さりとてゆめは
鏡がある。
鏡は俺の姿と俺の周囲を完全に対称に映し出しているけれど、それは平面上の話だ。
触れれば冷たい感触だけが伝わってきて、俺と同じ言葉しか紡がない。
だけれど、今、俺の目の前にある鏡は。
「なんだ。十代か」
「ヨハン」
俺より少し高い背(同じかと思ってたら指2関節分くらい俺が低かった)で。
俺より少し広い肩(一度見た腕の筋肉の付き具合はちょっと憧れる)で。
そして、俺と全然違ういろの持ち主を映し出していた。
なんでここにこいつがいるんだろう、なんて疑問は少しもわいてこなかった。
デュエルバカなところはよく似てるって言われるけど、それ以外はちっとも似ていないはずなのに、それでも、この鏡に映るモノがヨハンだということに全然抵抗を感じなかった。
うん、それはきっとこれが夢だからだ。
俺とヨハン以外左右対称になっている世界で、俺たちだけが鏡合わせじゃない。
「なんだかなぁ。どうする? デュエルでもやるか?」
夢の中でさえ、会話がいつもどおりっていうのが本当に俺たちらしい……って、誰かが見てたら言うんだろうけど、あいにくここには誰もいない。
「でもさ、デッキないじゃん」
「だよなぁ。夢のくせに不便だよな」
互いのベルトについているはずのカードケースはなぜか無くて、せっかくのデュエルのチャンスなのに残念でならない。
仕方なく鏡を境に向かい合って座り込む。
「あーあ、せめてそっちに行ければいいのに。そうすりゃさ、もっと近くで話せるのに」
ヨハンがばんばん、と鏡を叩きながら言う。
鏡の向こう側だけあって、俺もヨハンもお互いがいる向こう側に行くことはできないのだ。
鏡についていたヨハンの手に、自分の手を合わせてみる。そこには、冷たい平面の感触しかなくて。……夢なのに感触があるなんて不思議だなと思うけれど。
「じゃ、もう起きるか?」
「いや、もうちょっと寝たほうがいいぜ。いくらなんでも1時間しか経ってない」
「マジかよ」
もしもこんなところで一人でいたなら、きっと俺は別の夢を見るために一度目を覚ましたのだろう。
でも、今は、まぁいいかななんて思ってしまう。
……それにしても、ヨハンはやっぱり変なヤツだ。
一緒に居て、全然息苦しくないんだ。
こんな何もない夢の中でさえ、ヨハンとだったらいいかななんて思ってるんだから、俺も変なのかもしれない。
*
真綾さんの「さいごの果実」っぽく書いてみました。(081002)