほうが切れたんじゃないか」
「ボクは切ってないッス! アニキから切れちゃったッス! ……そのスカイプ、不良品じゃないスか?」
不良品なんて言われて、ちょっとむっとしてしまったけれど、たしかに、ちょっと変わったスカイプだよなとは思ったんだ。
だって、翔の口調とは思えない砕けた口調で翔が言いそうなことを言ってきたから。
でも、なんだか、翔と会話してるっていうより、ヨハンと話してるみたいで変な気分だったけど、ちっとも嫌じゃなかった。相手が誰かわかってるのに顔が見えない電話とかって苦手だったけど、コレだったら俺は好きになれそうだった。
「俺は気に入ってるからいいんだよ」
翔をなだめながら、口に出してみてわかった。
うん、俺はヨハンを気に入ってるんだ。
ヨハンはスカイプ以外にもいろんな機能がついていた。
朝は始業ギリギリに間に合うくらいには起こしてくれるし、パソコンの周りはいつもキレイにしてくれている。ヨハンが言うには『俺の仕事場だからな!』ってことらしい。
何しろ一緒にデュエルしてくれる! これは予想外だったから本当に嬉しかった。
でも、本来の機能……通話のときだけは、ちょっと溜息をつきたくなる。
『ほら十代、お茶だぜ』
「お、おう。サンキュ、ヨハン」
出されたのはリクエストどおりに熱々の湯気が立っているお茶だった。ふぅふぅと息を吹きかけて、少し冷ます。
『冷ますんなら、最初からぬるいのを淹れてやるのに』
「……ヨハンが淹れるぬるいお茶って、水じゃないか」
前にぬるめのお茶って言ったら、水で出そうとしたのか味のしないお茶が出てきた。
ヨハンは『贅沢だなぁ』なんてぼやきながらテーブルの反対側に座って、俺がお茶を冷ます様を眺めている。
「……何?」
人をじっと見て。俺になんかついてるのか? そう思って問うと、ヨハンは『いいや』と首を振った。
『十代はいつも通話のとき俺を見てるからな。今度は俺が十代を見てるんだよ』
ぶっ!
口につけていたお茶を盛大に噴き出した。
しかも冷ましきれなかったのか熱い熱い……!
『十代、どうしたんだ?』
立ち上がって、テーブルの向こうから身を乗り出して俺の顔をのぞきこむヨハンの表情に、俺はますます混乱する。
なんで俺こんなに動揺してるんだよ相手は男……っていうか人間ですらないぞああでもなんでこんなに胸が痛いくらいに苦しいんだ!?
お茶を噴き出した口元と苦しい胸を押さえて咳き込む俺を、ヨハンはぎょっとしてみていたようだ。
がたがたと椅子が鳴る音がして、背中をごしごしと乱暴にさすられた。
『どうしたんだ十代!? どこか痛いのか? 家電の短縮に110番を入れてるぞ!』
俺、かけてくるか? 背中をさすりながら言ってくるヨハンに、俺は必死に首を振った。
「け、警察も救急車もいらないから」
『警察?』
……110番は警察だ。
ハイカラの雁様のスカイプヨハン妄想に便乗ていうかリスペクト!
初めてみたときなんだこのMOEな設定は!と思っていたので、ついうっかり書いてしまいました。
雁様に敬礼!(080717)
BACK