夜空で一番明るい星
今日も今日とて迷子になってしまったらしい。
もしかして、と目星をつけてきた先には、昼の空の色をした髪の親友が『おお、十代!』とぶんぶん手を振っていた。
「出かけるときはデッキを忘れるなよ」
ヨハンのデッキは俺の手の中だ。カードから現れたルビーがシッポでヨハンの脚をびしびし叩こうとしている。置いていかれたことを怒っているのだ。
ルビーがいなければ、ヨハンはろくに目的地にたどり着けない。万丈目が、「そういうのを『天は二物を与えない』と言うんだ」といっていたが、『点が煮物を与えない』って、何だ? あれ、ニモノじゃなくてニブツだっけ??
「ああ。今度からそうする。今回は本当にヤバイと思ったんだよ」
気がついたら、俺の手からデッキが消えていた。ヨハンはさっとカードを確認すると、ひたすらカードに話しかけて謝っている。怒っているのはルビーだけではないようだ。
こりゃ、俺も心配したんだって怒らなくてもいいな。ただ、これだけは言わなくちゃ。毎度心配する俺や宝玉獣たちのことも考えて欲しいもんだ。
「あんまり迷子になるんなら、迷子札でもつけたほうがいいんじゃないか?」
そう言ったら、
「ちゃんと迷子札ならあるよ」
としれっと言われてしまった。
……たしかに、ここで迷子になったら迷子札なんてあっても意味がないし、そもそもデッキさえ持ち歩いていればルビー・カーバンクルが道を教えてくれるのだと言っていた。
ヨハンにとって、迷子札は結局不要なものなのかもしれない。
「小さい頃、迷子になったら『夜空で一番明るい星を目指しなさい』って言われてたんだ」
勝手知ったる森の道。
デュエルアカデミアに帰る道すがら、ヨハンはこんなことを言い出した。
森の木々の影を縫って見えるのは星がたくさん光る明るい空。もちろん昼に比べたらその明るさはわずかなものだけれど、俺はここに来るまで夜空にはこんなにもたくさんの星があることを知らなかった。
「夜空で一番明るい星って、星なんて一晩中動くじゃないか」
いくら俺でも、それくらいは知っている。
「そうなんだよ。それに、迷子になるときは昼でも迷うだろ」
さすがにヨハンもそれはわかっていて、更に俺が言おうとしたことまで先読みした。
「それで、俺なりに考えたんだよ。『夜空で一番明るい星』ってなんだろうって」
まだ森を抜け出せない。夜空は、見た目動いているようには見えないけれどすこしずつすこしずつ動いているのだ。正確には地球が動いているんだけど。
「で、何かわかったのか?」
「ああ……なんとなくだけど」
ヨハンがすっと切り取られた夜空を指差す。初めてのデュエルで見た、いつか呼び出したい虹の竜を呼ぶ格好だった。
俺も興味をそそられてヨハンの話に聞き入る。
「きっと、俺を探してくれる人に俺がここにいるよってわかる目印なんだよ。『夜空で一番明るい星』ってのは」
どんなに目印が動いても、目指すものが同じなら巡りあえる、ってことか?
「だから空にある星っていうのは俺にとっては迷子札みたいなもんなんだ」
夜空に限らず、目印に選ぶものは迷子札と同じだ。さっき言っていた迷子札、とはこのことらしい。
「それって、お前と探す人が同じものを目印にしないと意味がないんじゃないか?」
たとえば、駅の入り口と言っても北口と南口では全然違うし、夜空で一番明るい星に月が入るかどうかでも違う。そんなことを考えての問いかけだったのに、ヨハンはあっけらかんと笑って言い放った。
「大丈夫。俺が目印にしたものなら、相手にだってわかるよ」
どこからそんな自信が出てくるのか。
「だって、俺が会いたいって思ってて相手も会いたいって思ってくれてたら、会えるんだよ。
十代だって俺に会いたいって思ったから来てくれたんだろ?
……俺は十代に会いたかった。だから、十代が俺を見つけてくれるようにずっと『夜空で一番明るい星』を目指してたんだ。だから、十代に会えたんだよ」
言っていることはめちゃくちゃなのに、うっかり納得してしまいそうになる。
ヨハンの言葉にはそれくらい強い力があって、俺は思わず自分が何を目印にしてヨハンを探そうとしたかを考えてしまった。
……あれ?
俺は、何も目印になんてしなかった。強いて言うならば。
「俺はヨハンを探してたんだ。目印なんてなにも……」
謎の深みにはまって、慣れない難しいことを考えていたら、ヨハンの苦笑する声が聞こえた。
「わかってないのか、十代」
「何が?」
笑われてむっとした俺に、ヨハンは満面の笑みを浮かべたのだった。
「俺も、十代に会いたかったから探してた。
『夜空で一番明るい星』ってのは、俺を探してくれて、そして俺が会いたくて探していた相手のことなんだ」
どんなにたくさんの星があっても、目指すものはたった一つ、いつでも一番明るく輝いている。
星と迷子札を合わせてみたらこんな感じに。
この後「じゃあ迷子になるのは俺に探されるためか!?」と
ヨハンは十代と宝玉獣たちに怒られるんですよきっと。(2.12)
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